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第2話

 ……スゲェ。  マジで男しかいねぇ……。  校門入ってすぐ、俺はその場に立ち尽くしてしまった。  右を見ても左を見ても濃紺の学ラン。  一見エリート校の優等生集団に見えるのは、多分その制服のせいだ。  母ちゃんに言われたあとで調べてみたんだけど、ここはイケメンの宝庫っつーより県内屈指の馬鹿校として有名だった。  入学試験は名前さえ書ければ合格とか、そういうレベルらしい。  それ知ってたらあんな真面目に転入試験受けなかったのになぁ……。  けどヤベェな俺。ここでなら学年トップとかなれんじゃね?  前の学校の偏差値は高くも低くもなく、その中で俺はちょうど真ん中……よりちょっと下だった。  で、これと言って得意なもんもないから、超地味な学校生活を送ってた。  でも本当は目立ちたくて仕方なくて、なんかねぇかなぁって俺なりに考えて、校則無視して金髪にしたんだ。  ……けど、その3日後に転校が決まって、金髪じゃ学校入れてくんねぇってんで泣く泣く茶まで戻した。  そんなこともあって、結局また地味な学校生活送るのかと思ってたけど、神様は俺の味方だったみたいだ。  よーし!学年トップのクールな優等生になってやる!  もう俺は《変質者》じゃねぇぞ!  って、野郎しかいねぇとこで《変質者》もなんもねぇな。  あ、伊達眼鏡買うか。  クールな優等生って言ったら眼鏡だろ、イメージ的に。  つか実は俺、ずっと眼鏡に憧れてたんだ。  なんか『出来る男』っぽくてカッコイイじゃん。オシャレだし。  俺は視力が両目とも1.5だからリアル眼鏡は無理だけど、伊達なら…………って、眼鏡すんなら転入初日の今日じゃなきゃ意味ねぇじゃねぇかよ!  明日いきなり眼鏡って妙だろ、かなり!  クッソ、眼鏡デビューしそこねたっ。  いや、待てよ。  今日はコンタクトって事にしとけばいいのか。  頭いいな、俺。  その設定で行こう。 「どうしたの?」  突然、そんな声とともに肩を叩かれた。  ビビって反射的に振り返ったら、絵に描いたようなナイスメガネがそこにいた。  背は同じくらいだな。  俺が177cmだから、このナイスメガネも180はなさそうだ。  微妙に長めの黒い髪が一歩間違えるとアキバ系臭いけど、オタクって感じは全くしない。  初めて知ったけど、体に合ったサイズの着崩してない学ランって何気にカッコイイのな。  制服を普通に着るってダセェと思ってたけど、案外そうでもないみたいだ。  でも、元々肌の色が白いんだろうけど、髪が黒くて制服が濃紺だからやたら白く見えるのがちょっと怖ェ。  なんかもう発光してるもん。白過ぎて。  それで目が切れ長で唇も薄いから……白蛇男……?    だけどこのオシャレでクールっぽいメガネ男…………ムカツクくらい俺の理想そのものだ。  白蛇なのは置いといて。  が、ここは県内屈指の馬鹿校。  ナイスなのは外見だけに違いない。  騙されねぇぞ、俺は。 「君、転入生だね」  ナイスメガネがちょっと首を傾げて微笑み掛けてきた。  さっきはいきなりだったから気が付かなかったけど、落ち着いた低い声もかなりクールだ。  つか、 「なんで俺が転入生だってわかったの……?」  まさかこの蛇メガネ、俺にだけ見える幽霊とかなんじゃ……!  ああもう絶対ェそうだ!  肌が白過ぎんのはそのせいだ!  体温なさそうだし!  転入早々学校の怪談に遭遇とかマジありえねぇしマジ怖ェし!  つか笑った!?  今ニヤッて笑ったよな!?  ヤベェッ呪われる……! 「それ、前の学校の制服でしょ?」 「……え!?」  言われて、俺は自分の体に視線を落とした。  …………ブレザーっすね。  と思った瞬間、足元まで下がってた血が一気に顔まで上がってきた。  恥ずかし過ぎる……! 「2年の下駄箱、この裏なんだ。