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綿貫碧(わたぬき あおい)3-5
「今帰っても、寮にはご飯ないでしょ。ゴールデンウィーク終わるまで泊まっていくと良いよ」
「え、いや、それは……」
「はい、決まり」
そう言って、三沢は綿貫に皿を渡すと、醤油を入れてくれた。
「でも、迷惑ですよね」
「全然。嬉しいに決まってるでしょ」
「勿論いいですけど、でも……」
嬉しいと思いながらも、どう選択をすればいいのか、綿貫にはわからなかった。選択をいつも間違える。今も、三沢の言う通りにしていいのかわからない。三沢に頼って良いのかもわからなかった。
「俺のためにさ、ね。俺もゴールデンウィーク一人は寂しいの」
「いや、でも……」
「でもでも、うるさいなぁ。いいからご飯食べよ」
三沢はそう言って、マグロの寿司を手に取ると、醤油を付けて綿貫の口に突っ込んで来る。綿貫は慌ててそれを咀嚼して飲み込んだ。
「何、これ、うまっ」
綿貫が思わず言うと、三沢がニッコリと笑った。
「良かった。いっぱい食べて」
綿貫はじっと寿司を見つめた。食欲には勝てない。綿貫は思わず寿司に箸を伸ばした。
「これ、何ですか」
「ブリ」
「ふーん」
綿貫がブリの寿司の匂いを嗅ぐと、三沢が笑った。
「あおちゃん、下品」
綿貫はそれにへらっと笑うと、ぱくりと寿司を口にした。
「うまっ。どうしよう、三沢さん。凄い美味いです。こんな美味いの食ったの、初めてだ」
三沢が嬉しそうに笑うと、綿貫の頭を撫でてきた。
「ほら、色々食べなよ」
「はい」
「ここにいたら、毎日美味しいもの、食べさせて上げる。一週間いるよね」
「はい! あ……」
つい返事をしてしまったと思ったが、美味しい食事には勝てない。施設で育ってきた綿貫が、目の前にご馳走をぶら下げられて断れる筈は無かった。
綿貫はもう気にしないで次から次へと寿司を頬張った。これ、何、と聞く度に三沢が笑う。その笑顔が凄く優しくて、それが余計に食事を美味しくさせていた。
「あ、ごめんなさい。三沢さんの分……」
気がつくと、寿司桶には三分の一しか寿司が残っていない。三沢は、オードブルのローストビーフやテリーヌをつついていた。
「いいよ、全然」
恥ずかしい。綿貫は人の目を気にせず、人のことも気にせずにがっついてしまったことを恥ずかしいと思った。こういうことをすると、必ず施設の子だからと言われたのだ。普段気をつけていたが、気を抜くと素が出てしまう。
「卑しくて、恥ずかしい」
それに三沢は笑うと、ほら、と言ってウニの寿司を綿貫の口に突っ込んで来た。
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