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第4話
起きるまで一緒に居てやりなさい。
主人の命令に従って安住は穏やかな寝息を立てる青明 の傍で横たわった。生命尊 は一瞬だけ端正な顔を引攣らせ何か言おうとしたが考えを改めたらしく衣服を正して静かに出て行った。
「んん…生命尊様…」
枕に散らばり乱れた金髪が持主の寝返ると、共にシーツの上を滑り翻る。彼の腕に安住も巻き込まれ、体温が圧し掛かった。何か探している熱い手に手を握られる。
「好き……で、す…」
薄らと開いた目は安住を捉え、頬に柔らかく湿った質感が当たった。ふわりと笑うと、くたりと力を失い安住を押し潰す。
「うん」
手は握られたままだった。外でシャンシャンとうるさく鈴が鳴る。しかし隣の青年はまた深い眠りに入っていた。暗い青のスクリーンのような障子に影が映る。丸みを帯びた耳はタヌキを思わせたが人の大きさを越えていた。シャンシャンとまた鈴が鳴る。この音の主は生命尊だ。シャンシャン、シャンシャンと鈴が近付いたり、遠ざかったりした。
「みこ、と様…」
はっきりしない喋り方でまた真横の青年は師を呼ぶ。手を強く握り締められ、彼の肌理細やかな頬に添えられていった。外ではシャンシャン、シャンシャンと鈴が鳴り響く。タヌキのような怪物の影絵が障子の中で大きくなったり縮んだり、引き伸ばされたりして蠢いた。安住はそれを眺めた。隣の青年は繋いでいた手を放し、腕を絡ませてきた。何度か絡め直すが気に入らなかったらしくまた手を握られる。長時間の修行でひどく疲れているようだった。寝ながらもぞもぞと動き、金髪が安住の胸元に潜り込む。胸に額が当てられる。安住は青明の脳天を見下ろす。金色の髪に手が伸びた。片手で掬い取る。織物になる前の経糸 のようにたわんで落ちていく。きらきらと輝き、飽きるまで経糸を滴らせて遊んだ。それが鬱陶しかったらしくついに青明は目を覚ました。髪に触れた手首を取られてしまう。
「や、め、ろ!っていうか何?……なんで…?」
胸元に潜む赤い目が開いた。覗く。瞬間、青明の頬が染まった。
「おまッ、なんで、!」
「生命尊が起きるまで一緒に居なさいって」
安住は首を傾げる。青明は不満げな顔をしてから繋いだままの手を放した。寝返りを打って、背中を向けられる。
「…変なところみせて、悪かった」
ぼそぼそと青明は口にした。
「変なところ」
意味が分からず復唱する。
「…なんでもない」
「うん」
「お前ももう寝ろ」
ひとつしかない枕を投げられる。青明は掛け布団を分けたが端のほうへ転がっていった。
「寒くない?」
「ああ」
青明は裸だった。背中を向ける彼を全身で包み込む。
「おいおいおい、何っ、なんなんだ?」
「寒くなる、きっと」
腕の中で青明は呻いた。
「案外あったかいんだな、お前」
青明も温かかった。その体温をもっと胸元に寄せて感じてみたくなり素直に従った。腕の中で青年はけらけら笑う。
「寝違えただろ」
青明は竹箒を握りながら半目で、野良猫目当てに近付いてきた安住をじと…と睨んだ。彼は首や肩や腰を頻りに回したり、捻ったりした。
「罰として買い出し付き合えよ」
ざりっ、ざりっと竹箒が石畳の上を掃いていく。
「うん」
「今日の献立見たか?」
「ううん」
「そうか」
食事は地域のボランティアと移り住んできた若いアルバイトが面倒を看てくれていた。扉越しの話し声は聞いたことがあるが、安住自身は直接対面したことはない。買い出しは青明の役目らしい。時折違うものを買ってきてはボランティアの人々は笑って許していたが生命尊からは厳しい指導が入っていた。
「俺は産地と味の違いが分からない」
彼は苦笑した。社務所の廊下でそれを生命尊が見ていたのを安住はぼうっと眺めていた。
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