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第25話
「祭祀者を継ぐとはな…こういうことだ…」
青褪めた顔に緋色が蠢く。か細い喘鳴 は木枯らしに似ている。
「祭祀者は参拝者の厄と願いをその身に宿し請け、少しずつ、喰われる。お威鳴 様に…もうすぐ迎えの時だ」
祭祀服が赤く染まっていく。呼吸や鼻息とは違う空気の漏れた音が生命尊の胸から抜けていく。
「お前が立派な祭祀者になった証だ」
「…訳が分かりません。突然、そんな…」
「安住に預けた力で、生き延びてるだけに過ぎない。私がお前の朱記帳に合格を出せば、もうお前は一人で祭祀者としてやっていける」
青明は適当に下半身を覆うと這って師に近付いた。生命尊は弟子に背を向けたまま俯いている。
「まだ俺は、護手淫 も、まともに…!」
ゆるゆると頭 を振りながら躊躇いがちに青明は師の祭祀服へ指先を伸ばした。
「私が君に呪 いをかけた。そのせいで君は修行をしても、どれだけ血の滲むような努力をしても、何ひとつとして上手くいかなかった……君の器量の問題じゃない」
時折咳が混じった。赤い双眸はただ瞬くだけだった。
「よく考えなさい。伝えるべきことは、伝えたよ。やり方を誤ったことは申し訳なかった」
生命尊は少し落ち着いた咳を繰り返してから立ち上がった。弟子は固唾を飲んでそこに硬まっていた。
「安住」
連れて行きなさい。主人が言った。安住は青明の肩に触れる。彼はまだ硬直し、床に散った赤い飛沫を凝視していた。
「言い方が悪かったかな。私を1人にしてくれるとありがたい」
生命尊は柔和な笑みを浮かべた。似合わない口紅が垂れている。安住は彼の腕を取る。引き摺るように自室へ促す。
「なんでここの祭祀者、こんな若いんだろうって思ってた…なんで参拝者の人たち、身体のことめちゃくちゃ気を遣ってくるんだろうって思ってた…」
廊下を少し歩くと彼は口を開いた。どこか呆然としながら青明は続ける。引っ張り続けていた腕を離す。
「町のチンピラとやり合って、高校も中退してさ、俺のこと、目、掛けてくれたのあの人だけなんだ」
瞳は歩くたび流れていく床をなぞり、話す唇は白く、顔は青い。
「警察に突き出されたんだ。でもあの人がたまたま通りかかって、証言してくれてさ、何かあったら来なさいってここのこと教えてくれてさ、そんなん信じちゃいなかった。興味もなかったけど、他に行く当てもなくて、ずっとここの境内で寝泊まりしてた…あの人はいなくてさ、そんなもんかって。でも寒い日があって、あの人がおにぎり持ってきてくれたんだ。形なんて大きくて歪でさ…でも金も無くて、3日ぶりの飯だった。すげぇ嬉しくて、なんも夢とか希望とかなかったけど、この人みたいになれたらって…」
なれたら…って。饒舌だった青明は黙った。自室に着いて、転倒したのかと思うほど突然両膝から崩れた。
「お前は、知ってたのか…?」
安住の服を握った。眉が潰れてしまうほど強く寄せられた。彼を見下ろしながら頷いた。
「だから祭祀者になるなって言ったのかよ…」
また頷いた。
「声、聞かせろよ…」
茉箸 に与えられた言葉が喉元で彷徨する。膝をつく彼に目線を合わせる。視界の端が黒く霞んだ。赤い瞳を見つめる。金糸が煌めいている。黒の靄は幅を広げ、視覚を蝕む。
「安住…」
戸惑う表情をじっと見ていたが、彼の体温を確かめたくなった。青明も安住の背中に手を回す。
「ごめん、安住。ごめんな、悪かった。俺のこと、想ってくれたんだな」
野良猫のような毛並みはないというのに彼の温かい掌は背を撫で摩る。だがどこか感触が遠かった。耳の奥では木々が騒めいている。
「でも、俺の帰る場所は、もうここだから」
掌に包帯の上からさらに全体的に布を巻いているような感覚の中で青明はやはり温かかった。
「ありがとうな、安住」
彼の声は胸の奥に住み着いた庭石を砕く。
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