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第3話

「出る?授業」 「わかったよ!出るよ!出りゃいいんだろ!」  白蛇様に怨のこもった囁きを耳に吹き込まれたムッチが、ヤケクソ気味に声を張り上げる。 「よし」  一言言ってカッチがムッチの制服から手を離すと、すぐさまムッチは後ろを振り返ってカッチの眼鏡を奪い取った。  そしたらカッチはやっぱりへっぴり腰で、両手を前に突き出しながらヨロヨロ歩く。 「メガネメガネ」 「ノリいいよな、カッチ」  全くだ。  俺はムッチの呟きに無意識に頷いてた。 「ふざけんな!マジで見えねぇんだよ!眼鏡返せよ!ムー!」  お、カッチがキレた。  白蛇様もやっぱ人間ってことか。 「ビッチ、ビッチッ」  ムッチに呼ばれてそっちを見たら「ほいっ」となんか投げられて、反射的に両手でキャッチしてた。  つーかコレ……カッチの眼鏡じゃん。 「ビッチ!それ持って走れ!」 「おう!」  言われるがまま、俺はその場から駆け出した。  でも、ちょっと待て。  まっすぐ10歩くらい走った辺りで足を止めて引き返す。 「どこに?つかなんで俺に眼鏡渡すの?」 「遅っ」  何!? 「そうか……尾藤君が俺の眼鏡持ってんのか……」  ただでさえ低めの声をさらに低くして呟きながら、カッチがゆっくりと俺のほうに体を向けてきた。  見えてんのか!?って一瞬ビビったけど、カッチは俺のほうを見てはいるけど目が合わない。  声を頼りに振り返ったのか。  カッチは本当に俺の顔が見えてないみたいで、眉間に深い皺を作って目を細めて…………スゲェ人相悪くなってるよ、カッチッ。  熟女ウケよさそうな微笑みの白蛇様がムッチレベルの悪人面になってるっ。 「カッチ!スマイルスマイル!」  無意識に、俺はそんなことを言ってた。 「え?」  俺自身考えなしに言ったことだ。  言われたカッチは当然っていうかなんていうか、首を傾げて眉間の皺を濃くした。  ああ……カッチの顔がハイパー悪人面に……。 「笑ってるほうが……可愛いよ」  カッチを笑わせるために俺はウケを狙ってみた。  めっちゃドヤ顔で。  おお、カッチの眉間から皺が消えたぞ。  で、カッチはドッカーンと大笑い。  ……のはずだったんだけどな。俺の予定では。  無言で見つめ合う俺とカッチ。  カッチの視線は俺の顔を突き抜けて遥か遠くを眺めてるけど。  ……スベった。  なんでウケねぇかな……。  微妙に気まずいよ……。 「尾藤君……」  ぽつりと、確かめるようにカッチが俺の名前を呼ぶ。  …………なんだ?  この得体の知れないムードは……。 「な、なに?」  訳わかんなくて、必要以上にうろたえてしまった俺の声は、見事にひっくり返ってた。  それからワンテンポ遅れてカッチが吹き出す。  ウケた!  てか今俺ウケ狙ってねぇし!  そんなに俺のひっくり返った声がツボに入ったのかよ! 「今のなし!なしなしなし!」  必死に笑いを堪えてるカッチを見て余計に恥ずかしくなって、俺は首を横に振りながら両手を前に出してバタバタ振った。  が、カッチは右手で口を押さえて俯いて小刻みに肩を震わせ続ける。  ムッチに救いの眼差しを向けたらムッチも笑いを堪えてて、目が合うなり顔を背けられた。  肩揺れてんぞ、ムッチ。  つかお前等、 「笑うなら思いっきり笑え!」 「やっ、ごめんっ。マジ意表衝かれまくったっ」  顔を上げたカッチは口を押さえてた手で目元をこすった。  涙出るほど面白かったのか。  そこまで行ったらもう結果オーライってことで。  笑ってる2人を見てたら、段々こっちまで面白くなってきた。 「泣くほどウケんなっ」  俺は笑いながらカッチにツッコミを入れた。 「だからごめんってっ。つーかなんでいきなり緊張したの?」 「なんでって、愛が芽生えちゃうかと思ったんだよっ」 「芽生えねーよ!」  カッチが腹を抱えて笑う。 「ビッチ面白ェーッ!」  カッチの横にいたムッチも破裂したように大声を上げて笑い出した。  ヤベェ。  スゲェ楽しい! 「ビー君、そろそろ眼鏡返して」  ひとしきり笑ったあと、カッチが笑い顔のまま右手を差し出してくる。  ビー君……。  『尾藤君』からかなり距離狭まってんじゃんっ。  うおー嬉しいーっ。 「ビー君?」  嬉しいーっ。  って、落ち着けよ俺。 「あ……っと、眼鏡ね。ごめん、すっかり忘れてたよ」  カッチの手に眼鏡を乗せようとしたら、カッチはまた、だけど今度は小さく吹き出した。 「何?」  改めてカッチの手に眼鏡を置いて尋ねてみると、 「ずっと手に持ってたんだろ?