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綿貫碧(わたぬき あおい)4-2

 笑いながら言う甲野に、天真爛漫とはこういう笑顔の事をいうのだな、と思った。確かに生活は苦しいのだろうが、家族仲はいいのだろう。家庭に問題がある人間は、どんなに隠してもどこか不自然な部分がある。しかし、甲野にはそれがない。同じ奨学生でも、根本的には綿貫とは違うのだ。 「施しはいらないよ」  綿貫はテーブルにチケットを置くと、何か言ってくる甲野を無視して、黙々と食事をした。  本当に苛つく。この何も知りませんという素直さと、そして誰に対しても真摯に向かい合う様子が苛つく。そして甲野は、偽善ではなくそれが行える人間なのだ。それが苛つく。そして、羨ましい。 「お前、人が親切にさ-」  瀬川が言おうとするのを、甲野が止めた。 「悪い。でも、何かあったら本当に言ってよ」 「ごめん。俺も、折角の親切。テストの結果が良くなかったから、苛ついてた」 「いや、いいよ。色々あるよな。勉強も、良かったら今度、一緒にやろうよ」  甲野はそう言うと、あとは何も言わずに食事をしている。その顔をチラリと見ると、全く怒った様子はなく、相変わらず美味しそうに口に食べ物を運んでいる。自分も甲野みたいだったら、もう少し、何かが違っていたのだろうかと思った。 「じゃあ、お先に」  食事を終えると、綿貫は先に席を立った。食器を片付けていると、背の高い男が二人、食堂に入ってくるのが見える。一人は小湊で、もう一人は三沢だった。  綿貫はその姿をじっと見つめる。胃の辺りがぎゅっと縮むような感覚がした。どうしたって、三沢を思う気持ちは消えないのだ。  三沢にフェラチオをした翌日、綿貫は宣言通りに寮に帰った。そしてあれから一度も三沢と話しをしていない。勿論、クイーンの予約もない。当然だと思いながら、何故あのときパピーにして欲しいと言えなかったのか後悔をした。  今だけではない。毎晩毎晩後悔をしている。あの時きちんと言えていれば、今頃三沢は隣で笑ってくれたのかも知れないと思えば思うほど後悔する。汚い豚に抱かれれば抱かれるほど、自分の選択がいかに愚かだったのかと思い知らされるのだ。  三沢が視線に気がついたのか、こちらを見てきた。綿貫は咄嗟に視線をそらすと、さっさと食堂を後にした。  教室に戻ると、同じクラスの生徒がチラリと見てきた。綿貫が席に着くと、その生徒が綿貫の前の席に後ろ向きで座り、小さな声で囁いてきた。 「ねぇ、綿貫君さ、中々予約できないんだけど、もしよかったら、特別に他の日で、時間作れないかな」  そう言って、そっと机の上に金を差し出してきた。いくらあるのだろうか。綿貫はそれを手に取り、数を数えた。  三万円だ。相場はいくらだっけ、と綿貫は考えた。こういうこともあるとは、高月からは聞いていて、別に咎められることではないらしい。          

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