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第7話 七原家~過去~

――君のお陰で、栄志さんから離れる決心が着いたよ。  隆文のアパートを出た雪弥は、中学の頃まで住んでいた街の記憶を辿り、歩を進めていた。  辺りはすっかり日が暮れてしまったが、大型スーパーマーケットが傍にあるので、人通りはそこそこ多い。  その付近で、雪弥はタクシーを捕まえ、隆文が追って来る前に乗り込むと、ホテルとは別の場所を運転手に告げた。  流れる景色に目を遣りながら、雪弥は過去を振り返る。  最初、栄志は雪弥にとって、遠い存在の叔父だった。  雪弥が四歳の頃、栄志は二十一歳でプロのピアニストととして、ドイツを拠点に活動しており、滅多に会うことが出来なかった。  地元でも栄志はそこそこの有名人であり、親族全てが彼の事を自慢していた。  そんな叔父は年に何度か帰国することがあり、その度に雪弥は彼に会えるのを心待ちにした。  彼は毎回、珍しい玩具やぬいぐるみの土産を持って来てくれる。そして彼が、膝の上で絵本を読み聞かせてくれると、雪弥は彼を独り占めしている感覚で満たされるのだった。  雪弥が十歳になった頃、栄志は日本を拠点として活動する事を決め、帰国してきた。 「これからは、前より沢山会えるよ。」  その言葉を、雪弥は素直に喜んだ。  しかし、度々接するうちに、栄志のスキンシップの過剰さに違和感を覚え、大好きだった叔父が徐々に苦手になっていった。  栄志は頻繁に七原家を訪れては、執拗に雪弥を構ってくる。風呂に一緒に入りたがり、トイレの中まで着いて来る始末だった。下腹部に手を伸ばされ、雪弥が嫌がると、彼は冗談だと言って笑い、やめてくれた。  それでも、話をする時に膝の上に乗せられる行為は、嫌がっても強制的に行われた。  それは居心地が悪く、彼を遠ざけたかった雪弥だったが、子供ながらに気を遣い、彼の前ではいつも笑顔を作っていた事を覚えている。  標準よりも小さく、幼く見える所為で、栄志が自分を幼児扱いをしているのだと思い、雪弥にとって自身の容姿はコンプレックスとなった。  そして雪弥が十二歳の夏。それは起こった。  中学生になった雪弥は、勉強や部活動で充実した日々を送っていた。栄志も公私共に忙しくしており、雪弥が彼を避けるまでもなく、会えない日が多くなっていた。  夏休みが始まって間もない頃の事だった。  栄志が世界一周旅行中の豪華客船で、船上リサイタルを行うと伝えて来た。その船が日本に滞在する期間の内の五日間のみ、栄志は乗船するという。それで、小旅行が出来るから一緒に来ないかと、雪弥は栄志に誘われたのだった。  少し迷った雪弥だったが、滅多に出来ない経験だと思い、一人で彼に同行することを承諾した。  客船は外国船籍で、国内で乗るにしてもパスポートが必要だった為、雪弥はその時、初めてパスポートを作った。そしてフォーマルスーツも何着か用意して貰うと、雪弥は舞い上がり、客船への期待で一杯になった。叔父が苦手だという意識も忘れるくらいに。――  そんな雪弥を、クルーズ二日目の夜、叔父の栄志は逃げ場のない客室の、狭いシャワールーム内で襲った。 「雪弥、俺の恋人になってよ。」  浴槽の中に立ち、体を洗っていた雪弥は、突然入って来た栄志に、背後から抱き締められた。  囁かれた言葉に、雪弥は驚いて身を竦ませる。 「…無理だよ。僕は栄志さんの甥だよ。」  冗談ともとれない雰囲気を感じ、現実を突きつけてみた雪弥だったが、強引に向きを変えられ、唇にキスをされてしまった。  嫌悪と恐怖が一気に押し寄せてきて、雪弥は彼を付き飛ばそうとしたが、その手は敢え無く栄志に捕らえられてしまった。 「無理じゃないよ。…雪弥はもう、俺のものなんだから。」  抵抗し、泣きじゃくり始めた雪弥の口を、栄志は手のひらで塞いだ。  暫くの攻防の後、それが原因で雪弥は意識を失ってしまった。  そして意識が戻ると、そこはツインベッドの上で、叔父の蹂躙により、体が引き裂かれそうな痛みに支配されている最中だった。