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綿貫碧(わたぬき あおい)3-1

 綿貫は児童養護施設の前で途方にくれていた。  頼りにしていた知り合いが、どこかの家に引き取られたという。それも三人ともがだ。もう高校生になる、半グレのような子どもが引き取られることなどあるのかと、綿貫は呆然としていた。 「ほら、用がないなら帰りなさい。ずっと突っ立てたら怪しまれて通報されるわよ」  玄関の前で突っ立っていると、職員がそう言って綿貫を追い払った。綿貫は言われるがまま、駅前まで歩いて行った。  東京の下町にある児童養護施設の最寄り駅はゴミゴミとしており、駅前は小便臭い。離れて初めて気がついたが、この街はドブの底に沈んだように淀んでいると思った。  スカイツリーがこちらを見下ろしてくる。しゅうちゃんと一緒に過ごしていた頃はなかった。しかしあの塔が出来てもこの街は大して変わっていない。スカイツリー周辺は華やかになったというが、近くにあるこの街は忘れ去られたように、昔のままだった。  綿貫は駅前にある少女の像の台座に座り、行き交う人々を見つめていた。金がない。綿貫は腹の虫がなるのを聞きながらそう思った。  これからどうしようかな。寮に帰ることが出来ても、一週間飯抜きだ。ゴールデンウィーク中、食堂は休みだ。飯はコンビニエンスストアで買うしかないが、寮に帰れば電車代でほとんど金はなくなる。安いスーパーで食パンを買って帰れば何とか過ごせるか。水だけで何日生きられるんだっけ。綿貫は自分の選択を悔いながら、この後どうするか考えていた。  自分は馬鹿だ。いつも選択を誤る。そもそも、あの学校に入学したことが間違いであった。施設にいれば、高校に通うことは出来たし、卒業して就職する際も、アパートの保証人に困ることは無かったであろう。  男達には相変わらず犯される日々であろうが、そんなのは今と変わらない。施設を出たのが間違いであった。  どうするべきか結論が出ないまま、駅前を通り過ぎている人々をぼうっと見続けた。一人の人もいれば、カップルもいる。綿貫より歳が上だろうに、母親と楽しそうに歩いている男もいた。それを見ながら綿貫は、あぁ自分は一人だと思った。  そうだ、自分は一人なのだ。それを自覚して、ゾクリとした恐怖が綿貫を襲う。それは身の拠り所のない恐怖だ。今まで何度も思ったことだが、それでも児童養護施設にいれば、仮初めでも守られていた。しかし今はそれもない。肉親も友人もいない。金もない。自分が飢えて死のうが、誰も気にかけない。本当に自分は一人なのだと、綿貫は恐怖した。          

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