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綿貫碧(わたぬき あおい)5-2
その視線の中には、明らかに嫉妬や悪意があった。綿貫は人の悪意には敏感であったが、それを処理する術は何一つ持っていない。そのため、ただ神経が削られていくのだ。
「あの人達の、何人と寝たことあるの?」
綿貫は、じっと見てくる生徒にチラリと視線をやる。
「うーん。どうだったかな」
「三沢さん、記憶力いいでしょ」
「ハハ……どうでも良いことは覚えてないよ」
「どうでも良い事って、三沢さん、安定の屑っぷり」
「だってさ、俺は女の子が好きだからね。男はどうでもいいの」
それに三沢の顔を見上げる。あぁ、そうだろうな。そして自分も、飽きられたらそうなるのだと思っていると、三沢は綿貫の顔を見た後、口の端を上げて笑い、すぐに元のにこやかな顔に戻った。
またあの顔だ。綿貫は思う。たまに見せる堪らなく嬉しそうな、愉悦を孕んだ笑顔。そしてその顔を見せるのは、綿貫が傷つき、不安で心が溺れそうな時であることに、綿貫は気がついていた。
恐らく三沢は、自分が笑ったことにも気がついていないだろう。それは三沢が自身の歪みを綿貫に垣間見せてくる一瞬であり、三沢が綿貫をそばに置いているのは、三沢の歪んだ心を満足させてくれるからというのもあるのだろう。
「じゃあ、男と寝なきゃ良いのに」
「俺、オナニーするの嫌いなんだよね。空しいでしょ。でも、若いからさ、週末まで我慢出来ないことあるし」
「屑が。もういいです。黙っててください」
「あおちゃん、やっぱり気強いよね」
綿貫は苦笑すると、ニコッと笑いながら、上目遣いで可愛い声を出した。
「そんなこと止めてください。三沢さん。俺、悲しい」
「ハハ……それやってくれるの、二回目だね。可愛い」
綿貫はもう話す気力もなくなり、黙り込むと三沢の手を振り払った。三沢は綿貫の肩を抱き寄せると、頬にちゅっとキスをしてくる。
「ごめんごめん。それだけじゃないよ。あおちゃんのために、他の子で練習したんだ。だから、許して」
そんな言葉で許されると思っているとしたら、頭がおかしい。いや、そもそもおかしいのか。そしてこんな男が好きな自分も頭がおかしい。
「もう、本当に黙っててください」
綿貫の言葉に、三沢は拗ねた顔をして見せると、懲りもせず手を繋いできた。それを再度振り払おうとしたが、今度は強く握られてしまい、叶わない。
三沢の目を見ると、仄暗い色が見える。綿貫は、身を小さくブルリと震わせると、ぎゅっとその手を握り返した。
「良い子だね。それで良い。今日は沢山可愛がってあげるから、機嫌直して、ね」
頭を撫でてくる手に、悔しいが逆らえない。今日与えられる快楽を想像し、綿貫は再度身を震わせた。
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