102 / 133
綿貫碧(わたぬき あおい)7-3
綿貫は答えながら、そうなのかもしれないと思った。何も考えず、ただ逃げたかったのは、考えたら逃げられないと思ったからだ。
「ごめんね。限界を超えちゃったかな」
三沢の長い指が綿貫の手に絡みついてくる。ふわりと三沢の匂いが漂ってきて、綿貫の体を柔らかく縛り付けていく。身動きが出来なくなると思った。
「もう、お終い。我が儘は言わないよ。もう、あおちゃん以外と寝たりしない。十分過ぎるくらいに貰ったからね」
「もういいよ。俺、本当に疲れた。そうやって、優しくした後に、酷い事して、俺を操って楽しんでる。俺も人間なんだよ。凄く疲れた。三沢さんのこと、もうやだ」
「そんな事言わないで」
ぎゅっと抱きしめられて、頭がクラクラとする。もうとっくに深く淀んだ沼の底にいるのだ。這い上がれない。それでも、溺れ死ぬのを待ついわれはない。
「もう、開放してよ」
「そんな事、出来るわけないの、分かってるよね。さぁ、行こう」
三沢に手を引かれて、結局は従ってしまう。何度も繰り返すこのやりとりに、いい加減三沢も疲れているはずだと思ったが、三沢の顔はどこか楽しそうであった。
連れて行かれたのは三沢の別荘だった。ベッドに座らされた綿貫は、水色のシーツに出来た皺をじっと見た。このシーツの色は三沢のお気に入りだ。綿貫の体液で色が変わるのが良いのだという。この顔で変態のなのだから手に負えないと、隣に座った三沢の顔をじっと見上げた。
「ごめんね。俺、やり過ぎたね。あおちゃんの嫉妬が堪らなくてさ、俺、愛されてるなって思ったんだよね。でも、もうお腹いっぱい。大丈夫。あおちゃんからの愛を感じられなくなった時以外は、もうあんな事しない。あおちゃんが俺を信じなくなった時以外は、あんな事しないよ」
「なにその、いい加減な感じ。そんなの、いくらでも、どうにでもなりますよね」
「そう? でもさ、俺もあおちゃんと一緒にいて気がついたんだよ。あおちゃんはただ優しくて、甘くして、それでも何も信じない。あおちゃんは何だかんだ言っても、痛みがないとダメなんだよ。何でだろうね。初めて知った愛情があの童話だったからかな。それとも、しゅうちゃんがそう教えたのかな」
「しゅうちゃんは、三沢さんとは違います」
「そうかな。でも、どっちにしろ、痛みを伴いながらしか、愛を感じられない。そうでしょ」
「人を、どMみたいに言わないでください」
三沢が何を言っているのか、意味が分からない。綿貫は三沢の顔を睨みつけたが、三沢は相変わらず楽しそうに笑っている。
「俺のせいなんだよね。それはわかってるけど、学園からの脱走は禁じられてるんだよ。特にクイーンの脱走は重罪だ」
ともだちにシェアしよう!