案内するよ」  蛇メガネは俺を馬鹿にする事もなく、優しい笑顔でそう言って先を歩き出した。  いや……蛇メガネとかって勝手に変なあだ名付けてゴメン。  君は微笑みの貴公子だ。  俺は心の中で謝って、小走りで彼のあとを追い掛けた。  メガネ君と一緒に校門前のロータリーから校舎の角を曲がる。  校庭を右側に見ながら校舎沿いを歩いてると、俺達の横を通り過ぎてく奴等の殆どがチラチラ俺を見た。  俺達を追い抜かしてったあと、足を止めて振り返った奴もいる。  多分俺が着てる制服のせいなんだと思うけど、スゲェ気分いい!  俺にしてみれば1年とちょっと着てきた制服で、これが俺の《普通》だったから、メガネ君に言われるまで自分の格好が浮いてるなんてちっとも思ってなかった。  だからここの学校の連中に珍しがられてることにも全く気が付かなかったんだけど、大量の学ランの中で1人だけブレザーなんだ。そりゃ目立つよな。  注文してた新しい制服が間に合わなかったことに、俺は今最高に感謝してる。  しばらくこのブレザーで通おっかなー。  なんて思ってたら、 「でも、制服が違うことに気付いてなかったって、ちょっと凄いな」  微笑みの貴公子なメガネ君が、やっぱり微笑んで俺に視線を寄越してきた。 「もしかして天然だったりする?」  ……天然? 「んー……そう言われっとそうなんかもしんねぇけど、俺からしたら君等の制服のが珍しいから、自分のこととか気にしてなかったっつーか……」 「ああ、そういうことか。でもさ」 「ういーっ」  不意に頭の上から降ってきた声がメガネ君の言葉を遮った。  見上げると、2階のベランダの柵に両腕を掛けて俺達を見下ろしてる奴がいた。  ……この学校、金髪はダメだけど髭はオッケーなのか?  鼻の下と顎に伸びかけみたいな髭が生えてるけど、着てるのはメガネ君と同じ濃紺の学ランだ。  で、前髪を上げた短めの茶髪が寝癖っぽくボンバーしてる。  不精髭とマジモンの寝癖っつーか、オシャレ髭とパーマだな。  髭禁止だった前の学校ではお目に掛かれなかったタイプだけど、なんつーか……スゲェ遊んでそうだ。  つか「ウイー」って何? 「うい」  今度は横から。  即座に振り返ったら、俺と同じようにヒゲを見上げてたメガネ君がヒゲに向かって小さく片手を挙げた。  ウイって挨拶だったのか。  片手を下ろしたメガネ君が口を開く。 「今日は遅刻しないで来れたんだな。偉いじゃん」 「遅刻させたくなかったら毎日LINEで起こしてっつってんだろー?」  笑いながら、そう冗談っぽく返してきたヒゲに、メガネ君は、 「面倒臭ェっつってんだろ」  え?  メガネ君、そういう喋り方する人?  つーか、仲いいのか?  外見からして全然合わなそうなのに。 「毎日カッチのLINE待ってんだけどなぁ」 「LINEしたって起きねぇ癖に」  仲、いいんだろうな。  2人ともずっと楽しそうな笑顔だ。 「起きるよ、ちゃんと。だからLINE」 「やだね」 「じゃあ電話」 「もっとやだ」 「冷てぇな。あー、カッチのその無駄にいい声で1日始めてぇなぁー」 「俺はお前の目覚ましじゃねぇんだよ。女に起こしてもらえ」 「別れた」 「……ったく、またかよ」  メガネ君は顔を伏せて、ヒゲに聞こえないような小声で溜め息混じりに呟いた。  メガネ君、微笑みの貴公子だと思ってたけど結構普通なんだな。  初対面の俺に気を遣ってくれてたのか。  見た目通りの低体温……じゃなくて、クールな微笑みの貴公子だったらちょっと身構えちゃってたかもしれないけど、これなら仲良くなれそうだ。  で、カッチ?カッチン?ってのがメガネ君のあだ名か。  俺もそう呼ばせてもらおう。 「つかカッチ、なんでほかの学校の奴連れて来てんの?カレシ?」  …………は?  ヒゲ、今なんつった? 「ああそう。羨ましいだろ」  なんだ?カッチ。  何が羨ましいって? 「え?マジで?そりゃちょっといただけねぇなぁ」  いただけねぇって何が? 