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第16話

 高らかに、時折熱を帯びて響いていた声が悲鳴へと変わっていく。交合(まぐわ)っている者が師の姿でないことにすら気付かず、青明(はるあきら)は下半身を貫かれている。白濁色の粘液が彼等の周りに溜まり、畳の目の中にまで入っている。孕む器官のない彼の下腹部が僅かに膨らみを持ち突かれるたび、じゅぷ、じゅぷ、と水より粘度のある液体を掻き回される音がして、畳に白濁が溢れた。 「ぁ…ぁっ…」 「はっ、ぁ、」  好き勝手している茉箸(まばし)にも余裕がないようだった。体勢を何度も変え、腰を高くした青年を後ろから穿つ体位に落ち着いたが、腹に大量の粘液を注がれてもなお官能に従ってしまう青年には自力で身体を支える力が残っていなかった。 「すご…い、吸い取られる…」 「うっ、ぁ…ぁあ…みことさ、ま…みこ、とさ…」  譫言を繰り返し、芯も保てない茎からとろとろと雫が糸を引いた。 「また……」  朗らかな笑顔ばかりの若者は固く目を閉じ、動かしていた腰を押し付けて制止した。外側にまでびゅるびゅると小刻みに軋んだ音がした。 「ぐっぅ、ぁ、ぅ…みことさ、うれ…しい…」  嘔吐(えづ)きながら青明は師への恋慕を口にする。 「また、締め付けて…」  青年の腹が小さく動いて膨らんだ。茉箸はゆっくりと雄軸を引き抜く。犯された窄まりから白い滝が流れ出し、清殿(せいでん)には精の匂いが漂った。青明の腹が凹んでいく。まだ虚ろな眼差しでどこでもないどこかを彼は凝らしていた。 「生命尊(みこと)さ…、好き…好き……許し、て…」  茉箸は四肢を投げ出した若い肉体を眺め、黒い靄へと変わっていく。空間にできたシミのようなものは清殿を出ていった。安住の四肢が自由を取り戻す。 「金色ちゃん」  膝が化物の精で濡れることも厭わず青明に駆け寄る。肌は冷たい。まだ淡く爛々とした瞳が安住を捉える。 「生命尊様……お願いしま…す、」  触れた腕を掴まれ、引き寄せられる。化物の匂いが青明の匂いに混じっている。噛み傷の残る唇が安住の唇に当たった。冷たく柔らかで、逆剥けの質感まで境界を失いそうになる。青明の体重がかかり、安住は抵抗しなかった。 「生命尊様、好き…好きです…許し、て…」  離れそうになると下唇を弱く吸われた。潤んだ目が伏せ、もう一度唇を押し付けられる。 「金色ちゃ、」  裸のまま安住の胸元に頬を寄せ、青明は意識を手放した。彼から茉箸の気配が消え失せる。清殿に主人が近付いて来ていた。 「青明!」  清殿に入る前の作法も守らず生命尊は一直線に弟子の元へすっ飛んできた。 「すまない」 「生命尊、汚れが付いてる」  安住の声は聞こえていなかった。生命尊の服には袖や胸元に赤い染みが散っていた。顎や唇も赤茶けた汚れが付着している。 「安住」 「うん」 「何か訊かれたら、私が手籠めにしたと答えなさい」  安住に乗る裸体を生命尊は引き剥がす。主人を見上げた。 「私が長く持たないことも黙っていなさい」  生命尊の目は安住から逸らされた。 「金色ちゃんは生命尊のこと好きだって言ってた」  乱れて絡まった経糸を梳いていく慈愛に満ちた手櫛が止まった。 「やめなさい。お前はそういうことを()するようには出来てないんだから」  安住はぼんやりと、眉を寄せた主人を見ていた。黒い目の中に祭壇の蝋燭が燃えている。 「許してほしいって言ってた。生命尊は金色ちゃんのこと許す」  命尊は乾いた笑い声を押し殺す。 「許してほしいのは私のほうだ」  緋色が動揺する2つの黒真珠に安住が映る。 「お前のその目が嫌いだよ」 「うん」  掬い上げた金糸の髪に主人は頬を擦り寄せる。 「彼にはお前がどう映っているんだろうね」 「少なくとも真命尊(まこと)兄さんじゃない」  清殿は炎が揺らぐことすら叶わず、皮肉な色を帯びた主人は暗闇に紛れた。

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