再び意識が飛びそうになった雪弥だったが、それは叶わず、ただ耐えるしかなかった。  行為を終わらせると、栄志は泣き始めた。  ぐったりとベッドに横たわる雪弥は、そんな彼を見上げ、後悔しているのだろうと思った。  しかし、それは違っていた。彼は感動の涙を流していたのだった。 「…初めてが、雪弥で良かった。…ご免ね、経験がなくて。下手だっただろ?」  その時、栄志は二十九歳で、これまで一度もセックスの経験がなかった事を告白してきた。 「ねぇ、雪弥。この事、秘密に出来るかい?…誰かに言ったら、恥を掻くのは君の方だけど、それに堪えられる?」  当時の雪弥に淫行罪の知識はなく、叔父の圧力にあっさりと屈してしまった。 「これから、二人で勉強していこう。…雪弥は先ず、イクってことを覚えないといけないよね。俺とするのが気持ちいいって、学んでいかないとな。」  その言葉通りに、栄志は会う度に雪弥の体に触れ、性の昂りと悦びを植え付けていった。  怯えて硬直する雪弥に、二回目以降、栄志は優しい愛撫だけを繰り返した。  栄志に会う度に、まだ未発達な性器は舌を這わせられ、口腔内に招き入れられる。  一方的な口淫を施されるも、栄志が自身への奉仕を、雪弥に強要する事はなかった。  やがて雪弥は快感を伴う射精を覚えると、理性を差し置き、栄志からの手解きを、自ら求めだすようになった。  いけない行為と思いつつ、栄志に言われるままに裸体を晒し、彼の顔の前で股を大きく開いてしまう。  その素直な体に栄志は愉悦を覚えながら、段階を踏むように、今度は後孔を性器に変えるべく、指や舌で雪弥の固い蕾を解しにかかった。  ゆっくりと長い時間を掛け、射精を伴わせながら、そこを性器だと教え込ませていく。  そして最初の性交から半年近く経った冬休み、栄志は二度目の挿入を促してきた。  多少の逡巡はあったものの、雪弥はそれをあっさりと受け入れるように、肢体から力を抜いた。 「…ああ、雪弥とまた一つになれた。狭いけど、気持ちいいよ…。」  それはやはり痛みを伴って雪弥を貫いたが、最初の時と違い、脳内でそれは徐々に快楽へと変換されていった。前も同時に刺激を受けると、自然に腰がうねり、動かずに様子を見ていた栄志の抽挿を誘った。 「声を…出してごらん…。息と一緒にね…。」  栄志の助言を受け、雪弥は声を上げ始める。それはこの上ない甘い嬌声で、栄志を悦ばせ、満足させた。 ――僕は…いやらしい…。  雪弥は行為の後、自己嫌悪で一杯になる。  無邪気な仮面を被った下の、淫らな自分に嫌悪を感じ、罪悪感に苛まれるのだ。  それでも、叔父との関係は止められず、秘密にし続けた。  雪弥が中学三年の夏休み、彼の両親が離婚した。  それを切っ掛けに、栄志は雪弥を預かると申し出た。  両親と栄志の話し合いは、思いの外短時間で終わり、承諾して貰えたと笑顔で栄志に告げられた。そして、二人でスウェーデンへ移住する事も、さらりと伝えられたのだった。  急な展開だったが、雪弥に拒否権はなく、夏休みが終わる頃には日本を発っていた。  見知らぬ異国での生活が始まり、頼れるのが栄志だけで、逃げ場がないと思い知らされた時、それが彼の策略だった事を雪弥は理解した。 ――逃げる機会は…いくらでもあったのにね…。  雪弥を乗せたタクシーは、歓楽街の入り口付近で停まった。  そこで降りた雪弥は、スーツのポケットからスマートフォンを取り出すと、電話を掛ける。 「…あ、レイジさんですか?雪弥です。…今、近くまで来てるんですけど、例の件、実行しようかと思って…。…ええ、はい。すみません、それじゃあ…後で…。」  電話を切ると、雪弥は別のスマートフォンを取り出した。 「栄志さん?…さっきはご免なさい。…僕の居場所は分かってるんでしょう?…迎えに来てよ。」  甘えた声でそう言うと、雪弥は無表情になり電話を切った。

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