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第18話
買い出しに行っていないため調理場のボランティアの人々は冷蔵庫に入っていたもので済ませた。安住は冷水と祭礼酒を一杯もらい、青明 の元へ戻る。彼はまだ寝ていた。金魚鉢をあった場所に置いて、寝顔を見ながらマグカップに注がれた祭礼酒を口にした。泣き腫らした目元が痛々しい。眉が強く寄せられ、シーツを握り締めている。部屋の明かりが目立つ頃になってもまだ寝ているため、安住は電気を消した。数時間が経って障子の向こうに人の気配がした。主人は開けもせずに部屋の前にじっと立っている。小さな咳が聞こえた。
生命尊 。
主人を呼んだ。だが生命尊は黙ったまま廊下を歩いていく。足音はないが気配は遠ざかっていた。時計の針の音と寝息が聞こえる。時折寝返りを打ち、布が擦れる。境内から感じる圧に安住は立ち上がった。茶髪の若者がまた来ている。帰っていたなかったのかも知れない。宿直所から出て、結界門に寄り掛かかる背の高い痩身を認める。空には星空が広がり、涼しい夜風に吹かれる。茉箸は月を眺めていた。
「あの若い子は太陽みたいかな」
若者を装っている怪物は相変わらず朗らかな笑みを安住へ向けた。
「生命尊のこと食べるのやめて」
「嫌だよ。だってそういう約束だからね。前の祭祀者さんもちゃんとそうなったんだから」
「お願い」
「だめだよ。運命からは逃れられない。ここの祭祀者さんたちはみんなそうしてきただろう。あの若い子だってそうだよ。誰も止められない」
安住は首を振る。茉箸の胸元をぽかっと叩いた。
「金色ちゃん食べないで」
「今はまだね。護手淫 もろくにこなせないんでしょ」
「金色ちゃん、生命尊みたいになる」
月に雲がかかっていく。冷たい風が空で悲鳴を上げている。木々が咆哮し、茉箸の足元で砂利が鳴った。
「祭祀者さんはあの若い子のこと、太陽みたいだって言うんだ。昔言われたな。死んじゃったけど。なんで人間は、呆気なく死んじゃうんだろう。考えたことある?生きるとか、死ぬとか」
結界門の真下から茉箸は後ろ向きに数歩下がった。急な階段があるはずだった。茉箸は宙に背を預け、消える。安住は駆け寄ろうとしたが、ばちばちとした刺激によって結界門のある境界から奥へ進むことを拒絶されている。
「この程度で死んじゃうこともある。脆いね。脆いよ」
若者は衣服を少し見出し、髪に枯葉や小さな芥を付けて何事もなかったように階段と視界に広がる寝静まった住宅地の狭間から現れた。
「ねぇ、"金色ちゃん"が死んじゃったらどうする?考えたことある?」
「ううん」
「一緒だね。でもある日来るんだよ、いきなり。前の祭祀者さんもそうだった。太陽みたいだって言ってくれたのに、死んじゃったらもう照らせないんだよ。今じゃ土の下だ。悲しいね。悲しいって分かる?人間の姿を借りてるなら、分かるよね?」
「分かんない」
茉箸は鼻先が触れるほど目の前に迫ったが、安住は首を振る。
「分からないんだ。でもそのほうがいい。こんな難儀な生き物はなかなかいないんだから。呑まれないことだよ」
若者の革靴が砂利を蹴る。
「金色ちゃんは照らさないの」
「死んじゃったらね。土の下に入るんだから。あの金髪も、あの綺麗な目も桃みたいな肌も失って。前の祭祀者さんもそうだった」
茉箸はじっと月を見上げている。
「前の祭祀者さんと並んで見たんだよ。綺麗だって言うんだ。人間はあんまり夜に生きてないから珍しいんだろうね」
月から目を離し、茉箸は溜息を吐いた。その仕草がボランティアの人や参拝者の姿と重なった。
「でも食べちゃった。ひとつにならなきゃいけない運命なんだよ、祭祀者さんと」
茉箸は結界門の礎に座った。生命尊が笑顔で怒る行為だった。
「おじちゃん、威鳴 様なの」
円い目が伏せられる。小さな頷きに、旋風が巻き起こる。
「だから弟さん、もらっていくね」
――真命尊 ちゃん
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