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第13話 アトリエ~由倭の物語~

 絲川(いとかわ)由倭(ゆわ)は三歳の時に災害で家族を失い、孤児となった。  孤児院で暮らす由倭が、高校進学を諦めようとしていた頃、矢野栄尚(えいしょう)という人物が、彼を訪ねて来た。  今まで何度かあった里親候補の面会なのだと思い、由倭は冴えない面持ちで彼を出迎える。彼は極端に人見知りな性格なのだった。 「初めまして、絲川由倭君。…私の事を知ってる?」  応接室で由倭を待っていた彼は、薄茶色のサングラスを外して、にこりと笑った。  三十代後半と見られる彼は、高級そうな三つ揃えのスーツを着ており、いかにも裕福そうだった。 「いいえ。すみません、僕は…テレビとか雑誌を見ないもので…。」  由倭がそう答えると、彼は少し赤面してしまった。 「いや、そっち方面の有名人ではないんだ。」  画家であり、美術大学の講師でもあるという彼は、以前、小さな絵画コンクールで優秀賞を取った由倭に、興味を持ったという事を説明した。   「私はその時の審査員でね…。会場で君に話し掛けようとしたけど、タイミングが合わなくて出来なかったから、こうして会いに来たんだよ。」  彼は興奮気味に由倭の描いた油彩画について語り、それから援助を申し出てきた。 「里親として引き取れなくて、ご免ね。…今、私の妻は二人目を妊娠中なんだ。多分、君は居心地の悪い思いをするんじゃないかと思ってね…。」  由倭は首を横に振る。 「いいんです。…それより、そんな大事な時に、僕なんかに援助して、大丈夫なんですか?」 「ああ、問題ないよ。君は美術科のある高校に進学して、絵を頑張りなさい。」  それは由倭にとって、夢のような展開だった。  栄尚は自身が講師を務める美大の近くに、小さな一軒家のアトリエを持っていた。  高校生になった由倭は、頻繁にそこを訪れるようになり、栄尚に師事した。  痩せ型で、切れ長の瞳の栄尚は、神経質で気難しそうに見えるが、その実、情熱的で懐の深い人物だった。  由倭は次第に彼に惹かれ始め、それは恋といった形に姿を変えていった。  それに気付いた由倭は、彼の息子にならなくて、本当に良かったと胸に手を当てる。  高校を卒業した由倭は、栄尚の提案で助手として、彼のアトリエに住み込む事になった。それだけでも有難いことなのに、栄尚は給料までも提示してくれた。  栄尚の作品を手伝ったり、身の回りの世話ができる環境に、由倭はとても幸せを感じた。  栄尚は一度制作に入ると、髭を剃らなくなる。口髭と顎髭が繋がるほどになると、別人になってしまうのだが、由倭は彼のそんな処も大好きだった。  栄尚は大学の授業がない日は、一日の殆どをアトリエで過ごした。 「私は婿養子だからね。…家では気が休まらないんだ。」  ある日、栄尚の口から、そんな言葉が洩れた。  矢野家は代々、才能豊かな芸術家を輩出し、財を成してきた家系だという。  それが人形作家である塔子(とうこ)の代で途切れそうになり、塔子に見い出された栄尚が、彼女の娘と政略結婚させられたという事だった。  塔子の権力は絶大で、矢野家で彼女に逆らえる者はいないらしい。  それでも栄尚は、夜になると家へ帰ってしまう。  由倭が十九歳になった頃、栄尚が彼の私生活を心配してきた。 「…たまには出掛けて、遊んで来てもいいんだよ。誰か好きな人はいないのかい?」  丁度、作品を終えた栄尚は、久々に髭の無い、さっぱりとした顔で由倭の顔を覗き込んだ。  由倭はその顔と、質問の内容に胸を締め付けられる。 「先生…。僕は先生の事を…尊敬しています。」  