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綿貫碧(わたぬき あおい)8-3
「でも、きっと三沢さんだって、甲野を見てたら惹かれるよ」
三沢は綿貫の手をぎゅっと握ると、低い声を絞り出した。
「何それ。あおちゃんが誰かの話するの、珍しいよね。しゅうちゃん以外の話、初めて聞いた。もしかして甲野君の事、好きなの?」
何を言っているのだと思って、綿貫は三沢の顔を見た。その瞳の奥では、揺らめく炎がある。
「違います」
「でも、気になってるんだよね。俺、嫉妬しちゃうよ。あおちゃんが他の子の事考えるだけで、凄く嫌なんだ」
「ほんと、ゲスですよね。三沢さんに振り回されるのに、疲れたって本当に思います。そんな事言ってるけど、俺の事、好きでもないし、ペットくらいにしか思ってない」
三沢は崩した表情をすっと引っ込めると、少し怒った顔をした。
「何言ってんの。俺はあおちゃんとずっと一緒にいたいって言ってるよ。俺は、あおちゃん以外にいらないんだ」
何言ってるんだ。自分の事を好きでもないくせに、何を言うのだ。自分の心を容易く切り捨てたのに、まだそんな事を言うのかと、綿貫は思う。
「三沢さんは、誰かを好きになるってことが出来ない人なんでしょうね。三沢さんの心には、愛っていうのが欠けてる気がする。神様から何でも与えられたけど、一番大切な物を貰わなかったんだ」
三沢は表情を無くした後、綿貫の体をベッドに押し倒した。何の色もないその顔に、綿貫はビクリを体を揺らしたが、三沢はすぐに人を小馬鹿にしたような顔に戻った。
「じゃあ聞くけど、愛って何? ずっと一緒にいたいと思うのは、好きだって思う気持ちよりも劣ってるの? 俺の物だけにしたいと思うのは駄目な事? 俺のあおちゃんへの思いに、何か名前をつけないといけないのかなぁ」
「そんなの、俺にもよく分からないです。でも、俺は三沢さんが好きです。だから、少なくとも三沢さんよりは愛を知っている。三沢さんだけじゃない。しゅうちゃんの事も大好きだった。しゅうちゃんの事を考えると、今でも心が温かくなる。でも、三沢さんは違う。三沢さんといると凄く辛い。幸せな思いの後に、いつも悲しくなる。俺はただ、しゅうちゃんと一緒にいた時みたいに、三沢さんと過ごしたい。一緒に笑って、お互いの事思いやって、穏やかに優しい時間を過ごしたい。そういうのが愛情なんじゃないですか。でも、三沢さんは俺を苦しめて楽しんでる。そんなの、歪んでるだけで愛じゃない」
三沢は綿貫の言葉に、声を出して笑った。
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