忘れんなよ」  眼鏡を掛けながらカッチが苦笑いした。 「ビッチってさ、天然だよな」  ……ムッチまで言うか、それ。 「天然だな。俺に言われるまで1人だけ違う制服なのも気付いてなかったらしいし」 「そりゃスゲェな」  蒸し返すなよ、カッチ。 「だからあれは」 「あと、俺がビー君の学年知ってたのにもなんの疑問も抱いてなかったし」  ムッチの為にもう一回説明しようとしたら、カッチはムッチに視線を向けたまま言葉を繋げた。  …………学年? 「え?カッチ、いつそんなこと言った?」  俺、全然覚えてねぇんだけど……。  ムッチから俺の顔に視線を移したカッチは、細い目を見開いてあからさまに驚いた表情をした。  ……なんでそんな顔すんの? 「言ったじゃん。『2年の下駄箱この裏』って」  2年の下駄箱……?  下駄箱……。 「あぁーっ!あれかぁーっ!」  カッチが言った学年ってのがなんのことだかわかって、すっきりした拍子にデカイ声が出た。  カッチとムッチはそんな俺を凝視して、 「遅っ」  同時に呟いた。 「違うっ。俺は遅くもねぇし天然でもねぇっ。物覚えが悪ィんだっ」 「そんな堂々と言わなくても…」  2人が俺に持ったイメージを破壊しようとしたんだけど、カッチに苦笑いされたことでまんまと墓穴を掘ってたことを知った。  ……いや本当は、自分でも人よりテンポ遅れてんなぁと思う時あるんだ。  でも天然ってのは一々言うことが奇妙な奴のことだろ?  俺はそういう種類の人間じゃねぇぞ。  ねぇけど…………テンポズレてんのは正直なんとかしてぇかも……。 「やっぱ面白ェよ、ビッチ」 「だよな!面白ェよな!」  …………あれ? 「ん?どうした?ビッチ」 「いや……」  曖昧に笑って、俺はムッチから目を逸らした。  ……おかしい。  カッチに笑われっと恥ずかしくなるのに、なんでムッチだと逆手に取れるんだ?  いや、今まで俺は人にツッコミを入れられるたびにそれを逆手に取って、自分のことをネタにしてきた。  今みたいに、テンポズレてる俺って面白ェだろって。  恥ずかしくなるなんてこと、一回だってなかった。  ……ような気がするぞ。  あれ?  なんだコレ。  なんなんだよ、コレは。  ある意味カッチは俺の理想で、でも雲の上の人~ってほど遠くの存在でもねぇから、俺はカッチにあんまカッコ悪ィとこ見せたくねぇのかも……。  ライバル心……?  多分、それだ。  俺は心のどっかでカッチに勝ちたいと思ってる。  さっき会ったばっかの、どんな奴なのかもまだよくわかんねぇ野郎相手に、そんなこと思うなんてスゲェ変な話だけど。 「なぁ、ムー」 「ん?」 「お前、わざと言ってるだろ、ビッチって」 「おやおや、加藤さん。何を言ってるんですかー?」 「おやおやじゃねぇよ」  なんの話だ?  俺のこと話してる? 「ビッチ禁止」 「いいじゃねぇかよ。お前がカッチなんだからビッチで」 「よくねぇよ」  何が『よくねぇ』んだ? 「俺、別にビッチでいいけど」  2人を視界に入れて話に乱入してみたら、最初に目が合ったカッチが口を開いた。 「ビー君、ビッチってどういう意味か知ってる?」 「え?意味あんの?」 「知らねぇか。ヤリマンって意味だよ」 「ああ、ヤリマン。ヤリマンね。ヤリマ…………ってオイ!」  なんつーあだ名付けてくれちゃってんだよ!という意味を込めてムッチを怒鳴り付けたら、 「遅っ」 「それもういいから!ヤリマンってお前っ、イジメか!?転入生イジメか!?」 「失敬なっ。僕は気に入った子をイジメたくなる質なんだよっ」 「イジメじゃねぇか!」 「愛情っ」 「そんな愛情いらねぇ!」  俺が詰め寄ると、その分だけムッチが後ろに逃げる。  だから俺とムッチの間にはずっと同じだけの距離が空いてて、それを縮めようとしてるうちに段々歩幅がデカくなっていって、気が付いたら俺は後ろ向きで逃げるムッチを競歩状態で追い掛けてた。  このまま行ったら校門に逆戻りだ。  ……ってとこまで来ちゃうと、なんかお互い楽しくなってきちゃって、 「愛してるよビッチーッ」 「だからビッチやめろって!」 「いっそもう付き合っちゃう!?」 「無理!アタシ髭マジ無理だから!」  ゲラゲラ笑いながらアホな言い合いをしてた。  マジで校門前のロータリーまで戻ってきちゃった時、急にムッチが高速後ろ歩きをやめた。  あまりにも急だったから俺はそれに合わせることが出来なくてそのままムッチに突進しちゃったんだけど、 「おっと」  と、咄嗟にムッチが俺の両腕を掴んでくれたお陰で正面衝突しないで済んだ。  