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第23話
「安住…」
安住は目を見開いた。その反応に相手が驚いた。
「なんだよ、お前もそんなカオするんだな」
茉箸 が化けた物とも同じ場所に金髪の青年が立っている。
「ここで何してんだ?もう夜だぜ、中入れよ」
安住は固まったままだった。
「…やっぱ、怒ってる?」
長い金色の睫毛の奥で桜桃が安住を窺う。野良猫に抱く感覚が湧き起こり、腕の中に彼を入れた。頬を金糸がくすぐった。包まれるような匂いが鼻腔を通り抜ける。よく晴れた日の干したての洗濯物を取り込んだ時の心地に似ている。
「どうした?」
温かい手が背に回り、撫で摩る。
「泣いてんのか?ごめんな。ごめん。悪かった」
背中を摩っていた手が後頭部にやってくる。ぼろりぼろりと顎を伝い、青年の肩を濡らしてしまう。
「お前も泣くんだな」
後頭部に回っていた手が肩を掴んだ。優しい表情が覗く。
「中、入ろうな?俺はちょっと生命尊様のところに寄るから…」
青年の温かい指を握った。1本1本確かめるように触れて、離していく。体温が自身の指にも残っている。波紋のように疼いている。宙で惑った手を今度は青年に取られる。
「お前ッ、手、怪我してんじゃん。来いよ」
安住は上手く歩けずよろけた。青年のしなやかな腕に支えられる。肌が焼けそうだった。しかし爛れるのとは違った。干された布団になる。寝転ぶ野良猫になる。雑木林の鯉を映す池になる。茉箸に煽られた言葉が出掛けた。
「仕方のないやつだな」
彼の指が目元を拭う。人間の温もりが擬態した皮膚に染みて濡れていった。茉箸に嗾 けられた言葉があの者の呪 いの如く喉まで出掛かる。青年はふわりと笑ってゆっくり宿直所へ安住を連れて行った。接した布越しの体温と肉感にまた目の裏が温まっていく。真新しい彼の匂いが自室に留まっている彼の匂いと入れ替わる。座らされ、爛れた手に軟膏が塗られた。慣れない手付きで青明 は包帯を巻いていく。
「何したんだ?熱湯でもかけちまった?そういう時はちゃんと冷やすんだよ」
ぶつぶつ言いながら医療用テープを切って包帯の端を留めると、手の甲をばちんと叩いた。掌の感触と肉感を安住は自身の手ごと抱いた。
「痛かったか…?」
青明は少し焦っていた。首を振る。唇が言葉の形を作ってしまう。茉箸の言っていた言葉が出そうだった。
「もう、口も利きたくないか」
強く首を振った。青明は穏やかに息を吐いた笑っている。
「そろそろ生命尊 様のところに行かないとな。あんまり触るなよ。緩んでも巻き直さないからな」
また彼は笑みを向けて自室を出た。 身体は勝手に視界から消える金髪を追っていた。壁伝いに歩く。宿直所は思っていたより広かった。前を歩く煌めいた金の経糸に誘われているようだった。膝は動かないくせ足は彼を目指している。生命尊の自室に近付くにつれ青明の足取りは重くなる。簾はすべて締め切られていたが、彼は数秒ほど立ち尽くし、声を掛ける。返事はなかった。簾の奥に確かに人影は透けていたが、師は返事をしない。3度目で青年は許しもなく簾をくぐる。
「どの面を下げて戻ってきた」
冷たい声音が弟子を迎えた。安住は簾の外で主人のそれを聞いていた。
「申し訳、ございません…!」
質量感を持った鈍い音は、青年が伏して立てたものだった。
「途中ですべてを投げ出す弟子など要らぬ。出て行きなさい」
「嫌でございます!」
「出て行きなさい!うちに穀潰しは要らないと言っているんだ!」
師は怒鳴った。
「嫌でございます。精一杯努めます…生命尊様のような立派な祭祀者になりたいのです!」
「……ならば、ここで護手淫の修行の成果を見せてもらいたいものだ。まさか俗世に戻って遊び惚 けていたわけではあるまい。私に施してみろ」
主人の祭祀服の擦れた音がした。
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