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第18話 夢
雪弥が佐藤家を訪れて、三ヶ月が経とうとしている。
あれほど直ぐに出て行くと言っていたのに、気が付けば寒い季節になり、世間は年越しの準備に追われたムードになっていた。
佐藤家の人々は程よい距離感で接してくれる。束縛も干渉もない環境で、仕事も与えて貰い、雪弥は出て行くタイミングを、すっかり失ってしまっていた。
隆文の私物が置いてある部屋に、少しずつ雪弥の物が増えていく。
そんな中で、雪弥は繰り返し見る夢に悩まされていた。
それは栄志の夢だった。
彼と別れた後、二度と会わないと心に決めているのに、夢の中で雪弥は彼を求めるのだ。
「会いたかったよ、雪弥…。」
栄志が正面から抱き着いてきて、雪弥の首筋に温かな息を吹き掛けながら、舌を這わせた。
「やめてよ、栄志さん…。」
抵抗しなければと思いつつも、彼のねっとりとしたキスを受け入れてしまう。
裸の雪弥は隠す物が見つからず、彼の前に全てを晒した。
栄志は性感帯をわざとずらして愛撫する。
「…雪弥、どうされたい?」
耐え切れず、雪弥は強請ってしまう。
「お尻、舐めて…。後ろでイきたい。」
普段の雪弥からは、有り得ない言葉だった。
「…ん…あぁ…!…気持ち…いい…。」
雪弥の欲する場所に、栄志の舌が辿り着いた。
「もっと…奥に欲しい…!奥を、栄志さんので搔き回して…!」
しかし、いつまでたっても、それは与えられず、雪弥は意識を浮上させた。
夢だと気付くと、自己嫌悪で一杯になる。
――欲求不満になってるんだ、きっと…。
長年、性的に愛されてきた体だから、仕方がないのだと思う。かと言って、一人で処理する気にはなれなかった。
そんな彼が欲求を晴らせる場所は、この辺りには存在していない。
いつ頃からか、雪弥は自身の事をゲイだと自覚していた。
もっと街中に出れば、ゲイ・コミュニティなるハッテンバは何処にでもあるのだろう。しかし、こんな田舎でゲイだと知られるような事があれば、色々、差し障りがある事態になりそうだった。
――やっぱり、ここで生活していくのは無理なのかも…。
行く宛てがないながらも、ここを出て行く事を雪弥は考え始める。
――鹿倉とも会わない方がいいし…。
それでも雪弥は、そんな考えをおくびにも出さずに、佐藤家が経営するカフェに出勤してしまうのだった。
五年前にリノベーションされたというウッドハウスのそのカフェは、周囲の長閑な雰囲気にそぐわず、洒落た作りになっていた。建築デザイナーである佐藤家の長男、公隆が設計し、知人の建設会社に施工して貰ったのだという。
カフェの実働的な部分は、元々パティシエだった公隆の妻、律子がメインに切り盛りしており、四十代のパートの女性を一人雇っているといった状態だった。
今はそこに、雪弥が加わった感じとなっている。
「雪弥君が来てくれて、お客様、増えたの!嬉しいわ…!」
「特に女性客がね…。」
彼女達の言葉を、雪弥は照れ笑いを浮かべて受け流す。
白いシャツに黒のスラックス、黒いエプロンで給仕をする雪弥は、地方紙の取材を受けるのを切っ掛けに、黒縁の眼鏡を掛けるようになった。
自意識過剰なのかも知れないが、人の視線が痛い気がしている。
世間一般的に、正月休み目前となった。
佐藤家が忙しくしている中、雪弥は隆文が来るかも知れないと、懸念し始める。
――どんな顔して会えばいい?
シミュレーションを始めると、気恥ずかしさで落ち着かなくなる程だった。
そんな雪弥に、公隆から隆文が来ない事を告げられる。
「…仕事が忙しくて、正月休みがないらしいよ。サプライズはまた後日になるね。」
雪弥はがっかりした後、人知れず気を動転させる。
――彼が来れなくて、良かったじゃないか!…だって、彼に会っても、僕が満たされる事はないんだから。
雪弥は自身に言い聞かせる。
――そうだよ、彼は僕を満たしてはくれない。…今は友達だとも言えない関係だし、友達以上の関係なんて、彼とは有り得ない!
そう思った直後、雪弥の心は震えた。
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