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綿貫碧(わたぬき あおい)7-1

 綿貫は三沢の部屋の窓からロータリーを見ていた。一台のマイクロバスがロータリーに入ると、減速して止まる。駅から寮に帰ってくる生徒達を運ぶバスだ。生徒達が下りてくるのを見ていた綿貫は、無意識のまま財布とスマートフォンを握ると外に飛び出していた。  三沢はシャワをーを浴びていて、綿貫が出て行ったのに気がついていない。バスの前まで走って行くと、エンジンがかけられたところで、慌てて綿貫は窓を叩いた。 「何?」  運転手が窓を空けて聞いてくるのに、綿貫は荒い息の下から声を絞り出した。 「駅まで戻りますか?」 「いや、営業所に戻るよ。どうしたの?」 「急用で家に帰らないといけないんです」 「そうなの。駅は通過するから、乗っていく?」 「はい」  綿貫は返事をすると、ドアを開けて椅子に座った。  ちらりと外を見る。三沢はまだ気がついていないのか、追ってくる様子はなかった。  バスはゆっくりと出発していく。気がつかれるのではないかと気が競ったが、バスが一本道を抜けて県道に入った時、ようやく綿貫は体の力を抜いた。  一体自分は何をやっているのだろうと思って、スマートフォンをじっと見つめた。何の考えもなく出てきてしまった。発作的に逃げ出してしまったのだ。  ただ、もう三沢と一緒にはいたくない。それだけは確かであった。三沢の誕生日からずっと、ただ惨めで、もう耐えられなかった。  三沢は誕生日の翌日、宣言通りに綿貫を別荘に連れて行った。綿貫は、正直言うとマンションで過ごしていた方が良かった。淫靡で陰険な屋敷では、ただセックスをする事しか出来ないのだが、綿貫は体を重ねる以外にも、出かけたり、ただ笑い合ったり、そんな事をしたかったのだ。  そんな綿貫の気持ちを知らずにか、それとも知っててなのか、三沢は別荘で残りの夏休みを過ごした。それに加え、毎日のように女を連れ込む三沢に、綿貫の心は徐々に疲労し、ひび割れていった。 「そんなに俺に嫉妬して欲しいんですか? 俺が傷つくのが楽しい?」  女が帰る度にそう尋ねると、三沢は嬉しそうに笑った。心から嬉しいというあの笑顔だ。極めつけは、夏休みの最終日にはフユをもう一度呼んだ。女と自分を比べ、男とさえ比べなければいけなかった綿貫は、もう限界であった。  三沢は人の心をどうやれば(えぐ)れるのかを知っている。その頭脳の使い方が実にえげつないのだ。          

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