恋心を伝えられずに、思わず涙を零してしまった由倭だった。栄尚が驚いている事に気付き、慌てて取り繕おうとした由倭の頬に、ひんやりとした栄尚の手が添えられた。 「君って子は…。それは、もう告白にしか聞こえないよ。」  小柄な由倭を、栄尚が力強く包み込む。 「嫌だったら、私を突き飛ばしてくれ!」  何も答えられずにいる由倭の唇に、栄尚のそれが重なった。  身を竦めてしまった由倭の反応に、栄尚が離れようとすると、由倭は抱き着き、再びキスを強請った。栄尚は先程よりも激しく、奪うようなキスを、由倭が立っていられなくなるまで続けた。  それから恋人同士のようになった二人だったが、手を繋ぎ、寄り添い、口付ける以外は何もなかった。  由倭は自分が女の体をしていたら、もっと深い関係になれたのだろうか、と思い悩む。  そんな由倭の気持ちを知ってか知らずか、ある時、栄尚が緊張を伴った顔で訊いてきた。 「君に…もっと先の事をしてもいいだろうか?」  何の知識もない由倭は、訳も分からずに承諾した。  由倭の寝室で、栄尚は彼の衣類を全て脱がしていく。 「ああ…綺麗な肌だ…。」  栄尚は由倭の吸い付くような若い肌を、手のひらや唇、そして舌で堪能した。  その最中も由倭は、女ではないのに、大丈夫なのだろうか、と心配を過らせる。  栄尚の手が、無垢な形の由倭のそれに触れた。 「一人でした事、ある?」 「…何をですか?」  純粋な問い返しに栄尚は優しく微笑むと、由倭の無垢なそれの裏側を、指で擦り始めた。 「あ…ああ…。」 「気持ちいいかい?」  由倭が頷くと、栄尚はゆっくりと先端を出すように皮を下ろしていった。由倭は思わず涙目になる。  栄尚はそれを自身の口腔内に咥えこんだ。 「…嫌!そんなの、汚いですよ!」  抵抗を見せた由倭だったが、次第に身を任せ、あっという間に達してしまった。 「すみません!」  自分の出した物を栄尚が飲んだと知ると、由倭は慌てて謝った。そして、今度は自分が栄尚にそれを行おうと試みる。 「今日はいいんだ…。」  栄尚はやんわりと拒絶した。そして由倭をベッドに沈める。 「全部、教えてあげるからね。」  何をされるのか分からず、緊張で一杯の由倭の後孔に、何か冷たい物が触れた。由倭は思わず顔を歪める。 「痛いかい?」  栄尚の指が中に入り、何かを塗り込んでいるのだと気付く。 「いいえ、大丈夫です。…先生の好きにして下さい。」 「ご免ね。…でも時間を掛けたら、大丈夫な筈だからね。」  途中から我慢が出来なくなり、由倭は吐息混じりに声を上げ始めた。 「可愛いよ、由倭君…!君は…本当に…。」  前も同時に擦られると、由倭は二度目の吐精を果たした。  それでも栄尚の指は、由倭の中で何かを探っている。 「や…!もう、やめて!…やめて下さい…!」  懇願する由倭に、また快楽の波が押し寄せて来た。  また、達してしまうのだろうか、由倭がそう思った瞬間、指が抜かれ、別の熱い何かに侵入された。 「ああ――!」  体を何度も揺すぶられると、それはかなり奥まで突き進んできた。  栄尚に両手首を押さえられ、二人の体がより密接すると、由倭は彼に抱かれているのだと、漸く理解した。 ――僕の…男の体でもいいんだ。  愛する栄尚とひとつになれると分かった由倭は、嬉しさで頬を濡らした。  その日を境に、由倭は妖艶になり、癒しを持って栄尚を包み込むようになった。 「奥様よりも…僕が好き?」 「ああ、好きだよ。君を一番、愛している…。」  そんな幸せな日々は、一年が経ったある日、突然、終わりを迎える事となる。

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