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綿貫碧(わたぬき あおい)6-1

 窓から差し込む強い日差しを体に浴びながら、ここは別世界のようだと思った。  今日は一学期の最終日だった。学校が終わり寮に帰ると、休む間もなく三沢に東京のマンションへと連れてこられたのだ。  クーラーの効いている快適な室内は静かで、清潔で、寮とは違う。何よりも三沢と二人きりなのだ。 「今日から二人きりだね。嬉しいな」  綿貫の手を取った三沢に、寝室に連れて行かれた。前に来た時には客間を与えられたため、三沢の部屋には初めて入る。少しドキドキをしながらその部屋に入ったとき、壁に飾られた大きな絵に目を奪われ、動きを止めた。 「凄い……綺麗だ」  その絵は不思議な絵であった。綺麗な人魚が一人、水の中を漂っている。長い髪に大きな瞳。美しい鱗は瑠璃色に輝いている様に見えた。  顔は幸せそうに微笑を浮かべている。しかし不思議なのは、人魚がいるのは檻の中であることだ。 「綺麗だよね。偶然見つけたんだけど、どうしても欲しくて」  いくらしたのか聞くのは無粋だろうと思い、聞く事はしなかったが高そうだ。 「何で、檻の中?」 「さぁ、何でだろうね。悪い人間に掴まったのかな」 「でも、幸せそうだ」 「そうだね」  三沢はそう言うと、壁際に置かれている長椅子に座った。 「おいで」  三沢が隣を叩いて、綿貫を呼ぶ。綿貫がそこに座ると、その絵がよく見えた。 「人魚姫の話、知ってる?」  三沢が聞いてくるのに、綿貫は頷いた。 「小さい頃大好きで、しゅうちゃんによく読んで貰いました」 「ふーん、男の子なのに珍しいね。何で好きなの?」 「さぁ。何となく」  三沢が綿貫の手を握ってきて、頬にキスをしてきた。 「人魚姫みたいに、愛されたい?」 「え?」 「それとも、人魚姫みたいに、愛してみたい?」  綿貫は何を言われたのかすぐには分からなかったが、三沢の言った意味を理解したときに呆然とした。  それこそが、綿貫がその童話を好きだった理由だ。誰にも愛される事のなかった綿貫が憧れた愛の形であったのだ。何故、三沢がそれを知っているのか。 「なんてね。泡になっちゃうなんて寂しいよね。俺、あおちゃんが泡になったら、寂しくて死んじゃうよ」  三沢がヘラリと笑うのに、いつもの戯れ言だったのだと思い、綿貫はため息をついた。 「また適当な……」 「でも、もしさ、あおちゃんが人魚だったら、俺、絶対に逃げないように、この絵みたいに檻に閉じ込めるよ」          

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