礼を言おうと口を開いたら、 「このままサボっか、ビッチ」  俺が声を出すより早くムッチが満面の笑みでそう言って、手を離し際に俺の腕をひとつ叩いた。  ……オイオイ。 「カッチがダメだっつってたじゃん」 「カッチ今いねぇし。いいじゃん、サボろうよ」  簡単に言い返されて、そこで初めてカッチがそばにいねぇことに気が付いた。  カッチ、追っ掛けてきてくんなかったのか……。 「サボるとか無理。俺真面目だし」  なんてのは勿論嘘だ。  今日が転入初日じゃなかったら、絶対ェ俺はムッチの誘いに乗った。  でも、必要以上に言い方が冷たくなったのは、カッチが追っ掛けてきてくんなかったのがちょっと寂しかったっつーか……。  仲いいんじゃねぇのかよ、お前等。  あー、サボろうって言ってきたのがカッチだったら普通についてっちゃってたかもなぁ。  ごめん、ムッチ。  俺カッチのほうが好きみてぇ。  髭より眼鏡なんだよ、俺的に。 「そっかぁ、ビッチ真面目だったのかぁ。ノリいいから付き合ってくれっかなって思ったんだけど、まあ、しょうがねぇな」  ムッチは片手で頭を掻きながら残念そうに笑った。  そんな顔されっと、なんだかちょっと悪い気がしてくる。 「サボんのは無理だけど、放課後なら付き合うよ」 「え?マジで?」  ムッチの表情がぱっと明るくなる。  こうも反応いいと嬉しくなるよな。  つかムッチ、髭面プラス悪人面の癖に、表情がコロコロ変わるとこが幼児みたいで可愛いぞ、何気に。  背もちっちゃいし。  とかってムッチに言ったらぶん殴られそうだから言わねぇけど。  しかしだ。  こんだけ反応いいなら、 「ああ、うん、マジで付き合うよ。でもその代わりビッチはやめて」 「わかった。やめる」  試しに言ってみたつもりだったんだけど、あっさり了解されて拍子抜けした。  そのあとムッチは「じゃあ何がいいかなー」って上のほうを見て、顎の髭を撫でながらしばらく考え込んだ。  かと思ったら、案外早く視線を戻してくる。 「下の名前はなんつーの?」 「下?下の名前は真也(マサヤ)だけど……」 「真也か。じゃあマッチ」  また《チ》かよ。 「なんで必ず《チ》なの?」 「わかんねぇ。ノリ?」  言ってる本人もわかってなかったか……。  いやまあ、大した理由ねぇのはわかってたけど。 「つかマッチでしょ」  言いながら、一瞬俺を指差したムッチは、 「で、カッチがトシちゃんなんだよ。利臣(トシオミ)だから。うあークソーッ、俺ヨシオって名前だったらよかったーっ」  いきなり心底悔しそうに頭を掻き毟り出した。  カッチって利臣って名前なんだ。  うん、なんか合ってる。  ……けど、 「マッチでトシちゃんで、なんでヨシオ?」  悔しがってたムッチに聞いてみたら、ムッチは頭に手を置いたまま唖然とした顔で俺を見た。 「……知んねぇの?たのきん」  なんだよ……。  知らなきゃヤベェもんなのか……? 「……知んねぇ」  俺は怖々頷いた。  するとムッチは両手をほっぺたに移してムンクの叫びみたいな顔になる。 「世の中に……たのきん知んねぇ奴がいたなんて……っ」  そんなにもか!  なんなんだよ、たのきんって……! 「ってのは冗談で」  愕然とする俺を置き去りにして、今度は両手をズボンのポケットに突っ込むムッチ。 「たのきんって何!」 「深く考えんな」 「いや、だから!」 「じゃあ放課後また来っから。じゃ」  ポケットから右手だけ出して敬礼したムッチは、その手を俺に向かって軽く振り下ろして回れ右をした。  じゃあじゃねぇってオイッ! 「待てよムッチ!たのきーん!」 「オホホッ、知りたかったら私を捕まえてごらんなさーいっ」  上半身を俺の方に捻ってスキップしながら逃げる髭面…………これは悪夢か!  が、俺は気付いてしまった。  俺達に集中する視線と、あっちこっちで上がってる笑い声に。  夢じゃねぇ!  てか夢にしてくれ!  これまで超地味な人生を送ってきた俺は、確かにずっと目立ちたいと思ってた。  でもこんな目立ち方はイヤァーッ!  つーかっ、 「ムッチ!」 「だから捕まえてごらんなさいって」 「じゃなくて前!」 「前?……イテッ」  ……遅かったか。  前から人来てるって意味だったんだけど、それがムッチに伝わる前にムッチは登校してきた1人の生徒に思いっきりぶつかった。  結構デケェな、ぶつかられた奴。  ムッチがさらにチビッコに見える。  けどぶつかられてノーリアクションって…………いや、なんも言わないだけでめっちゃ怒ってる……?  よく見たらスンゲェ顔しかめてるよ。  