99 / 133

綿貫碧(わたぬき あおい)6-14

「おしいなぁ。そうじゃないんだ」  三沢は綿貫の額にキスをすると、優しく頬を撫でてきた。 「でも、そうなのかな。あおちゃんが俺のせいで傷ついてたら、凄くゾクゾクする。俺のせいで嫉妬している姿を見ると、愛されてるな、って実感できるんだ」 「は?」  本当に頭がおかしい。綿貫はそう思いながら、三沢の手をはらった。 「歪んでる。そんなの愛じゃない」 「そうなの? じゃあ何が愛?」 「え?」 「偉そうに言うけど、あおちゃんは人を愛した事あるの? 誰かに愛された事あるの?」 「そんな事……俺は凄くしゅうちゃんのこと、好きだったし、今は三沢さんが……」  最後まで言えなくて口をぐっと噤んだ。言って良い言葉か、悪い言葉か判断つかない。 「しゅうちゃんって、そんなのいつの話? 幻想じゃん」  三沢は馬鹿にするように鼻で笑った。 「あおちゃんの愛って、声を失って、ナイフで抉られるような痛みを感じながら誰かを愛した結果、報われずに泡になってでも誰かを思う事?」 「ちが……」 「そんなの、馬鹿馬鹿しい。今時小学生でもそんなこと思わないよ」 「わかってます。そんなの。俺だって、子どもの頃の話だ」 「嘘。今でも、そんな風に誰かを愛して、愛されたいくせに。でも、それでいいんじゃない。他人がどう思うかなんて、そんな事どうでもいいよ。俺は他人なんてどうでもいい。一般的な愛だなんて、俺には関係ない。ただ、俺はあおちゃんが望む愛があればそれでいい」  何を言い出すのだと思い、綿貫は眉根を寄せる。三沢の言いたい事が、分かるようで分からない。 「俺は三沢さんが言うとおりに馬鹿だから、何言ってるのかわからない」 「そう? じゃあよく考えて。俺はあおちゃんが俺のために嫉妬してくれるのが最高に嬉しいよ。でも、それだけじゃない。俺は、あおちゃんの望みを叶えたいんだ」 「俺が、三沢さんが寝取られるのが好きって事? さすがにそこまでMじゃない」  三沢はそれににっこりと笑うと、帰ろうか、と言った。 「この部屋で寝たくないでしょ」 「でも、高いんでしょ……」 「いいよ、帰ろう」  三沢はそう言うと、綿貫を連れて部屋を出て行き、チェックアウトをしてしまった。あの部屋で寝るのは嫌だが、いくら何でも勿体ないと思った。 「次の段階いかないとね」  タクシーの中で三沢がぽつりと呟いた。 「え?」 「あおちゃんを檻に閉じ込めるための方法。あおちゃんは俺の事なんて信じてないからね。甘い飴をあげてもすぐに吐き出しちゃう。だから、違う方法で行くしかない」 「何言ってるの? 何のこと?」 「何のことだろうね」  三沢は楽しそうに笑ったが、綿貫はその顔がどこか寂しそうに見えた。 「明日は別荘に移動しよう」  三沢の声が、タクシーの狭い空間で静かに反射した。     

ともだちにシェアしよう!