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綿貫碧(わたぬき あおい)3-3
奥にあるエレベーターに乗ると、三沢は38のボタンを押した。エレベーターが一気に上っていき、耳がキーンとなる。エレベーターはすぐに38階についた。相変わらず手は握られたままだ。
「ほら、入って」
連れて行かれたマンションの一室に入ると、広いリビングが広がっていた。大きな窓から光が差し込んでいる。
「わー、凄い」
綿貫は窓際まで行くと、眼下に広がる光景に興奮して思わず声を出した。
東京の街が一望できる。スカイツリーもよく見えた。車がミニチュアのおもちゃのようで、何だか特別な場所にいるように思えた。
綿貫は自分が住んでいた児童養護施設がないか探してみる。方向からすると、見えるはずだ。自分が通っていた中学校を見つけることが出来たので、動線を辿って当たりを付けた。
「気に入った?」
「はい。俺のいた施設が良く見えます。何か不思議です」
いつの間にか背後に来ていた三沢が、後ろから腰に手を回して、抱きついてきた。
「最上階は無理だったけどね、ちょうどここが売り出しに出されていたから買ったんだ。幸運だった」
「買った? 家族で住んでるんですよね」
「ここは俺の家。住んでるのは俺だけだよ」
「ご両親は?」
三沢は答えることは無くニッコリと笑った。答えたくないのだと思い、綿貫はそれ以上聞くことはしなかった。
「寮に入っているのに勿体ない」
「寮に入っていても、家は欲しいよ。何よりも、窓から見える景観が気に入ったんだよ。一番見たい物が見れるんだ」
「何ですか?」
「内緒」
そう言って三沢は、綿貫の頭頂部にキスをした。
「お昼は食べたの?」
「いえ、まだ」
「じゃあ何か食べようか。デリバリーでいい?」
「あ、でも、お金……」
言おうとするのを、三沢の手で口を覆われて遮られた。
「俺を馬鹿にしてるのかなぁ。あおちゃんは、俺が何か上げようとすると嫌がるよね」
綿貫は喋れないので首を振った。
「年上の言う事には、時には従うものだよ。先輩が奢って上げるから、ね」
そう言って三沢は手を離すと、リビングの真ん中に置かれている大きなソファに綿貫を連れて行って座らせた。
「何が食べたい? お寿司? 中華? イタリアン?」
「何でもいいです」
「じゃあ、お寿司にしようっか。寮では中々食べられないからね」
「あ、でも、俺、あんまり生ものって食べたこと無くて、食べられるか」
寿司が美味いという事は知っている。ただ、実際に食べたことはほとんどない。同級生が回転寿司の話をするのを聞きながら、いつも羨ましいと思っていたのだ。
「そっか」
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