つーか、出たよ出た出た。超女ウケしそうなイケメン君。  前髪長くてちょっと顔隠れてるけど、それでもめっちゃ女顔なのがわかる。  けど、あんな造りもんみたいなレベルの顔初めて見たぞ……。  前の学校の女子共とかうちの母ちゃんが見たら、頭のてっぺんからキャーキャー超音波出しそうだ。 「なんだ、グラじゃねぇか。悪ィ」  ムッチがイケメン君の顔を見上げてそんなことを言った。  友達だったのか。  グラってことは、小倉とか、そんな名前?  ……《チ》付けねぇこともあんじゃん、ムッチ。 「あぁ?なんだじゃねぇよチビ」  唐突に、無駄にドスのきいた掠れ声が聞こえた。  ハスキーっつーんだっけ、ああいう声。  てか誰の声?  俺は辺りを見回して、我に返った。  誰も何も、そんなんあの女顔に決まってんだろ。  でもなぁ……。  イマイチ納得いかなくてとりあえず確認と思ってムッチのほうを見たら、女顔がムッチの胸倉を掴み上げてた。 「朝から俺の視界に入ってんじゃねぇぞコラ。ウゼェんだよ」  ……友達じゃねぇー。  てかマジでその顔からその声出てくんのかよ……。  なんか、役者と吹き替えの声が合ってない洋画観てるみたいだ。  微妙にモヤモヤすんだよな、顔と声のイメージが違い過ぎて。  しかもあの巻き舌気味のヤンキー喋り…………語尾にコラって付ける奴、実在してたんだな。  女ウケよさそうなアイドルみたいな顔なのに、中身がチンピラって……。  カッチよりギャップ激しいな……。  それより、こんな朝っぱらの校門前で殴り合いとか始めたりしねぇよな……?  止める自信ねぇぞ俺……。  そうなる前に止めとくか。 「ちょっとちょっと、落ち着けって。ムッチ謝ったじゃん」 「誰だテメェ」  グラは突き飛ばすようにしてムッチから手を離すと、ガン垂れながら俺の目の前まで来る。  うお……やっぱデケェ……。  顔は女みたいだけど見下ろされっとちょっと……。  声も怖ェし……。 「おいお~い。頼むよグラ~。今日来た転入生に絡まないでやってくれよ~」  ……助けに入ったはずが逆に助けられてしまいました……。  そんな自分が情けなくなって俯いたら、グラが鼻で笑うのが聞こえた。  この野郎……っ。  いくら俺がヘタレでもムカツクもんはムカツクんだ。  もう殴られようが蹴られようが構わねぇ。  俺は怒りに任せてグラを睨み上げた。  が、グラは俺のことなんか見ちゃいなかった。  完全にムッチしか見てねぇ。 「武藤。お前、ずいぶんコイツのこと気に入ったみてぇじゃねぇか。どういう風の吹き回しだ。あ?加藤としかツルまねぇお前がよ」 「あらやだ、見てたの?つか、別に僕カッチとだけツルんでる訳じゃねぇし。カッチもそうだよ。僕とカッチより、多分お前とクリケンのが仲いいんじゃねぇかな」  口元は笑ってるけど目が笑ってないグラと、俺と話してた時と同じノリで喋ってるムッチ。  見た感じ、ムッチのほうが余裕ある。  造りもんみたいな顔したヤンキー相手にこの余裕……相当喧嘩慣れしてんだろうな、ムッチ……。  てゆーか…………ムッチって自分のこと《僕》って言うのが普通なのか……?  一見喧嘩っ早そうなムッチがグラの喧嘩を買わないことより、正直そっちほうが驚きだ。 「そういや今日はクリケン一緒じゃねぇんだな。同伴出勤だったろ、いつも」  両手をズボンのポケットに突っ込んだムッチがキョロキョロ周りを眺め始めたら、グラがまたムッチの胸倉を掴み寄せた。 「俺が1人でいちゃ悪ィのかよ。あ?」  ……なんでそうなるよ。  一々喧嘩売んないと気が済まねぇのかな、コイツ。  ぶっちゃけ、あんま関わりたくねぇタイプだ。  ……って思う奴ほど関わんなきゃいけなくなったりすんだよな。  コイツも同じクラスだったら嫌だなぁ……。  ってのんびり思ってんなよ、俺。 「おい、もういい加減……」  言いながら、グラの手をムッチから引き剥がそうと手を伸ばし掛けた時だ。  いきなりグラの後ろから生えてきた手がグラの手首を掴んで、俺がやるより先にムッチからもぎ離した。  いきなり過ぎて、俺は伸ばし掛けた手を空中に置いたまま呆気に取られてしまった。 「遅ェぞ、クリケン」  グラの顔よりちょっと上のほうを見てムッチが笑う。  その視線を辿ってったら、たった今山から下りてきましたよって感じのワイルド野郎にぶつかった。  ロン毛っつーか、不精で伸ばしっぱなしっぽい黒い髪が無造作に跳びはねまくってる。  これで髭生えてたら完璧に山賊だ。  つかグラよりデケェよ、このワイルド野郎。  これがクリケン……?  3年生か……?つか、高校生にも見えないんですけど……。 