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綿貫碧(わたぬき あおい)5-4

 寮の中にあるロータリーにつくと、既に待っていたらしい三沢が正面から抱きしめてきた。三沢の匂いがふわっと漂う。いつも着けている、高そうな香水の匂いだ。少し癖のある、フルーティでスパイシーな香りは、三沢の体臭と混ざると、夜の匂いを醸し出す。それが鼻孔をくすぐり、綿貫はうっとりとして、思わず三沢に体を預けてしまっていた。  土曜日のこの時間は、ロータリーには多くの車やタクシーが止まり、週末自宅に帰る生徒で溢れている。送迎のためのバスも出るが、バスに乗る生徒は少ない。大抵がお迎えの車か、迎えがこれな来れなければタクシーで帰る生徒がほとんどだからだ。東京に行くための電車代もひねり出さなければいけない自分とは違うと、綿貫はこの光景を見る度に思う。 「夏休み、免許取ろうと思ってるんだよね。学園の駐車場余ってるし、車置いておけばいつでも遊びに行けるしね」  タクシーに乗った三沢は、窓の外を流れていく景色を見ている綿貫に、そう言った。 「三沢さん、誕生日はいつなんですか?」 「8月18日」  その数字を聞いて、綿貫は心がざわりとした。その数字は、綿貫が覚えている数少ない数字の一つであった。 「三沢さん、どこの施設にいたんですか?」 「え?」 「三沢さんの誕生日、同じ施設にいた子と同じなんです。名前も同じだし、もしかしたらって……」  綿貫は恐る恐る聞いてみた。三沢は綿貫の顔を覗き込むと、何の動揺も見せずに笑った。 「もしかして、前に言ってたしゅうちゃん?」  綿貫がコクリと頷くと、ちょうどタクシーが別荘の前についた。 「ほんと、好きだったんだね。妬けちゃうなぁ」  タクシーに支払いをして下りてきた三沢はそう言うと、それ以上は何も言わずに別荘の鍵を開けた。  家の中に入ると、まず一階にある右の部屋に入る。家に入った瞬間、先ほどまで頭に浮かんでいた疑惑は消え去り、今はただ、この後に何が起こるのか、それしか思い浮かばなくなっていた。  リビングに入ると、三沢が手を洗って料理の準備を始める。家事を一切しないと言う三沢は、身の回りのことは家政婦頼みのようだが、綿貫といる時は、他の誰も家に入れたくないと、食事を作ってくれていた。  三沢は、管理人が買っていてくれていた食材を確認すると、少し考えて、何かを作り始めた。レシピ本を何冊か読み、丸暗記をしているだけではなく、食材や調味料、調理方法についても理解をしたとのことで、初心者の割には料理が上手い。ただ、食材を切ったりするのはまだ慣れていないようで、火が通っていなかったり、野菜がやけに大きかったりすることはあるが、それでも、自分の為に三沢が料理をしてくれている事が嬉しかった。凄く、凄く嬉しかった。 「俺のために、誰かが料理してくれるなんて、夢みたい。それが三沢さんだなんて、現実感がなさ過ぎます」        

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