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第2話

 雑木林に囲まれ、穏やかな日の当たる威鳴祭祀社で安住はぷらぷらと境内を歩いては鳥を見たり鯉を眺めた。社務所から青明(はるあきら) が竹箒を持って石畳を掃き始める。落ち込んだような態度は生命尊(みこと)からの厳しい指導が入ったようだった。人の気配にトコトコと野良猫が足元に群がったため安住は猫を触りに彼の元に近付く。 「ああ、お前か。おはよう。また怒られたよ。朱記帳がなかなか上手くいかなくてな」  足元で突然屈み込んだ安住に青明は驚いたが、猫を撫ではじめると状況を把握したらしく、金髪を煌めかせながら事情を話した。野良猫は安住に摩られごろごろと喉を鳴らしながら深い紫色の袴に身体を擦り付ける。 「うん」 「お前は筆、握ったことあるか」 「ない」  青明の足の上で野良猫は倒れ込み、腹を見せた。 「修行ついでにお前も書道、一緒に練習するか?」  安住はじっと金髪の青年を見上げた。逆光しても煌めいて眩しかった。見つめ合っていると彼は冷たげな顔立ちに似合わず、ふわりと笑った。 「要らないな」 「うん」  猫に手を甘噛みされ、小さな前足に押さえられると、弱く剥かれた爪でけんけんと蹴られる。 「猫好きなのか」 「ううん」  安住は首を振った。ぱさぱさと茶色の髪が頬を打つ。 「その触り方は好きだろ?」 「ううん」  安住はまた首を振って猫を揉んだ。柔らかな毛並みと豊かな贅肉からは食生活の良さが窺えた。 「すっ飛んで来たくせに」 「ぐにゃぐにゃ触りたかった」  猫は青明の足の上で彼の足首に凭れ掛かったまま、喉を鳴らして寝ようとしていた。撫で回されていることにも頓着していない。 「じゃあ好きなんだな」  猫の布団が抜かれ、竹箒の乾いた音が再開する。寝転がっていた毛玉はのそのそと歩き始め、少し動いた布団の上にまた倒れ込んだ。数度の往復で箒が止まる。 「何を話しているんだ?」  社務所の購買部の窓が開き、生命尊が顔を出す。艶やかな黒髪に白く輪が照っていた。麗らかな態度は青明の叱咤の後とは思えないほどで、柔和な声音で話しかける。 「安住と世間話を」  生命尊の視線が猫を触る安住に移る。 「安住と?」 「うん」  返事をした安住に生命尊は不思議そうな目で2人を見た。 「つまらない話です。うるさくしていたならすみません」 「いいや」  青明は頭を下げたが生命尊は優しげに微笑む。 「今夜、どうだ」  青明は顔を赤らめ、足元の猫に夢中な安住を素早く見遣った。生命尊は不敵に笑う。 「揶揄わないでください!」 「本気だよ。夜、待っているからな」  あそこで、と生命尊は妖しげに青明に告げると立ち去っていった。

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