「テメ……ッ、離せ!」  グラはクリケンの手を振り解こうとしてるんだけど、振り解くどころか腕すらまともに動かせてない。  そんなグラを背後から静かな目で見詰めるクリケンは、グラの腕をガッチリ固定したまま表情も体も動かさないでじっとグラの後ろに立ってた。  ……クリケンって日本語通じない人?  狼に育てられたとか……。  ってのは冗談だけど、そう言われたら信じちゃうかもな。  学ランはとりあえず羽織ってるだけって感じで、下に着てるTシャツは普通のTシャツなのに胸筋が浮き出てる。  でもゴッツゴツのマッチョってんでもなくて、手足が長くてシャープな感じが狼っぽい。  あと、ちょっと日本人離れした彫りの深い顔とか、冷たそうなんだけど怖ェくらいまっすぐな目とかも。  黙って立ってるだけなのに威圧感半端ねぇし。  つか……カッケェ。  グラとツルんでる奴っていうから、きっとソイツも造りもんみたいなアイドル顔なんだろうなと思ってたんだけど、実際のクリケンは190cmくらいありそうなスゲェ男前だった。  男前過ぎてライバル心も湧かねぇ。  絶対ェ勝てねぇの目に見えてるし。 「テメいい加減にしろよケンジ!離せっつってんだろうが!」  クリケンに手首を掴まれたままのグラが盛大にキレ出した。  つか、グラに容赦ないローキックかまされてもちょっと目を伏せて眉間に皺寄せてるだけのクリケンって一体……。  実はロボか?  ロボなのか?  いや、ロボなら眉間に皺寄せねぇか。  それにやっぱ痛ェみたいで、クリケンはグラの顔をちらっと見た……ってかクリケン、グラのこと殺しそうな目してるんすけど……。 「なんだよ、その目は。やんのかコラ」  クリケンにおっそろしい目で睨まれたグラは、お互いの鼻の頭がくっつきそうなくらいクリケンに顔を近付けて、楽しそうに笑った。  ムッチとカッチもだけどさ、お前等仲いいんじゃねぇのかよ!  ……って、楽しそう?  なんの見間違いでもない。本当に楽しそうだ。  クリケンにあんな目で睨まれたら、俺なら絶対チワワみたいにプルプル震えてる。  なのにああやって笑えるってことは…………仲がいいってことなのか?  でもそれでクリケンは怖ェ顔じゃなくなったものの、そのままグラから目を逸らした。  で、またグラがキレオーラを放出しそうになった直前、クリケンは掴んでたグラの手首を逆手に持ち替えて、力任せにグラを引き寄せて自分の後ろに回した。  えらい簡単に振り回されたな、グラ。  そんなに体重軽いのか?  それともクリケンの腕力がスゲェのか? 「テメ……ッ」  グラがまた怒鳴り声を上げ掛けた時、 「……悪かったな」  ボソッと一言、クリケンはムッチに向かって呟いて、グラを引きずって歩き出した。 「おう」  ムッチは脇を抜けてくクリケンに返事をして2人を見送った。  そのあとからずっと聞こえっぱなしのグラの怒鳴り声が段々遠くなってく。  ……どういう関係なんだ、アイツ等。  そんなことを思いながら声と一緒に小さくなる2人の背中を眺めてたら、 「……怖かったぁ」  ムッチがデカイ息を吐き出した。 「え?」  なんかの聞き間違いかと思って聞き返したら、 「いい奴等なんだけど怖ェんだよなぁ、アイツ等」  ムッチは俺を見て苦笑いした。 「怖ェって、ムッチ普通に喋ってたじゃん。つかムッチ、スゲェ喧嘩慣れしてそうだったんだけど」 「あー、そう見える?よく言われるんだけどさソレ、なんでなんかねぇ。僕、超暴力嫌いだし、超平和主義なんだけどなぁ」  ムッチの苦笑いが濃くなる。  なんでかねって……100パーその悪人面のせいだと思うけど……、 「人を見た目だけで判断しちゃダメってことか。グラも顔だけならあんな凶暴な奴に見えねぇもんなぁ。……つか、ぶっちゃけ苦手だ、ああいうタイプ」  本音を零したら、ムッチの苦笑いが微妙に優しい笑顔に変わった。 「アイツ、口は悪ィけどさ、根はいい奴なんだ。嫌わねぇでやって」  あんな態度取られてそんなこと言えるなんて……。  お前のほうこそいい奴だよ、ムッチ。 「でも俺、顔合わせるたびに喧嘩売らるとかマジ勘弁なんだけど。ムッチみたいに胸倉掴まれたりとかさ」 「いや、大丈夫っしょ。そこまでしねぇと思うよ、アイツ。単にアイツは僕のことが嫌いなだけだから」 「え?」  ……突っ込んで聞いちゃ悪いよな。  話題変えよう、話題。  と思った矢先、笑ってるような困ってるような顔でムッチがひとつ溜め息を吐き出して、俯きがちに肩を竦めた。 「取っちゃったんだよ、僕。アイツがずっと片想いしてた奴」  …………そういうことでしたか。  