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第5話 個室ラウンジ
個室ラウンジという密室で、雪弥を捉える事が出来た隆文は、不覚にも泣きそうになっていた。
許さなくていい、そう自分で言った言葉に、胸を締め付けられる。
「そんな顔して、どっちが被害者か分からないよね…。」
「ご免…。」
ほんの少しだけ、雪弥は警戒心を解こうと試みる。
その時、ノックもなく個室ラウンジの扉が開かれ、雪弥は反射的に隆文から離れた。
四十代前半といった風情の、銀縁眼鏡を掛けた男が、ゆっくりとしたモーションで部屋へ入ってくる。それは雪弥の叔父の矢野栄志 だった。
「お取込み中かな…?彼は誰だい?雪弥。」
穏やかに微笑む叔父に、雪弥は強張り掛けた表情を、解す努力をした。
「彼は…中学の時の同級生だよ。」
「同級生?…まさか、中学時代に雪弥をレイプした、鹿倉って子じゃないよね?」
栄志の指摘に、雪弥と隆文は同時に顔色を変えた。雪弥は言い訳を考える。
「栄志さん、彼は…。」
そんな雪弥を尻目に、栄志は隆文に近付く。
身長は僅かに隆文の方が高いが、栄志は威圧感を持って彼を見下した。
「鹿倉隆文だろう?中学の時の写真しか見てないが、面影がある。…十年も前の事だが、ずっと忘れられないでいたよ。…あの日、雪弥から君の精子が流れ出てきた時は、本当にショックを受けた。上書きと称して、何度も雪弥の中に射精 さずには、いられなくなるくらいにね。」
一時的に気圧された感のあった隆文だったが、栄志の言葉に怒りを宿して彼に向き合った。
そんな隆文を栄志は嘲笑う。
「…また雪弥を襲いに来たのか?」
「十年以上、雪弥の体を弄んだあなたが、俺を咎めるんですか?俺は…雪弥に謝りたくて、ここへ来たんです。」
「弄んだ?それは誤解だよ。俺達は相思相愛だ。出会った時から、こうなる運命だったんだよ。なあ、雪弥…。」
栄志は雪弥へ視線を向けると、彼の傍へ移動した。そして、背後から抱き締めると、彼の顔に掛かる黒髪を掻き上げ、わざと音を立てて耳朶や頬にキスをする。
「これから此処でしようか?」
栄志は雪弥のスーツの上着のボタンを全て外した。
「こんなとこで…嫌だよ。」
体を硬直させた雪弥は、言葉だけで抗った。その間にも、栄志の手は雪弥のネクタイの下に潜り込み、シャツのボタンを外していく。そして開かれたそこから右手を滑り込ませると、雪弥の胸の突起の感触を楽しみ始めた。
雪弥は上げそうになった声を、必死で押し殺す。
「どうして?問題ないだろう?…いつ何処ででも、俺を受け入れる準備をしておくように、子供の頃から躾けてきたんだがら。」
「栄志さん、やめて…!」
「久し振りに抵抗されるのも悪くないな。」
今、この場所で、栄志は本気で雪弥を抱こうとしているのだと察した隆文は、信じられないと思いながら止めに入った。
「おい!あんた…!」
隆文が栄志の行為を阻止しようとした瞬間、彼の両腕は雪弥によって封じられた。
「鹿倉!…頼むから、帰ってくれ。」
頬を紅潮させ、潤んだ瞳で雪弥は隆文に懇願する。隆文は動きを止め、理解出来ないといった顔で雪弥を見つめた。
隆文の妨害を免れた栄志の手は、雪弥のズボンからベルトを抜き去った。雪弥のウエストが細い為、それだけで腕が一本、侵入可能となる。
栄志は隆文に気付かれないままに、雪弥の臀部を直に触り始める。そして探り当てた窪みへ、指を突き立てた。
「あ…!」
よろめいた雪弥は、隆文の両腕を掴んだまま、彼に縋り付く形となった。
「鹿倉…、お願いだから…。」
「雪弥…?」
鹿倉の顔を間近で見つめながら、雪弥は体を熱くしていった。
「は…あ…もう、…鹿倉、出てって…!早く…!」
雪弥は乱れそうになる自分に堪えられなくなり、隆文を突き放した。
驚いた顔で後退った隆文は、雪弥の涙に気付いた。
――俺が部屋を出て行けば、雪弥の悲しみは消えるのか…?
隆文は苦渋の選択をして、扉の方へ足を向ける。
しかし数歩進んだ後、彼は立ち止まった。
――違う。…こんなんじゃ、雪弥は一生、救われない!
隆文は振り返ると、雪弥の体を弄 る栄志を、改めて睨み付けた。そして勢いよく近付くと、雪弥から引き剥がし、栄志の顔に拳を繰り出した。
予期せぬ衝撃に、栄志は堪えきれず床に倒れ伏す。その隙に隆文は茫然自失となっている、雪弥の手を引いた。
「行こう…。」
「…ダメだ…僕は…。」
「こんな関係、間違ってる!」
後先顧みる事を捨て、隆文は強引に雪弥を部屋から連れ出した。
「だけど、こんな事したら…。」
最悪、コンサートは中止になり、その原因を作った隆文は会社を首になるかも知れなかった。
「どうでもいい!…そんな事より、雪弥は叔父さんを愛してるのか?」
雪弥は首を横に振った。
「だったら、俺と行こう。」
隆文は改めて手を伸ばし、雪弥はその手を掴んだ。
――目の前にいるのは、僕が憧れていた隆文だ…。
雪弥は涙で霞む世界の中に、自分を踏みにじる前の隆文の姿を見た。
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