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第14話

 返して、返して。安住は茉箸(まばし)を叩いた。しかし若者は麗らかに笑うだけで、境内の奥へ踏み込んでいく。膝裏と背に腕を回されて抱えられた青明(はるあきら)はぐったりとして目覚めそうにない。 「返して、返してよ」  本尊安置所の前にある清殿(せいでん)に上がろとする茉箸の肩を掴む。部外者が無断で立ち入っていい場所ではなかった。数段の古びた木の階段から転がり落とす勢いも、軽く往なされる。 「金色ちゃん食べないで。清殿に立ち入らないで」  安住は喚いた。しかし若者は中へと入っていく。天井に二頭の龍が狐を巡り尾を齧り合う荘厳な絵が描かれ、部屋奥には端から端まで紫漆の資材で組まれた祭壇があった。数百本の蝋燭により照明がなくても十分に視界が利いた。畳の上に青明は放られ、安住は駆け寄る。しかし突然四肢が固まった。 「金色ちゃん」  声は出せた。安住は畳へ金糸を散らす青明を呼んだ。 「金色ちゃん」  茉箸はくすくす笑い、意識のない身体に触れた。安住はまた喚いた。 「生命尊(みこと)ぉ」 「祭祀者さんのことは呼ばせないよ」  喉が引き攣り声を失う。  生命尊、生命尊。  主人は呼び掛けに応えなかった。茉箸のネオンサインに似たピンク色の双眸に見下ろされる。 「食べてあげる」  頬を親指と人差し指で摘まれ安住の唇が盛り上がる。垂れがちな円い目が発光する。連動しているのかのように青明は起き上がった。赤い目には妖しい光が射し、虚ろだった。 「生命尊様…」  青明は安住と向かい合う茉箸に背後から腕を回した。若者の首に顔を埋める。 「生命尊様…の匂いがします」  青明の上擦った声を耳元に茉箸は安住を捉えたまま口角を吊り上げた。朗らかな青年は霧散し、禍々しい靄へ変わっていく。 「生命尊様…」  茉箸だった黒い霞は青明を迎えた。 「生命尊様…生命尊様…」  青明の手が、()し掛かる怪物に回った。自ら衣服を乱し、日に焼けていないしなやかな脚で形の無い靄を抱く。張りのある肌に黒い霧が触れ、段々と人に酷似した組織を形成していく。生命尊の姿が作られ、黒い髪の美しさまで似ていた。 「生命尊様…」  自発的に胸元を(はだ)けさせ、健気な弟子は師匠に上体を突き出す。 「いい子だ、青明。綺麗だよ」  声質までよく似ていた。生命尊の姿をした者は据え膳を食らう。首筋に頭を埋め、首元や肩を辿る。青明の手は師と瓜二つの怪物の手を探し、掌を擦り合わせ、角度を変えて焦らしてから指を絡めた。 「ぁ…」 「君の肌は甘いな。桃のようだ」 「ぁっ、生命尊さ、ま…」  青明は熱い吐息を漏らし、下半身へ向かいながら肌をなぞる化け物の頭を抱いた。その黒さとどことなく漂う(しと)やかさまでよく模倣されている髪を梳くと青明の手の白さが際立った。 「ああ…匂いまで甘いんだな」  下腹部に辿り着いた化物は金麦畑を思わせる下生えに鼻先を埋めた。 「護手淫(ごしゅいん)をいっぱいしてきたんだな。偉いな、青明」 「はやく……生命尊、様のように…ご立派な護手淫を、ッぁん」  師の姿をした茉箸は青明の半分そど反応を示している茎に口付ける。先端部だけくるくると円を描くように舌が這った。びくりびくりと青明は口元を押さえて腰を揺らす。彼から繋いだはずの手を外そうとしたが、相手はそれを許さずに、鼻を鳴らして笑った。 「()い反応をするな。ここも随分と可愛いな」  中途半端に垂れた双嚢を繊細な指遣いで揉みしだく。 「ご褒美にここが空になるくらい気持ち良くしてやろう。いっぱい気をやるといい」  安住が目にしてきた営みまで本物に近かった。ただ青明の遠慮や狼狽、戯れに部外者を呼ぶ主人の声がない。 「あ、んぁ…」  青明の腿に黒い髪がたわんだ。ゆっくりと頭が彼の脚の間に沈んでいく。 「あ…っぅ、ぁ、気持ち…い、い…」  金糸が畳の上で乱れる。 「気持ち…ぃ、みこ、とさ…ま、」  繋がれた手が落ち着いていなかった。空いた手で漆黒の髪に触れようとしたが結局寸前で留まるところは本物の師と交わる彼と同じだった。

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