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綿貫碧(わたぬき あおい)2-20

 それに付き合えば、自分が泣きを見るのは目に見えている。なので、三沢の誘いに乗るわけにはいかないと思った。  そして、答えが見つからないまま、次のお勤めの日が来た。綿貫がいつものように部屋で待っていると、21時と同時にドアが開く。視線をドアにやると、そこにいたのは三沢ではなく、豚であった。  計算されたように豚が来る。綿貫はそう思った。綿貫が三沢の温もりに慣れた頃に豚がやってくる。まるで綿貫の心を効率よく削り取ろうとしているようだと思った。 「綿貫君だね。可愛いな、よろしく」  今日はオタクのように話すデブだ。前回は痩せてガリガリの豚であったが、今日は正反対である。もっとも、どっちでも綿貫にとってはただの豚であった。  豚はズボンを脱ぎ始めた。綿貫も服を脱ごうとしたが、豚がそれを止めた。 「駄目ですよ。綿貫君はさ、ララちゃんにそっくりなんです。脱がなければ女の子みたいじゃないですか。服着たまま、やりましょうよ」  服、持ってくれば良かった。着て貰えば良かったんだなぁと、ぐふぐふと笑いながら、小さな声でブツブツ言う豚に、ララちゃんって誰だよ、クソキモいんだよ、この豚が、と綿貫は思った。 「ねぇ、口でしてよ」 「は? 嫌です」 「いいじゃないですか。マンコないんだから、せめて口でしてくださいよ。口なら、女の子と変わらないですよ」 「いやです」  一語一語区切って言うと、豚は舌打ちをして、ズボンのポケットから財布を取り出した。 「お金が欲しいんですか。君達ビッチは金が貰えれば何でもしますからね。ほら、取って」  豚が五千円札を床に投げた。綿貫はそれをチラリと見るのと同時に、高月の言葉を思い出していた。  クイーンはこうやって金を稼ぐしかないのだろう。考えてみれば、クイーンと言う制度がなくならないのは、クイーン自身が望んでいるからかも知れない。  貧困の中育ってきた人間にとっては、今まで目にしたことのないような大金が手に入るクイーンは、魅力的でもある。高月の言うとおり、一時間我慢すれば金が手に入るのだ。それに慣れてしまえば、抜け出そうなどとは思わないのではないか。  綿貫はそんなことを思いながらゴクリと唾を飲み込む。三沢の顔が脳裏をよぎった。こんな事などせずに彼のそばにいたい。強くそう思ったが、だからこそ、彼のそばにはいられないと思った。頼ってしまえば失う物が多すぎる。  綿貫はしばらくその札を見ていたが、ゆっくりと顔を上げた。 「一万円」 「え?」 「一万円」  豚はそれに舌打ちをした。     

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