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第17話 佐藤家
佐藤家は改築したてといった雰囲気の二階建てで、二世帯住宅といった作りになっていた。
亮太郎の案内で、雪弥がリビングルームへ差し掛かると、幼女の声が聞こえて来た。
「もう!パパったら、お菓子の開け方、また間違ってる!」
仕事中だと聞いていた公隆は、小さな娘に怒られている真っ最中のようだった。
「どうせ、一瞬で食べてしまうんだから、そんなの、どうでもいいだろ?」
「一瞬で食べた事ないもん!…ちゃんと、オープンって書いてあるとこから開けてよね!」
亮太郎が咳払いをした。
「おい、お客さんだぞ。」
ソファの上に立ち、父親に向かってふんぞり返っていた五、六歳の少女が、軽く悲鳴のような声を上げ、慌てて床に着地した。
リビングルームは来客を予定していなかったように、絵本や玩具が拡げられている。
「ああ、悪い。実里 に片付けるように言いに来たら、逆に怒られちまってさ…。」
苦笑している、少しぽっちゃり体型の彼が、電話で話した相手、公隆 なのだと雪弥は察する。声は若かったが、年は五歳くらい上のようだ。
「矢野雪弥です。…先程は急に、すみませんでした。」
「こっちこそ、迎えに行けなくて、ご免。俺は佐藤公隆。隆文の従兄だよ。で、こっちが娘の実里。今、七歳。」
紹介を受け、雪弥と目が合った実里は、小さく一礼すると、顔を赤くして出て行ってしまった。
「こら!片付けは?」
呼び止める声を無視された公隆は、肩を落として項垂れてみせる。
「…ショックだな。まだ小一の我が娘に、女を見た気がする。」
先程の雪弥に対する実里の態度を言っているのだろう。
「ただの人見知りじゃないんですか…?」
「いや、君を意識してるみたいだった。…聞いてた通り、イケメンだね。」
「…隆文君が?」
「うん。…いや、あいつは綺麗な子って説明してたけどな。だけど、男には普通、言わないだろ?」
雪弥は困ったように、微苦笑するしかなかった。
「それじゃあ、公隆、後は頼んでいいな。」
亮太郎が公隆に、雪弥の小型トランクを渡すと、部屋を出て行った。
託された公隆が、部屋に案内するといって誘導する。
「お仕事、良かったんですか?」
「うん。そんな急ぎでもなかったから。」
公隆はこちらへ引っ越してきたものの、元々やっていた建築デザイナーの仕事は辞めておらず、個人的に回して貰っては、自室で仕事をしているのだと説明した。PCとネット環境があれば、なんとかやれるものなのだと彼は言う。
カフェをやっていると言う話だったが、そちらは公隆の妻がメインに、アルバイトの女性一人とやっていて、彼は暇な時に顔を出して、手伝う程度らしかった。
「民宿の、ちゃんとした部屋じゃなくて悪いんだけど…。」
「いえ、泊まれるだけで、十分です。」
キッチンへ行き、勝手口から一旦、外へ出ると、板の間の通路があった。直ぐ正面には民宿の裏口が見え、左手の方にも、板の間続きの先に扉がひとつある。
「この部屋なんだけど…。」
公隆が板の間を進み、その扉の鍵を開けた。
六畳一間のその部屋は、押し入れがひとつと小さな流し台とトイレが完備されている。
「ここは元々、従業員用の部屋だったらしいんだ。…で、うちの親父が引き継いでから、住み込みの従業員は居なくなったから、今は隆文が泊まる専用の部屋みたいになってる。」
公隆が押し入れを開くと、プラスチック製のチェストや本棚があり、思いの外、隆文の私物が詰まっているようだった。
「友達なんだし、ここにある物は好きに使っていいよ。…暫く居るんでしょ?」
隆文の物を興味深そうに眺めている雪弥に、公隆が問う。
「あの、実は決めていなくて…。でも、二日とか…それくらいで、長居はしないつもりです。」
慌てて雪弥が、そう答えると、公隆は意外そうな顔をした。
「隆文が言ってたんだけど、矢野君がカフェで働いてくれるかも知れないってさ。」
雪弥は少し困った顔をしてから、言葉を紡ぐ。
「あの…それは…。少し考えてみます…。」
「うん、それでいいよ。」
公隆は部屋の鍵を手渡した。
「この部屋は直で出入り出来るから、気兼ねはいらないよ。あと、うちが管理している温泉が近くにあるから、二十四時間、いつでも利用してくれていい。…実はその温泉が売りでね。ここの客達は皆、それを目的に来てるんだ。…他は何も無いしね!」
公隆は笑って話を締めると、今度はカフェに案内すると言った。
そのカフェは民宿から歩いて三分程の距離にあった。
隆文が古民家カフェと言っていたが、外観は民家というより、ウッドハウスという方が近かった。外にはテラスもあり、二つあるテーブル席には両方共、女性客が座っている。
中は天井が高く、木の材質に被われた空間は、柔らかく温かい光で満ちていた。
時刻は午後三時を回った頃で、お茶をする客が数組いる。
「律 ちゃん、隆文の友達、連れて来た。」
公隆がカウンター内にいる女性に声を掛けた。ふっくらした顔に笑みを乗せ、彼女は会釈する。
雪弥も会釈を返す。
「矢野雪弥です。」
「公 ちゃんの嫁の律子です。…イケメン従業員、ゲット?」
自己紹介した律子は、後半、公隆に訊いた。
「いや、決めてないんだって。」
「あら、残念!」
「あ、えーっと…、手伝える事があるんだったら、手伝いますけど…。」
思わず雪弥がそう言うと、佐藤夫婦が同時に、にやりと笑った。
「でも、まあ、今日は疲れてるだろうから、ゆっくりしてよ。俺のカミさんの料理は絶品だから、君もすぐ、肉が付くよ。」
公隆は自分の下っ腹を摘まんで見せた。そして、雪弥の泊まる部屋の準備をしてくると言って、一人、カフェを出て行った。
夜、漸く部屋に一人落ち着いた雪弥は、公隆に言われたままに、隆文の物であるスウェットの上下に袖を通した。サイズは少し大きめだ。
隆文の顔を思い浮かべると、雪弥は少しムカついてきた。
――僕の事、何、勝手に話してるんだよ…。
昔から隆文は、面倒見のいい奴だった。その辺は今も変わっていないのだろう。
雪弥は押し入れを開けた。どうせだから、隆文の私物を見てやろうと思い立ったのだった。
五段、引き出しのあるチェストには、季節別に衣類が詰まっており、下着や靴下の類も丁寧に畳まれて収納されていた。その横の本棚には、少年コミックがびっしりと並んでいる。その一番下の段には、古いゲーム機の本体と、ソフトが幾つか収納されていた。
雪弥は何気に手にした漫画本の奥に、まだ本が並んでいる事に気付いた。
それはHな内容の青年コミックで、雪弥は軽く鼻で笑った。
――こういうの、読むんだ…。まあ、これが普通だよね…。
雪弥はそこで複雑な面持ちになる。
――男の僕を抱いたのに、君の恋愛対象は女の子のままなんだな…。
雪弥は本を元に戻すと、深い溜息を吐いた。
畳の上に座り込み、壁に凭れる。
――鹿倉には会わないように、早めに此処を出よう。
――どうして会いたくないんだろう?やっぱり、過去のあの事が原因?
――違う。…本当は会いたいんだ。
――会って、どうしたいの…?
自問自答を繰り返し、答えを探せなくなった雪弥は、何も考えないようにして目を閉じた。
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