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綿貫碧(わたぬき あおい)2-19

「お金はあるの? 片道で3000円はかかるよ」 「あ……」  失念していたと綿貫は思った。確かにここに来るまでにバスの運賃が3000円以上かかったはずだ。引っ越し費用も含めたその費用は学園が出してくれたが、帰省の費用までは出してはくれない。どうやって行こうかと考えていると、三沢が綿貫の右手を両手で包んできた。 「ねぇ、バイトよりもさ、旅行に行こうよ」 「え?」 「海の見えるところが良いかな。それとも、山? 観光地がいい? どこでも良いよ。ゆっくり過ごそ」  心臓がドクリとなる。何を言い出すのだと思って綿貫は内心で慌てた。 「いや、お金ないですから」 「いらないよー。俺が誘ったんだから、全部俺持ち。楽しいよ、きっと」  にっこりと笑う三沢に、その真意が読めないと思って首を振った。 「金、稼がないと。俺、一文なしですから」  三沢が何か言おうとしたが、それを制止するように、綿貫は立ち上がった。 「気使ってくれて、ありがとうございます。もう、時間だから戻ります」  時間は十時十分だ。クイーンの拘束時間は過ぎている。部屋に戻ろうとすると、三沢に手首を掴まれた。 「今日も泊まってかないの?」 「はい。俺の拘束時間は、もう終わりですよね」 「そっか。寂しいなぁ」  そう言って三沢は手を離したが、三沢の目の奥に、仄暗い光が灯ったのがわかった。綿貫はその目を恐ろしいと思い、咄嗟に視線をそらす。  三沢の熱が手首を縛り付けた気がしたが、綿貫は三沢の顔を一度も見ずに部屋を出ていった。これ以上、この部屋にいては駄目だと思った。  泊まることは絶対にしてはいけない。それは自分を戒めるための、最後の一線でもあるからだ。  部屋に帰ると、いつもと同じように、山村はベッドにカーテンを敷いて姿を隠している。カーテンの中で電気が点いているので、まだ起きてはいるのだろう。  綿貫も自分のベッドに横になって、カーテンを引いた。頭の中では、どうやって東京まで行こうかと、そればかりが巡っている。  三沢の誘いに乗ろうか。きっと楽しいであろう。旅行の経験は、中学校の時の修学旅行だけだ。自由に、知らない街を歩くのは、気持ちが良いだろう。しかも三沢と一緒だ。楽しくないはずがない。  いや、駄目だ。何のつもりで自分を旅行に誘ったのか分からないが、どうせただの気まぐれだ。綿貫に執心しているのも一時の気まぐれに過ぎないのであろう。          

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