「カッチのカレシか。近くで顔見てぇからそこ行くわ」  カレシ!?  なんでそう……っつかヒゲ、何してんだよっ。  軽く勢い付けて柵に飛び乗っ……そこ2階!  ……うお……。  空からヒゲが降ってきたよ、母ちゃん……。  カエルみたいな格好で俺とカッチの前に着地したヒゲは、手を叩くようにして掌に付いた砂を払い落としながら平然と立ち上がって俺に顔を向けてきた。  ……足痛くねぇの?  地面、コンクリだぞ?  つか俺、超ガン見されてるよ……。  目ェデケェなオイ……。  三白眼のダルマに睨まれてる気分つーか……マジ怖ェんすけど……。  俺はヒゲの目から逃げるように視線を落とした。  かなりキョドってんな、俺。  カッコ悪ィ……。  でも怖ェもんは怖ェし……っ。  そんなふうに俺が盛大にビビってると、コンクリの地面だけしかない視界の隅に履き潰された上履きが入ってきた。  ……こっち来んなよっ。  近くなった視線が痛ェんだよマジでっ。  あー……そういや俺、カッチのカレシってことになってんだっけ?  で、ヒゲはそれが気に入らねぇと。  つまり、ヒゲは友達としてじゃなくカッチのことが……。  男子校怖ェ……!  母ちゃん、今までいろいろワガママ言ってゴメンナサイ!  俺、いい子になるから共学に転校させて下さい!  男子校無理!マジ無理っす! 「ういっ」  突然、視界がヒゲの顔に占拠された。 「うあっ」  思わず後ずさったら、制服のズボンのポケットに両手を突っ込んで俺の顔を覗き込んでたらしいヒゲが、屈めてた身体を起こした。  ……ヒゲ、思ってたよりちっちぇ。  170なさそうだ。  でも顔はやっぱ怖ェッ。 「あ、そんな怖がらなくていいよ。噛み付いたりしないから」  のんびりしたカッチの声が割って入ってくる。  噛み付かねぇって…………殴られそうな場合はどうしたらいいですか!?  てかメガネ!お前が変なこと言うから俺は買わなくてもいい怨み買ってんだよ!  って、ヒゲが怖くて言えねぇっ。 「でさ、カッチ。彼は誰?」  ヒゲが指を差してきた。  …………ん? 「転入生。今日からうちのクラスだって。ボブさんが言ってた」 「そうなんだ?つかそんな話聞いてねぇんだけど」 「お前だけじゃねぇよ。多分俺しか知らねぇと思う」 「え?なんでカッチにだけ話してんだよ、ボブ」 「俺一応学級委員だからさ」 「ああ、そっか。忘れてた」  普通に喋ってるしっ。  カレシとかってのは単なる冗談?  ……だよな。常識的に考えて。  つかボブって誰だよ。  俺の担任外人か?  いや、そんなはずねぇ。  転入の手続きしに来た時に担任だっつってた先生は、確か小太りで頭の禿上がった純日本人のオッサンだった。  ボブのこと、2人に聞いてみるか。  さっきのがただの冗談で、ヒゲにも怨まれてる訳じゃないってわかった今なら、俺も普通に話せそうだ。 「あのさ」  俺は2人に声を掛けた。  振り向いたヒゲの目がやっぱなんか怖ェけど…………単に目付きが悪ィだけだ。多分。  いや、でも眉間に皺寄ってっしなぁ……。 「あー……えーっと……そんな睨まないでほしいなぁ……なんて……」  勇気を振り絞って笑ってみたけど、超顔が引き攣ってるよ、俺……。  するとヒゲは少し驚いたような顔をして、俺に負けないくらいぎこちない感じに目を細めた。 「あ、ゴメン。僕、目ェ悪くってさ」  ……ボクって……。  何もそこまでよそよそしくしなくても……。  きっと俺がビビってるから、無理してソフトに喋ってくれてんだな。  いい奴じゃねぇか、ヒゲ。  かなり不自然だけど。 「目ェ悪いって、眼鏡とかコンタクトとかしねぇの?」  口からさらっと言葉が出た。  ヒゲが見た目ほど怖ェ奴じゃないってわかったからだろうな。 「ああ、うん。カッチみてぇに眼鏡なしじゃ生活出来ねぇってほどでもねぇし。な?」  言うなりヒゲは横にいたカッチの眼鏡を奪った。  