93 / 133

綿貫碧(わたぬき あおい)6-8

「何かあった?」 「何も」 「あまりふらついたらダメだよ。あおちゃん可愛いから」 「はいはい」  綿貫は適当に応えると、先ほど買ったスマホケースを手に取った。 「お昼、食べた?」 「はい」 「これからどっか行く?」 「いえ、暑いから嫌です」 「もー、あおちゃん、若いのにインドア」  三沢が笑いながらソファに座ると、自分もその隣に座り、プレゼントを差し出した。 「お誕生日、おめでとうございます」 「え?」 「今日、誕生日ですよね」  三沢は差し出されたプレゼントを受け取ったが、なんとも言えない表情をした。  あれ、思っていたような反応と違う。綿貫はそう思って、少し焦った。とても喜んでいるようには思えなかったのだ。  三沢は無言のまま包装を開くと、憮然とした表情でスマホケースをじっと見つめている。綿貫は間が持たないと思って、まくし立てるように言葉を発した。 「あ、ごめんなさい。気に入らなかった? そうですよね。安いし。でも、ケーキもありますよ。三沢さんが好きなケーキ屋さんで買いました。丸いのにして貰った」 「お金……」 「え?」 「お金、どうしたの? 上げてないよね」  三沢が怒っている理由に気がつき、綿貫は慌てて首を振った。 「変な金じゃないよ。バイトしたんだ」 「ふーん。何のバイト」 「ポスティングだから、誰にも会わないし、変な事にもなってない」 「聞いてないけど」 「驚かそうと思って……」  三沢はスマホケースをポンとテーブルに放り投げると、綿貫の顔をじっと見てきた。その目は仄暗い。 「だからさー、何であおちゃんはこんなに馬鹿なの。ポスティングなんて、危ない目に合う事も多いんだよ。俺は別にこんなの欲しくないよ」 「そんな言い方しなくても! 俺はただ、三沢さんの誕生日に何かあげたかっただけで……」 「だーかーらー! 俺はさ、あおちゃんが笑ってくれればそれでいいの。プレゼントなんていらないよ。あおちゃんが危険な目にあったら元も子もないだろ」  綿貫は、ポスティングをしていた時の事を思い出していた。確かに、嫌な目にも何度かあった。ポストに入れるなと怒鳴られた事もある。暑い中歩くのも辛かった。それでも、プレゼントを渡した時に三沢が喜んでくれるだろうと、それだけを楽しみに頑張ったのだ。自己満足なのだろうが、それでもこんな事言われるとは思っていなかった。 「分かったよ。返せよ! 変な物プレゼントしてスイマセンでした!」         

ともだちにシェアしよう!