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第15話 ※

 清殿(せいでん)に似つかわしくない淫靡な音が広い空間に響き渡る。外観から想像するよりも高く感じられる天井から二頭の龍が偽り師弟の秘め事を眺めていた。金糸が快感に畳を掻き鳴らし、その股座では上手いこと複製されている上質な繊維が擦れる。水音の激しさが増し、黒い髪が舞う。繋がれた手は師の手の甲へ遠慮する余裕もなく爪を立て、行くあてのない片手は光る赤い目元を隠した。 「あ、っあ、みことさ…も、ぁっ」  泣きそうな声を出して青明(はるあきら)の身体が大きく跳ねた。しかしその直後に惜しそうな溜息が漏れていた。 「護手淫(ごしゅいん)してくれるね」 「は…い…」  あと少しで達してしまうほどに張り詰めた雄茎を青明は師の姿をした者の手を離して、握り込む。 「ぅ、…っあッ」  数回手が上下し、白濁色の粘液が飛んだ。力の入らない手が円を切る。何も起こらなかった。紛物の師は穏やかに笑う。 「次は後ろで気持ち良くなろうか」 「は、い…」  虚ろな目が幻影から切り離され、宙を彷徨う。安住を通り越し、部屋の隅から隅を見ていた。 「どうした?」 「…今日は、あ、安住は、いないんですね…あの、その…顔見て、したいです…」  主人と同じ顔をした偽物が安住を見て、にこりと笑った。茉箸(まばし)が見え隠れしている。 「勿論だ。私も君の顔を見て達したい」 「……生命尊(みこと)様、あ…う、嬉しい、です」  普段ならば猫や蛙のように背後から重なっていた。師になりすました茉箸は服を脱ぎ、青明の脚の間に入った。青明は少し驚いたふうで後ろ手に肘をつきながら上体を起こす。 「あ、の…」 「なんだ」 「い、いえ…そのまま、続けてください」  畳を爪が掻く音がした。安住は口を開いたが、やはり声が出なかった。彼を責め苛むほど丹念で臆病なほどに慎重な先立ちの行為が無かった。怪我をする、傷付けたくない、と主人は事あるごとに言っていた。師の幻影は怯えをみせた弟子の身体に重なった。 「あ…ぅぐ……んぁ、」  青明は両手で悲鳴を抑えた。師の姿をした者は腰を容赦なく押し進める。 「は、ぁっあ、あっ…んンッぐ、」 「気持ち良くない?私が相手をしているのに?」 「きも…ち、い…いで、す、」  弾んだ呼吸は健やかさを欠いた感を帯びていた。上半身を捻り起こし、畳に爪を立てる。 「ここは萎えているようだがね」  迸って間もない器官を雑に扱われ青明は小さな悲鳴を上げた。師と同じ形で同じ長さの指先が光り、弟子の額に当てられる。瞳に宿っていた妖しい輝きが濃くなる。そのくせ更に虚ろになった。 「生命尊様、もっとください」  青明は畳に背を預け、腰をくねらせる。脚が師の姿を複写した者の腰を迎えた。 「可愛いな」  腰が強く進み、勢いのまま青明は貫かれた。 「あっあ、あ…すごい、固、ぁん、」  高い声が天井に響く。両腕を広げ青明は師を求めた。紛物はその希望に応える。胴体が重なり、幻影の腰が引いては強く穿たれる。 「あっ、あっぁ、んぁ、生命尊様、あっ」  青明の手が偽物の背を掻く。揺れ動き、揺さぶられる姿は燈火を思わせ、肉のぶつかる音は拍手に似ていた。安住は瞬きを繰り返しながら、普段目にする営みよりもどこか白々しく毒を持った交合を焼き付けていた。 「あっあっ好き、好き…みこ、とさ…ぁっんあ!」 「淫らな子だ。奥が好きなのか。絡み付いてくる」  茉箸の扮した生命尊は大きく腰を打ち付けた。抽送は激しく、肌が合わさるたびに放たれる音は間隔を縮めた。 「好きです、あっあっ奥は、んぁ、弱い、からぁっあっ」  首を仰け反らせ、金糸が畳の上に打ち寄せては引いていく。 「ここを突くともっと好きになってしまうかな」 「ああっ、すご、い、そこ、やぁっ、気持ちぃ…んぁあっ」  師の幻影は青明の腰を折り曲げ乗り上げた。 「ぃあああっあっ」 「ほら、ここでいっぱい私を受け入れなさい。私の種壺だ」  青明の腕が震える。伸びた脚が痙攣した。生命尊の声で生命尊でないものが低く呻く。緩やかな蠕動(ぜんどう)に黒絹も誘われる。 「あああ…」  聞いたことのない蕩けた声が彼の濡れた唇から抜けていった。師の姿を保つことも忘れたらしき茉箸が飢えた眼差しで獲物を見下ろしている。

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