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綿貫碧(わたぬき あおい)9-1

 冬の朝は布団から出るのが嫌になる。綿貫は目が覚めると布団の中で丸まったが、隣に三沢がいないのに気がついた。  すでに自由登校になっている三沢は、綿貫のために寮には残ってくれているが、布団の誘惑には勝てないのか、綿貫が起きても布団からは出てこないのが常だ。  綿貫が寝ぼけ眼で部屋の中を見回すと、三沢がベッドに座り、何やら難しい顔でスマートフォンを見ているのが視界に映った。こんな顔をするなど珍しいと思って布団から出ると、三沢の膝に手を置いて、その顔を見上げた。 「どうしたんですか。難しい顔してる」  三沢はスマートフォンから綿貫に視線を移すと、おはようと笑って見せたが、すぐにまた難しい顔に戻った。 「何か嫌な事でもあったの?」  三沢は少し考えるようにじっと綿貫の顔を見ていたが、その表情のまま綿貫の頭を撫でてきた。 「あおちゃん、甲野君の部屋に行っておいで」 「え、何突然。甲野君? 何で」  三沢は綿貫の額にキスをすると、寂しそうな顔で笑った。 「甲野君、退学したんだ。今日で、学園去るって。今頃、荷物まとめてるよ」  綿貫は三沢の言った事がすぐに理解出来なくて、その場に凍り付いた。 「何で……」 「俺の口からは言えないよ」  三沢が綿貫の頭をぐしゃりと撫でると、膝に置いた綿貫の手をとって、立たせてくれる。綿貫は急いで顔を洗って制服に着替えると、寝癖も直さないまま、甲野のいる寮に急いだ。  コートを着ていないため、朝の空気が肌に突き刺さる。東京よりも大分冷たい空気に、肺の中まで冷えていくような感覚を覚えたが、そんな事は気にしてられないと思って走って行った。  甲野の部屋の前に行くと、ノックもせずにドアを開けた。甲野と、甲野の同室の立川龍誠が同時にこちらを見てくる。 「綿貫?」  甲野が小さな声で呟いた。その顔は酷く憔悴しており、この男のこんな顔を見るのは初めてだと思った。 「あ、俺、甲野君がいなくなるって聞いて……」  甲野はにっこり笑うと、立川の方を向いた。 「ごめん。食堂に行ってて。綿貫と二人で話したい」 「わかった」  立川は頷くと、部屋を出て行く。甲野はベッドに座ると、隣を叩いて綿貫に座るように促した。 「嬉しいな。俺の事なんて誰も気にしてないと思ってた」  甲野が言うのに、綿貫は甲野の顔をじっと見つめた。 「何で……。だって、甲野君、小湊先輩と仲良くやってて……何で?」          

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