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綿貫碧(わたぬき あおい)3-9
「全然欲張りじゃないよー。欲しいのは多くは無いんだ。それに、一番欲しいものが手に入れば、俺の人生はそれだけで十分なの。それさえ手に入れば、生きることが凄くハッピーになると思う」
三沢が欲しいもの。それは何だろうか。もっと沢山のお金か地位か愛情か。それとももっと簡単なのものなのだろうか。
「手に入ると良いですね」
「うん、頑張るよ」
三沢はそう言うと、にこっと笑った。
「あおちゃんは何がしたい?」
「何がしたいって……突然言われても」
「じゃあ何が好き? 普段何してるの? 趣味は何?」
「え? 趣味?」
聞かれて、綿貫はじっと考えてみた。趣味って何だろう。普段、何をしているか。
「趣味、ないです。漫画も読まないし、テレビも見ないし、映画とか、音楽とか……好きなもの、一つも無いです」
えへへと笑いながら、綿貫は改めて自分のつまらなさに気がついた。やりたいこともない。好きなこともない。本当に生きる価値がないと思って、三沢もすぐに自分に飽きるのだろうなと思った。
「大丈夫」
三沢がそんな綿貫の考えに気がついたのか、そう呟いた。
「好きなこと、これから見つけていけば良いよ。あおちゃんはね、いてくれるだけでいいんだよ。あおちゃんはいるだけで、誰よりも価値があるんだ」
「三沢さん、口上手いですよね。そういうのは、可愛い女の子に言ってくださいよ」
三沢は綿貫のこめかみにチュッとキスをすると、にっこりと笑う。
「あおちゃんは、女の子なんかよりも可愛いよ」
「や、そういうことじゃなくて」
ニコニコと笑っている三沢に、綿貫は体の力が抜ける。この男の一挙一動について、考えれば考えるほど雁字搦めになる。せめてここにいる間は、余計な事は考えないようにしようと思った。
この毒のような甘言に、しばらく身を浸しても許される筈だ。それくらいは、許して欲しいと、誰に対してか分からないがそう思った。
「行きたいところは?」
「それも良く分からなくて」
「じゃあ、俺が決めちゃおう。明日、出かけようね」
「はい」
弾む心を抑えながら、この選択が間違っていても、それでもいいと綿貫は思った。
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