なるほどね。女絡みか。  長いこと好きだった子取られたら、そりゃ根に持つかもな。  特にグラの場合、相手は誰でもとにかく喧嘩吹っ掛ける理由が欲しい奴なんだろうし。  でもずっと片想いって、ああ見えて純情なのかグラ。  ちょっと好感度アップだ。  その代わり、 「ヒデェな、ムッチ。好感度下がったわ」 「いや、違うんだってっ。全部グラの勘違いなんだよっ。僕はソイツのことただの友達としか思ってねぇしっ」 「どうだかー」 「ホントだってっ」  ムッチは必死に言い訳してきたけど、俺はカッチが言ってたこと覚えてるぞ。  ……あ、いや、本当は今思い出したんだけど、ムッチが2階から飛び降りる前に「カノジョと別れた」って言った時、カッチは「またかよ」って溜め息ついたんだ。  多分ムッチは、(あえてこう言わせてもらうけど)見た目通り、かなり遊んでて、女癖も悪ィんだろう。  それじゃあ友達っつったってなんのトモダチだかわかりゃしねぇよな。 「ムッチにとっては友達でも、グラにはそう見えなかったんだろ?どんだけ友達とイチャイチャしてんだよ、ムッチ」 「だからっ」  懲りずに食い下がってきたムッチの声を、その時を狙ったみたいに鳴り響いた予鈴が掻き消した。  あ、前の学校とチャイムの音違うぞ。  なんか変な感じだ。  …………予鈴? 「うあっヤベッ!俺職員室行かなきゃいけなかったんだ!」  ってことに気付いてムッチに言った時、予鈴はとっくに鳴り終わってた。 「遅っ。今マジで『なんだコイツ、半笑いでチャイムに聴き惚れてるよ。怖ェ』って思っちゃったよ」 「前の学校と違う音だったんだよ!つか遠慮ねぇーっ!」 「遠慮なんかしねぇよ。する意味ねぇじゃん、もう」  そう言って微笑んだムッチに、俺はちょっと涙が出そうになった。  髭より眼鏡だとか思ってごめん、ムッチ。  君は俺の心の友だ。  ムッチ……俺は今、君のためにドラム缶が積んである空き地でリサイタルを開きたい気分だよ。  自慢じゃねぇけど俺、マジで歌上手いんだ。  ジャイアン並に。  ……とりあえず、放課後カラオケとか言われたらソッコー逃げるとして、 「じゃあ俺も遠慮しない」  俺はムッチに微笑み返した。 「職員室まで連れてけ」  場所覚えてねぇので。  そんなこんなで俺は遅刻しないで済んだ。  持つべきものは心の友だ。  時間ギリギリだったから、初日でこれじゃ先が思いやられるって担任の先生に苦笑いされたけど。  因みに、先生の名前は木田保夫という。  教室に入る前、俺はドア枠の左上に貼っ付けてあった学級担任の札を見てそれを知ったんだけど、それと同時にあるひとつの謎を解くことが出来た。  保夫=ボブ  ……保夫がボブの正体だった。  で、結局ムッチは今日1日俺と一緒に仲良く授業を受けた。  サボリの常習犯でほとんど教室にいないらしいムッチを出席させたことで、俺はカッチからお褒めの言葉をいただき、ほかのクラスメイト達からも拍手喝采された。  それで新しいクラスにもすんなり馴染むことが出来たんだけど、これもやっぱムッチのお陰だな。いろんな意味で。  ちょっと時間を遡って、俺が教壇の上からクラスメイト達に挨拶をしたSHRが終わって、ボブが教室を出てってすぐのこと。 「まさか《保夫》で《ボブ》だったとはねぇ」  物珍しそうに集まってきたクラスメイト達に取り囲まれて拍手喝采されたあと、俺は前の席の机に浅く腰掛けてたカッチを見上げて呟いた。 「何年か前の先輩が付けたらしくてさ、俺等が入ってきた時からボブって呼ばれてたよ」  答えたのはカッチじゃなくて、椅子に座って俺とカッチの間にいた奴。  今カッチが座ってる机を普段使ってる奴で、要するに俺の前の席の奴だ。  名前、なんつってたっけな……。 「尾藤君尾藤君っ。尾藤君がいた学校って共学っ?」  横から唐突に声を掛けてきたコイツは……えーっと……。  まあいいか。  あとでこっそり名前確認しとこう。 「うん、共学」  俺が頷くと、野郎共が野太い歓声を上げた。  何事だ……!? 「尾藤君っ、前の学校の女子に一緒に遊ぼうって声掛けてよ!」 「俺はとりあえずLINEでいい!女子のLINE教えて!出来れば150cmくらいのちっちゃくて可愛い子!」 「巨乳!巨乳で可愛い子!俺巨乳の子がいい!」 「芸能人みたいに可愛い子とかいた!?美人でエロイ先生とか!」 「前の学校の女子じゃなくてもいいよ!尾藤君、姉ちゃんか妹いない!?いたら紹介して!」  いろんなところから声がして、もう誰が何言ってんのかわかんねぇ。  てかここ『イケメンの宝庫』だよな?  