114 / 133

綿貫碧(わたぬき あおい)8-4

「それ、本気で言ってるの? あおちゃんの知っている愛は、どんなに痛くても、与えて、与えられる事じゃないの。童話のような純粋な愛が欲しい。それが望みでしょ。俺はそれを、叶えて上げたいんだ」 「違う! そんなの子どもの頃の話だ。俺はもう子どもじゃない。そんなの、望むわけない」 「よく言うよ。未だに子どもの頃の愛情にしがみついているくせに。子どもの頃のしゅうちゃんと、今のしゅうちゃんが一緒だと思ってるの? 同じなわけない。おままごとみたいな関係なんて幻想でしかない。それなのに、あおちゃんはしゅうちゃんにしがみついて離れない」 「違う」 「違わないよ。あおちゃんはさ、甲野君みたいになりたいって言うけど、俺からしたら一緒だよ。甲野君みたいに頑固だったら困るって言ったけど、考えてみたらあおちゃんも凄く頑固だよね。絶対に誰も信じない。だから、俺の言葉も、ずっと拒絶してる。どんなに飴をあげても、吐き出しちゃんだからさ。だから、雁字搦めにして、嫉妬でどす黒くして、鞭で打ち付けて、そうやって手に入れる以外、どうすればいい? 一緒に笑いたい? 俺だってそれ、何度も言ったよね。あおちゃんが笑ってくれるようにって、いつも思ってた。お互いの事思いやって、穏やかに優しい時間を過ごしたい? 俺だってそうしたかった。そうしてたつもりだった。でも、あおちゃんは俺の言葉を何一つ信じなかった」 「だって、それは三沢さんが……」  言いかけて綿貫は気がついた。確かに三沢はいい加減で、遊び人で、ゲスい。しかし、綿貫がパピーになってからは、綿貫だけを見てくれていた。三沢の誕生日のあの日まで、そうしてくれていた。それが崩れたのは、三沢に隠し事をしたからだ。もしかして、三沢はたったあれだけの事で、不安になったというのだろうか。  もしそうだとすれば、綿貫が三沢から逃げ出したことで、三沢の心の中はどうなっているのだろうか。にっこりと笑う笑顔の下で、三沢は何を思っているのか。考えるだけで恐ろしいと思った。それと同時に、自分は飛んでもない勘違いをしていたのではないかと、己に恐怖した。  三沢は寂しそうに笑うと、綿貫の唇にちゅっとキスをして、綿貫に背を向けてベッドに座った。 「俺がどんな思いで、施設から出て行ったと思う? どんな思いで、彼等を破滅させたと思う? 必死でここまで来た。泡になる前に救って上げるって、その約束を守るために、ここまで来たんだ。欲しいものを手に入れるためにここまで来た。それなのに、俺の思いは、愛よりも軽いのかなぁ」  独り言のように呟く三沢の言葉を、綿貫は理解出来なかった。理解など出来るわけはなく、ただ混乱した。         

ともだちにシェアしよう!