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第13話
『とりあえず……自分のデスクでじっと座ってなさい』
自分ではどうにも考えられなくて。麗香さんに助けの電話を入れた。事情を説明したら、あとはこっちで処理するから気にせずに、定時で帰りなさい、とそう言われた。
僕が佐藤のもとにいっても同じように犯されておわるだけ。小林の足を引っ張るだけなんて……。考えるだけで胸が苦しくて、心臓が痛い。
「うわっ、道元坂じゃね?」
「ええ? 大企業社長の? 道元坂恵?」
「初めてホンモノ見た」
「ええ? 小林のオフィスに入って行ったよ……もしかして顧問弁護士、小林なの?」
大部屋の弁護士たちが口々にざわめき立った。道元坂恵……名前だけ知っている。たまに雑誌で見かけるから。大手企業の社長で、一代で築き上げた会社がすごいと言われている。
雲の上の人……だと思った。でも、小林にしたら同等の人間で……フェアに仕事をしているんだ。僕と違って、大金の動く仕事をして……。なのに、僕はなにもできなくて。
じわっと涙が出そうになって、慌てて鼻を押さえて上を向いた。僕には地位も権力もない。恋人にはそれがある。僕は……これからも邪魔ばかり、してしまう。
『時間よ。帰りなさい』
麗香さんからメールが届く。僕は出しているファイルを鍵付きの抽斗にしまってから、鞄を出した。パソコンを落として、立ち上がる。尻から響いてくる痛みを堪えながら歩き出した。
小林のオフィスの横を通りならがちらっと部屋の様子を窺う。ソファに向かい合って二人が座って、話し込んでいる。大部屋で聞いているだけでも小林は凄い人だと思ったけれど、こうやって目で見ても……やっぱりすごい人なんだと実感する。
談笑している小林と目が合って僕は慌てて視線を逸らした。速足でエレベータ前に行くとボタンを押した。
「先輩、なんで目を逸らすの?」
「……ひぃ!」
まさか追いかけていたなんて思わなくて、悲鳴をあげてしまう。後ろからお腹に手を回されて、耳朶に口を付けられる。
「そんなに驚かないでよ。今日は帰るの?」
「ああ、まあ。麗香さんに残業しないで帰るようにって言われてるから」
「やった。今夜は先輩と一緒に過ごせるんだ……ん? 先輩……ねえ、なんで……」
突然の低い不機嫌な声を僕は、ごくっと生唾を飲んでしまう。
なんで、急に怖い声を?
「佐藤の煙草の匂いがするの?」
「えっ?」
「佐藤と先輩って、仕事の絡みないでしょ?」
「あ……ああ、さっき自販機で。そのときじゃないかな? 煙草、吸い終わったばかりだったんじゃないか?」
どんな嗅覚をしてるんだ?
「ふぅん……で? どうしてスーツも乱れてるの?」
「え?」
「ワイシャツのボタン、ズレてるけど? さっき俺のオフィスにいたときはズレてなかった」
「いや……これは、お……お前がっ」
なんですぐにわかるんだよ。どうして……気づくんだ?
「ああ、俺のを咥えて興奮した? もしかしてトイレでシコったの?」
「そ……そうだよ。ほんとに、仕事中にもうやるなよなあ?」
「乳首弄って? じゃあ、今夜もたくさんしようね、先輩」
チュッと耳朶にキスをしてから、小林が離れていく。背中が怒っているように見えるのは僕に隠したいことがあるから、そう見えてしまうのかもしれない。
今夜は……たくさん、出来ないんだよ、小林――。
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