確かに見た感じ女ウケよさそうな顔の奴多いのに、なんでそんな飢えてんの!?  男子校ったってずっと学校にいる訳じゃねぇだろ!?  学校から出れば女なんかいくらでもっ…………ああ、あれか、知らない学校にはスゲェ美少女がいるかもしんないっつー期待ってか幻想ってか。  わかるよ、みんな。  男ってのは果てしないロマンを追い求めるもんだよな。  けど、 「待ってよ!ちょっと待てって!俺、女子にキモがられてたから紹介出来ねぇし、姉ちゃんも妹もいない!ごめんね!」  俺は座ったまま周りにいる奴等全員の顔を見るように首を動かして声を張り上げた。  ……で、なんでいきなり黙るんだよ。  女紹介してもらえなくてそんなにガッカリか。  ガッカリだよな。  同じ立場だったら俺もガッカリだ。 「……尾藤君はバレバレの嘘つくくらい俺等に女紹介したくねぇらしい……」 「きっと前の学校でハーレム築いてたんだろうな……。全員俺の女だから紹介したくねぇってことか……」 「羨ましいよな……」 「1人でいい!分けてくれ!」  なんでそうなるんだよ! 「嘘じゃねぇって!俺、ホントにキモがられてたんだよ!あだ名《変質者》だったんだよ!ハーレムどころか1人も寄ってこなかったよ!」  ……これは嘘。  1年の時は俺にもカノジョがいた。  細くて色白で、ぱっと見おしとやかなお嬢様系なんだけど喋ってみるといい感じにハジケてる、クラスで一番頭いい眼鏡の子だった。  2年になってすぐ「真也のテンポについてけない」ってフラれてから、俺はヤケになって《変質者》になったようなもんだ。  ぶっちゃけ、未だに彼女のことが忘れられない。  何せ俺の理想そのものの子だったから。 「お前等あんまビー君いじめんなよ」  カッチが笑いながらそう言って俺を助けてくれた。  色白眼鏡……。  ……カッチが女だったらなぁ……。  てか俺、男も女も好きなタイプ一緒?  試したことねぇからわかんねぇけど、実は男もオッケーとか……。  いや、でも流石にカッチとヤりてぇとは思わないし、それはねぇだろ。 「ん?何?ビー君。俺の顔になんかついてる?」  オバチャンが失神しそうな微笑みで尋ねられて、なんだか俺はスゲェ罪悪感を覚えた。  カッチ、変なこと考えてごめん。  でも、ボクも男な訳で。 「カッチ、姉ちゃんか妹いない?」  念の為、本当に念の為聞いてみたら、カッチはほんの少し目を見開いた。  そしてまた周りがざわつき始める。  ……なんだよ。  お前等と同じで俺だって夢見たいんだよ。  てか……聞いちゃマズかったのか……? 「マーサーヤッ」 「うおっ」  いきなり誰かに背中に乗っかられて、思わず机にしがみついてしまった。  ちょっと振り返ってみたら、めっちゃ近くにムッチの笑顔があった。 「な、何?ムッチ」 「真由子は僕んだから手ェ出さないでねー」 「真由……?」  誰?  唐突に出てきた女の名前に眉を寄せると、 「俺の妹」  投げやりに呟くカッチの声が聞こえた。  と思った途端、 「なんだよムッシューッ、俺真由ちゃん狙ってたのにーっ」 「ありえねぇーっ、なんでムッシュなんだよーっ」 「落ち着けよ、あの可愛い真由ちゃんがこんな髭男選ぶ訳ねぇって」 「おいムッシュッ、真由ちゃん俺のこと好きって言ってたんだぞっ。横取りかよ、汚ェッ」  横取りって、まさか……。  グラがずっと片想いしてたのってカッチの妹?  この状況からして真由ちゃんはみんなのアイドル的存在で、グラもコイツ等同様真由ちゃんのことが好きだったんだ。  そんな真由ちゃんをムッチがかっさらってったと。  友達としか思ってねぇとか言ってた癖に『僕の』かよ。  これじゃグラがキレんのも無理ねぇよな。  つか……、 「残念でしたー。真由子はずっと僕のことが好きだったんだよ。お前に好きっつったのはただのリップサービスだ」 「信じられっか、そんなんっ」  グラだけじゃねぇじゃん、敵。  ムッチ、ほかでもたくさん女絡みで怨み買ってそうだな……。  でも、真由ちゃんに好きって言われたらしい奴は、グラみたいな女顔じゃねぇけど立派なアイドル顔だ。  真由ちゃんって面食いなんじゃねぇのか?  だったらムッチよりグラ選ぶだろ、どう考えたって。  ムッチとグラと真由ちゃんの間で何があったかは知んねぇけど、なんか結構ゴタゴタしてんのかも……。 「何言ってんだよ、ムー。お前、真由子に嫌われてんだろ」  今までみんなのやり取りを黙って見てたカッチが呆れ気味に言うと、ムッチは息を詰めてカッチを見た。 「それ言わないでよ」  嫌われてるってのはどうやらマジらしい。  