眼鏡を取られたカッチはと言うと、怒るでもなく…………突然へっぴり腰で両手を宙にさ迷わせて「メガネメガネ」とヨロヨロ歩きながら眼鏡を探し始める。  カッチはギャグなんて言わなそうなタイプに見えるし、ヒゲは2、3回くらい警察にお世話になってそうな面構えだし、そんなことする連中っぽくないのに……いや、ないから余計、コイツ等スゲェ面白ェ! 「あはははは!」  俺は腹を抱えて大笑いした。 「お、ウケたウケた」  ヒゲがカッチに眼鏡を返しながら言うと、 「つかみはオッケーだな」  受け取った眼鏡を掛け直してカッチが呟いた。  新しい学校で友達出来るかなとか、どんな奴等がいるのかなとか、正直かなり不安だったけど、いきなり面白ェ奴等に出会ってしまった。  しかも同じクラスらしい。  コイツ等と仲良く出来たらこの先きっと楽しいだろうな。 「俺、尾藤っつーの。これからよろしく」  笑いを堪えて、俺は2人に自己紹介した。……んだけど、 「ビトー?」  なんでかヒゲにあからさまに変な顔をされて、思わず固まってしまった。  ……な、なんだよ。  尾藤ってそんなに変な苗字か?  それともヒゲ、尾藤って苗字に嫌な思い出があるとか……? 「ビトーキターッ!」  …………はい?  なんで絶叫? 「……言うと思った」  カッチはヒゲの絶叫の理由がわかったようで、ちょっと目を伏せて苦笑してる。  訳わかんねぇんだけど……。 「あ、実はね。俺の名前が加藤で、コイツが武藤なの。だから、加糖、無糖、微糖……缶コーヒーみたいでしょ?」  首を傾げた俺に気付いたのか、カッチが説明してくれた。  缶コーヒー?  加藤、武藤、尾藤……。  ……加糖、無糖、微糖? 「あー!ホントだ!スゲェ!」  今まで武藤さんには会ったことなかったけど、加藤なら同じクラスになった奴が何人かいた。  でも自分の苗字と合わせてそんなふうに考えたことなんて一回もなかったから、言われて初めて気が付いた。  ちょっと感動だ。  なんて思ってたら、いきなりヒゲ……じゃなくて武藤君に肩を抱かれた。 「さりげにずっと微糖を待ってたんだよ僕。もうこりゃ運命だな。マックでも行って歓迎会すっか。行くぞ、ビッチ」  ビッチって、俺のことだよな。  尾藤だからビッチ?  ああ、そっか。カッチは加藤だからカッチなのか。  ってことは、武藤君はムッチ?  でも歓迎会してくれるなんてなぁ。  マジ嬉しい。  …………あれ? 「今から!?」 「そう、今から」  さらっと答えたムッチは、俺の肩を抱いたまま方向転換をした。 「ちょっとちょっとちょっと!」  転入初日でサボリはヤベェって!  つか逃げたいんだけど力が半端なくて逃げらんねぇ!  なんなんだムッチ!俺よりちっちぇ癖に!  髭パワーか!?  髭から力貰ってんのか!?  俺も髭生やしちゃおっかなー。  ってそうじゃなくて! 「待てよ、ムー」  そんなカッチの声と同時にムッチの体が俺から離れた。  何が起きたんだろうと思って振り返ってみたら、カッチがムッチの制服の後ろ襟を掴み上げてた。  並んでるとずいぶん身長差あるように見えるな。  つかムッチ、首根っこ掴まれた猫みてぇ。  ちょっと可愛いぞ。髭面なのに。 「なんだよカッチッ、離せよっ」 「さりげなくサボろうとしてんじゃねぇよ。そんなにダブリてぇか?」 「ダブったってお前に迷惑掛ける訳じゃねぇだろっ」 「そう言って1年の時、進級の補習課題手伝わせたのどこのどいつだ?」 「えーっと……」 「あー、再々追試の勉強に付き合ってやったのは誰だったっけなぁ」 「……あなた様でございます……っ」  うわー……情けねぇな、ムッチ。  殴り合いの喧嘩とかってなったらムッチの方が強そうだけど、この2人の力関係はカッチの方が上か。  流石だな、白蛇様。

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