37 / 133

綿貫碧(わたぬき あおい)3-7

「わざわざ言う必要がないと思ったから」 「ふーん」  先ほどまでの甘い雰囲気は一転、三沢は探るような目で綿貫を見てきた。 「施設で貰えるお小遣いは中学校三年生で3000円くらい? 貯めれば貯まるだろうけど、実際そんなに貯めるの無理だよね。足りないものがあったら自分で買わないと駄目だし、結構ギリギリだよね」 「何で、そんな事知ってるんですか」 「一般常識」  本当なのか。綿貫はじっとこちらを見てくる三沢の目に、この男が何を考えているのか全くわからないと思った。 「あおちゃん、俺はね、嘘をついちゃいけないなんて思ってないよ。人間は嘘をつく生き物で、それは健全なことなんだ。俺達は下らない嘘を毎日、何百とついている。でも、真剣に聞かれている事に嘘をつくのは駄目だよ。それは、信頼関係を築くことを拒絶したってことになる」  嘘をついてはいけないのであれば、沈黙という手もあると綿貫は思った。しかし、優しい口調とは裏腹に、じっと見てくる三沢の目は仄暗く燃えており、この目で見つめられると、身が竦《すく》んでしまい、三沢の言うとおりにしなければいけないと思えてしまう。 「俺とは、信頼関係を結びたくない?」 「この間、お勤めをした時に、お金貰った」  三沢の体がピクリと揺れたのが分かった。三沢が何を思っているのか知るのが怖くて、三沢の顔を見ることが出来ない。 「ふーん。何をして貰ったの? フェラ? 顔射? 縛り? それとも……」 「フェラです」 「いくら?」 「5千円」 「5千円? それだけ?」 「ゴム付けてたし、下手だからって」 「やっす。そんな安く売ったんだ。あおちゃんの価値は、5千円? 笑える」  そう言って三沢は楽しそうに笑った。  一通り笑い終えると、三沢は綿貫の髪の毛をぐっと掴んで、自分の方に引き寄せた。 「いたっ!」 「そんなに安い子だと思わなかったよ。残念だなぁ。まさか、金で体を売るとはねぇ」  三沢の言葉に、綿貫は萎縮していた心が解放され、怒りが湧いてくるのを感じ、三沢の手を思いっきり払った。 「ふざけんな! 勝手言いやがって。俺は便所としてあそこにいるんだ。もともとも安い人間だよ。第一、三沢さんに何が分かるんだ。こんな良いマンションで、大きなテレビ見て、美味い寿司食って、何一つ困ってねぇだろ。俺は違う。俺は金がない。誰も守ってもくれない。そうやって稼ぐ以外ないんだよ!」   綿貫は少し興奮して息を荒くしながら立ち上がると、早足で玄関に向かった。 「ご馳走様でした。失礼いたします」          

ともだちにシェアしよう!