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第31話

 おまけに肌触りがとてもよいそれは恐らく正絹だろう。織物自体が高価でそれが絹ともなれば相当な高級品だ。それを簡単に渡してしまうのは、どういう感覚なのだろう。  単に金銭感覚がずれているのか、それともなのだろうか。分からない。いったい自分はそれを知ってどうしたいのだろう。と、考えているうちに巻き終わって最後にキュッと結んでくれた。 「……ありがとう」  肌に直接触れないで済むならだいぶ楽になる。気の利いた計らいに、リアムは素直に礼を言う。とはいえ、元はと言えば、こんな所に連れられてこんな物をつけられているせいなのだから、その必要もない気もするが。  すぐに撤回しようと顔をあげれば、ルイは驚いた顔をしていた。次いで切なげにはにかんでリアムの頭をポンポンと撫でる。  その表情にリアムの心臓はトクンと跳ねて、言葉を失った。一度ずれてしまった鼓動は僅かに早くなったまま、胸の奥が少しだけ苦しくなる。 「やはり、だめだな。手放せそうにない」  ぽつりと呟いた彼は苦笑する。  何を、なんて聞かなくても自分のことだろうというのは推測できた。だが、唐突過ぎて理解が及ばない。 「なんの話だ?」 「──いや。なんでもない」  次の瞬間にはいつも通りの表情に戻っていて、それ以上聞くことはできなかった。  質問するとすぐこれだ。こうなるとリアムがいくら聞いても無駄だということは、この短期間で学んだ。 (番にするとか言っておきながら手放す気でいたのか? それともただの確認か?)  ルイの考えることは全く分からない。 (だいたい……以前会った時のことも、番にしようと思った理由も、もったいぶらずに全部教えてくれれば……)  番になることを要求してくるくせに、そのことについての会話を拒むのは一体どういう了見なのだろう。これでは縮まる距離も縮まらない。そんなものが存在するかも怪しいが。  だが、リアムは先ほどのあの表情(カオ)をまた見たいと思った。何故そう思ったかは分からないが、普段見せる奴隷に向けた態度とは違って、限りなく彼の素に近い気がした。  そんなリアムのもどかしい思いも知らずに、ルイは修復された寝台に触れて話しかけてくる。 「寝台を合わせてから魔法を使ったのは魔力の消費を抑えるためか?」 「……それもあるが、元の形に近い方がイメージしやすいから修復もしやすい」 「なるほど、役に立ちそうだな」  ルイは感心したように呟くと、思い出したように「ああ、そうだ」と言って、外套の内側から番防止の護身具を取り出し、小さな机の上に置く。 「気が向いたらでいい。付け替えてくれないか?」  リアムの髪と同じ、花のような淡いピンク色をしたそれは、今付けているものと比較にならないくらい丈夫そうだ。これならちょっとやそっとじゃ壊せないだろう。見たところダイヤルと魔法で二重に鍵がかけられるタイプだ。 「ロックは八四七零九二五だ」 「いや、つけないからな?」  ルイが予め設定した護身具など、護身具とは言えない。それでも彼が言った言葉を心の中で母語に置き換えて反芻する。 (はち、よん、なな、ぜろ、きゅう、に、ご)  何か意味のある数字だったりするのだろうか。 (日付……? 違うか)  今は八五五年三月十四日。これが日付だとすれば八四七年九月二十五日。八年前、リアムが十才の頃だ。  数字の並びがちょうど年月日と同じこともあり連想してしまったが、やっぱり意味などないのだろうか。 「だとしても、お前が持っておけ。それと明日からは抑制剤を出してやる」 「本当か?」 「ああ、また部屋を壊されたり、怪我人でも出されたら堪らないからな。それにお前を痛めつけたいわけじゃないんだ。今日はもう休んで良いぞ」  ルイが部屋から出て行く後ろ姿を見送って、机に置かれた護身具に視線を移し、溜め息をつく。今日は発情期のせいで何もしていないのに疲れる一日だった。

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