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第4話
その男の近くまで行くとふわりと甘い香りが鼻を掠めて、心臓がどくんと跳ねる。
(何のにおいだ……?)
『なかなかの腕前だったな。剣も習っていたのか?』
黒髪の男を見ながら、甘い香りの正体を探る。毒か、眠り薬か。いや、それなら自分たちにも影響があるからこの場では使えない。だとすると誰かのフェロモンか香水か。
そんな風に考えを巡らせていたら、ここまで先導してくれた金髪の男が、再びグイッと縄を引っ張った。
『おい、ルイ様に答えろ!』
『──レオ、いい。下がっていろ』
『はっ、失礼致しました』
『リアム。今日からお前の主人となるルイ・ブライスだ。よく覚えておけ』
『…………皆は、どうするつもりだ』
リアムの無礼な態度のせいか、先ほどのレオと呼ばれた男が前に出ようとして、ルイが片手で制止する。
『ローレニアへ持ち帰って奴隷にする』
予想していた通りの答えにリアムは拳をぎゅっと握り締め、少しの間を置いたあと頭を下げた。
『っ……頼む。皆を逃がしてやってくれ』
『それは無理な頼みだな。逃がしたとして代わりに何を差し出す?』
そう言われてしばし考えたあと、顔を上げ静かに口を開く。
『俺の魔力は……平均の二十倍ある。六年間鍛錬したから高度な魔法も使える。好きに使ってくれていいし、ルーティアとルーティア人を傷つけること以外ならなんでもする』
『ほう、それは面白い。自己犠牲してまで仲間を助けるのか』
『そうだ』
ルイは楽しそうに笑って、馬の手綱を引き寄せると、リアムから目を逸らした。
『魔力も興味深い。だが、残念だな。お前は捕まった時点で俺の物だ。それは代わりにはならない』
『っ……じゃあ、どうすれば逃がしてくれる』
『諦めて受け入れろ』
自分の中で最大限の提案が却下され、藁 にも縋 る想いで問いかけるが、ルイは静かにそう言い放った。
戦に負けた者は勝ったものに従う他ない。これが世の常だ。今回は先輩たちのように鏖殺 されなかっただけマシなのかもしれない。そう自分に言い聞かせて、周囲を見渡し仲間の命があることに感謝する。
ルイは毛並みが美しく上等そうな馬に乗ると、片方の手で手綱を握ったまま、反対の手を差し出してリアムを呼ぶ。
『特別に乗せてやる。来い』
『……お前と一緒なんて、お断りだ』
『そうか、残念だ』
リアムの言葉遣いにルイの部下たちは顔を引き攣らせるが、当の本人は愉快そうに笑ってその手を引っ込めた。
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