その辺りがグラの勘違いに繋がるのか?  クラスメイト達は真由ちゃんがムッチのもんだってのが嘘だってわかって大喜びしてるけど、グラはさっきみたいなムッチの冗談を素直に信じちゃったのかもな。  けど、真由ちゃんはほかのアイドル顔のことが好きで…………あれ?  もしかしてグラ、真由ちゃんのこと陰からこっそり見てただけ?  ちょっとでもグラが真由ちゃんに顔見せてたら、真由ちゃんは間違いなくグラを選んだはずだ。  悪いが真由ちゃんに好きって言われたらしいアイドル顔は、グラと比べると普通過ぎる。  グラの顔はガチで造りもんみたいだし、なんつーか……なんで男に生まれてきちゃったんだろうなって顔だからな。  女はそういう顔のが好きだろ、絶対。  どんだけ純情なんだよ、グラ。  スゲェ可愛いじゃねぇかよ。  そんななら同じクラスでもよかったかも……って、グラって何組だ?  あとクリケンも。 「あのさ、ムッチ」  グラとクリケンのクラスを聞こうと思ってまだ近くにあったムッチの顔を見たら、いきなり抱き締められて頬擦りされた。 「髭痛い髭痛いっ」 「いいんだ、僕にはマサヤがいるから」 「だから髭痛ェってのっ」 「真由子に嫌われて傷付いてる僕を慰めてくれよ、マサヤ~ン」 「オジサンッお髭が痛いっ、お髭が痛いのっ」  こうして俺は1限目が始まるまで、みんなに大爆笑されながら髭地獄の苦しみを味わった。  ムッチがみんなから《ムッシュ》って呼ばれてる理由を知ったのは、1限が終わったあとの休み時間。  武藤修作だからムッシュなんだとか。  そのまんまと言やそのまんまだけど、面白いあだ名付けるよな。  で、いつの間にか俺は《マサヤン》になってた。  名付け親は勿論ムッチだ。  前の学校の友達にもそう呼ばれてたし、ムッシュに比べたらかなり普通だけど《ビッチ》より遥かにマシだ。  それで放課後、俺は約束通りムッチに付き合うことになったんだけど、カッチと、前の席のヤマチーと、真由ちゃんに好きって言われたらしいアイドル顔のサッカ(山内と酒井って名前だった)も一緒に来て、男5人でマックに行った。  アイドル顔のサッカのお陰か、みんなが着てる『イケメンの宝庫』の制服のお陰か、周りの女性客達にチラチラ見られたりしてちょっと気分よかった。  あの面子だったらやっぱサッカだよな。悔しいけど。  で、マックで話したことっつーと、ボブのこととか俺が前いた学校の面白い先生のこととか。  それと、グラとクリケンのこと。  俺がグラとクリケンのクラスを知りたくて話題を振ったら、ヤマチーとサッカからちょっと意外な話が聞けた。  まず、グラとクリケンの本名は倉原明と栗村健司。  2人は1年の時から同じクラスで、しょっちゅう一緒にいるから『グリとグラ』って呼ばれることもあって、グラが《クラハラ》なのにグラってあだ名なのはそのせいなんだとか。  グラは入学当時からヤンキーだったみたいだけど、その頃のグラは今のムッチくらいの身長で、声も男にしては高めの可愛い声だったから、どっからどう見ても女の子……つか完璧に美少女で、そんなグラをからかったりちょっかい出す奴が大勢いたらしい。  そのたびにクリケンが出て来てグラに群がる奴等を追っ払ってたこともあって、1年の時は『姫とSP』とか言われてたりもしたんだそうだ。  でも自分の女顔と、それでからかわれることと、クリケンに庇われることをめっちゃ嫌がってたグラは、どうやったのか自分で自分の喉を潰したらしい。  流石にそこまでやる奴をからかえねぇってのと、グラの身長が1年で10cm以上伸びたことも合わさって、グラを女の子扱いする奴は激減したとか。  グラのあの、顔と合ってない声にはそういう理由があるって知って超ビビったけど、俺はまたちょっとグラのことが好きになった。  カッコイイじゃん、グラ。  男前のクリケンといいコンビだ。  ただ、ヤマチーとサッカがその話をしてた間、カッチとムッチの口数が異常に少なかったのが微妙に気になった。  カッチとムッチは本人がいないとこでソイツの話をすんのがあんま好きじゃないみたいだ。  今までヤマチーとサッカみたいなベシャリな奴と付き合ってきたせいか、何気にカッチとムッチのそういうとこがカッコよく見えた。  マックでしばらく喋ってヤマチーとサッカが用事あるってんで帰ったあと、これからどうしようかって話になった時、 「こっからウチ近いんだけど、来る?」  カッチのその言葉に俺は即頷いた。  噂の真由ちゃんに会えっといいなー。

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