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第12話

 障子に朝日が差し込み、まだ眠っている青明(はるあきら)の髪色が少しずつ変わりゆくのを観賞していた。寝息は2つで、青明のすぐ後ろに彼の師が背を預けて眠っていた。弟子が肩に掛けているタオルケットの余りを膝に乗せていたがほとんど露出していた。昨晩は生命尊(みこと)が出ていくような事態は起こらなかった。 「起きる時間」  目覚まし時計を付けないまま眠りに落ちた青明を揺り起こす。 「起こさなくていい」  青明が目覚める前に、壁に凭れていた主人が阻んだ。 「片付けて、寝かせてやれ」 「うん」  安住は部屋のほとんどを覆う新聞紙や半紙を片付け、布団を敷いた。師が自ら青明を軽々と抱え上げた。 「痩せたな」  呟きに長い睫毛が薄く開いた。 「あれ…ぇ、生命尊様、」  布団の上に寝かされたが、彼は師を掴んだ。 「あの、もしかして…」 「気にするな。今日は休みなさい。それも向上の為だ」  安住はまだ師の袖を離さない青明へ布団を掛ける。 「こらこら、そんなことをされたら仕事に行けない。私に君の手が振り払えるとでも?」  青明は躊躇いがちに師の袖を離す。 「申し訳ございませんでした」  寝起きの声は低く掠れていた。 「何を謝る?約束は果たしただろう?」  生命尊は青明の頭を抱いて額に唇を落とす。 「言うことをきいて寝ていられるね」 「はい」  返事を聞くと、布団の脇に座る安住を一瞥して生命尊は帰っていった。青明は寝返りを打つ。 「生命尊様はお優しい」  時計が小気味よく針を動かす。 「だから勘違いする」 「勘違い」  安住は復唱した。額に腕を乗せ、青明は頷く。 「弟子が抱くには不釣合いで不合理だ」 「不釣合いで不合理」 「こんなだから何をやっても上手くいかないのかもな…なんて。ごめんな、お前も病み上がりみたいなもんだろ」  仰向けになった青明は頭を起こして安住を確認する。赤い瞳からは疲労が窺えた。 「睦神楽(むつみかぐら)護手淫(ごしゅいん)の修行同時にやると疲れる」 「恥ずかしげもなく言うなよ、そういうこと」  呆れながらもどこか吹っ切れた様子で青明は笑った。 「あれがあるからいけないんだな。お前にも毎回付き合わせて悪かったと思ってる。後戻り出来なくなる前にちゃんと断るようにするよ。護手淫の修行に励むから。じゃないとお前、生命尊様の元に帰れないもんな」 「帰らない」 「俺もお前といるの、居心地良いけどさ」  金糸の睫毛に覆われた目が重そうに瞬く。掛け布団の上に放られた手が目に入り、安住は弛緩した指を拾う。熱いくらいに体温が籠っている。青明は何も言わなかった。ただ重く目蓋を開閉し、その間隔もやがて長くなる。くしゅん、と小さな破裂の音がして、握った手の主は鼻を啜る。指先から届く温かみを切り離すことに逡巡したが安住はその腕を布団に入れた。青明は寝返りを打って安住から背を向け、布団の中で小さく丸まった。  昼頃に青明は目覚めた。上半身を起こし、まだ眠気の残る目が室内を見回す。 「喉渇いた…」  師に関してみせるのとはまた違う赤みを持って彼は呟くと、またくたりと枕に還っていく。安住は腰を上げ、調理場へと向かう。そこには昼飯を作っているボランティアの人々がいた。冷えた水をもらいまた青明の自室に戻った。彼はすでに寝息を立てていた。首の後ろに腕を回し抱え起す。安住は自身で一口冷水を口に含んで、渇いた唇をこじ開ける。親鳥のようには上手くいかず、口角から細い水流が滴った。支える腕を握られる。こくりこくりと喉の隆起が上下し安住から水を受け取っていった。 「み…ことさ、ま…」  また寝かそうとすると、彼はしがみついた。汗ばんだ身体はいつもとは質の違う温かさがあった。 「み、ず……ほし、…」  安住はもう一度青明を抱え起す。2度3度水を与え、4度で彼は安住に唇を押し付け、縋りつく。

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