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綿貫碧(わたぬき あおい)5-3

 三沢は綿貫の教室まで着いてくると、綿貫の唇にねっとりとキスをしてきた。本当にこの人は、人目などどうでも良いのだと思いながら、もう今更この学校の連中にどう見られても良いと思って受け止めた。 「じゃあね、あおちゃん。また放課後ね」  そう言って、三沢は手を振って消えた。  クラスメイト達は、遠巻きに綿貫を見てきた。以前は軽蔑と欲の混じった目で、今はそれに羨望が加わっている。気持ちが悪い。  人間はどうしたって押し込められた環境のルールを受け入れ、それに従い、やがて疑問を持たなくなってくる。そうでなければ、集団の中で生きていくことなど出来ない。自分もここで生きて行くには、ここのルールに染まらなければいけない。しかし、どうしたって慣れることなど出来そうもなかった。  席についてじっとしていると、この教室内での、もう一人の異質な存在が現れた。 「おはよう」  甲野は、誰も返してはくれないというのに、笑顔でそう言うと席に着いた。  本当に空気が読めない男だ。甲野は自分なんかよりも、居心地が悪いはずだ。それなのに、何故こうも堂々としていられるのだ。  甲野はこのクラスの、もう一人のクイーンだ。小湊が甲野の「お勤め」を阻止していたようだが、結局は1ヶ月程前に「お勤め」が開放になった。しかし、それでも予約は全て小湊なため、本当の意味では開放されていない。  そのため、皆が甲野をハメられる日を、今か今かと待っている。甲野自身にそのつもりはなくとも、小湊の力を傘に、堂々と振る舞っているように見える甲野を、皆苦々しく思っているのだ。そして、誰にも折れずに真っ直ぐなその様に、男達は征服欲をかきたてられるのであろう。  おそらく甲野は、そんなことには気づいていない。それはあの、小湊という男が守っているからだが、しかししかしその一方で、小湊は甲野を追い詰めてもいるのだ。質が悪い。  綿貫は、小湊がさっさと甲野をパピーにすれば良いのにと思っていたが、甲野がそれを拒否していると聞いて、甲野らしいと思った。嫌いな男だったが、その意思の強さは嫌いという感情など消し去るほどで、今ではその強さに憧憬を抱いていた。だからこそ、甲野が本当の意味でクイーンになった時にどうなるのか、綿貫は考えるだけで恐ろしいと思った。  授業を終えると、綿貫は一番最後に教室から出て行った。疼く体とは裏腹に、これでいいのかという迷いは未だにある。甲野を見た後は特にそう思ってしまう。自分も甲野のように真っ直ぐであれば、もう少し何かが変わっていたのであろうか。 「なにー、どうしたの、深刻そうな顔しちゃって」        

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