5 / 41

第5話

「歌いたがらねぇ奴ほど上手かったりすんだよなー」  とかカッチとムッチに言われながら、結局俺はカラオケに強制連行された。  カラオケ嫌いの奴の中にはね、確かにそういう奴もいるよ。  でも俺は自慢じゃねぇけどマジで音痴なんだ。  それに気付いたっつーか気付かされたのは小5の時。  音楽の授業のあと、隣の席の女子に「尾藤って歌下手だね」って言われて、俺は自分が音痴だってことを知った。  しかも俺はその女子のことが好きだった。  好きな子から自分の欠点を指摘されたんだ。トラウマにもなるだろ。  例えその子が眼鏡を掛けててもだ。  どんなに眼鏡に憧れを抱いてても「眼鏡族になら何を言われてもいい!」って思ってる訳じゃねぇからな、俺。  とにかく。  それからはもう人前で歌うのが恥ずかしくて……なんて思って歌わないでたら、歌うこと自体が怖くなった。  音楽の授業で歌のテストがある日は朝から憂鬱で、嫌過ぎて腹痛くなって保健室で寝てたこともある。  合唱なんかは勿論口パク。同級生達からカラオケに誘われてもずっと断ってきた。  だから今日、今この時が人生初のカラオケだった。  初カラオケの感想は…………腹痛ェ。  とりあえず中に入ってソファに座って、カッチとムッチに愛想笑いしてやり過ごしてるけど…………腹痛ェ。  もう2人が何話してんのかも耳に入ってこねぇ。  なんかデコと背中に冷えた汗浮いてるし……。  やたら唾も湧いてきて、それを飲み込むのもしんどい。  歌のテストの悪夢再びだ。  ムッチがカラオケ行こうなんて言い出さなきゃこんなことには……。  ……ムッチ、呪ってやる。  それでも帰んねぇのは、隠れマッチョのカッチともうちょっとだけ一緒にいたいからだ。  恋愛対象として好きだって自覚しちゃうと、カッチのことが気になって仕方なくて、1秒でも長くカッチのこと見てたいなぁなんて…………激烈キモイな、俺。  つか、カッチが着痩せするマッチョだったのはぶっちゃけショックだった。  オッパイはあったほうがいいとは思ったけど、それは立派な胸筋のことじゃねぇですよ、神様……。  細くて色白で眼鏡、それが俺の好みのタイプだ。  間違ってもマッチョじゃない。  でも、俺の中でカッチの筋肉はマイナスにならなかった。  ……プラスにもなってねぇけどな。  俺はカッチがマッチョだったのが嫌なんじゃなくて、カッチよりあからさまに細ェ自分が嫌なんだ。  俺、体育の授業くらいでしか体動かさねぇし、筋肉なんかねぇもんな……。  たった今、ノリノリで『青春アミーゴ』歌い出したカッチとムッチを見て、ふと思い出す。  クリケンは見るからにだけど、グラも空手やってたってことは結構いい体してんだろうな。あの顔で。  ムッチは見た感じ細そうだけど、何気に腕力スゲェからきっと中学時代に体育会系の部活かなんかやってたんだろうし、当然筋肉あるよな。  …………筋肉は筋肉を呼ぶのか?  つかなんでみんなそんな鍛えてんだよ。  筋肉ない俺がおかしいみたいじゃねぇか。  前の学校じゃ細ェ奴のが多かったし、細ェ奴ほど女子にモテてた。  モテなかった俺ですら、いきなり数人の女子から「尾藤君って細いよねー。羨ましいー。ウエスト何cmー?」とかキャイキャイ騒がれて聞かれたことがある。  その女子達が言うには「細い腰ってなんかエロイ」んだそうだけど、「羨ましい」ってことは女基準の話な訳で、そんなんで「細い」とか「エロイ」とかって言われても俺男だし、とにかくリアクションに困った。  でも実際、細ェほうがモテるからってダイエットしてる男もクラスに何人かいたし、体育会系筋肉野郎は女子にちょっとキモがられてた。  ……カッチ、あんま筋肉つけ過ぎっと女にキモがられんぞ。  特に真由ちゃんに。  髭がダメならマッチョもダメだろ。  いや、そもそもカッチは白蛇様だし、若い女にはウケないタイプな気もする。  ……俺の敵はオバチャンか。  とか考えながら、俺はカッチに渡されたタッチパネルの……名前知んねぇけど、ソレで曲を探すフリして延々ソレの画面をつつき続けた。  そんなこんなで2時間。  やっぱ俺にとっては悪夢の2時間だった。  ……なんて。  本当は楽しかったんだ、意外にも。  まずムッチは山本リンダを完コピする。  いや、実は俺、その人のこと全く知らなくて、ムッチが突然異様なテンションで踊り出した時、マジでなんかに取り憑かれたんじゃねぇかと思ってギョッとした。  そしたら突然横から肩を叩いてきたカッチが、俺の前に自分のスマホを横向きで見せてきて。  その画面には、ムッチと全く同じように歌って踊る女の人が映ってた。  それでムッチがその人の真似してるんだってわかったんだけど、映像めちゃくちゃ古いし、なんでこの人の真似?って、歌い終わったムッチに聞いてみたら、 「リンダはパワーがヤベェ」  って、真顔でよくわかんねぇこと言われた。  とにかくパワーがヤベェらしい。  で、カッチのほうはと言うと……やたら古い歌ばっか歌う。  ムッチもだけど、マジ昭和。  カッチは「自分の声に合った歌探してたらムード歌謡にたどり着いた」とか言ってた。  うん、カッチの無駄にいい声に合ってると思うよ。  思うけど…………古過ぎじゃね……?  いや、もしかしたら俺が知らねぇだけで、カラオケで昭和の歌歌うの流行ってんのか?  サッカとヤマチーもこんな感じ?って2人に聞いてみたら、 「アイツ等は流行りの歌しか歌わねぇ」 「俺とムーとカラオケ行くと場末のスナックみたいになるからやだってさ。誘っても来てくれなくなったし、誘われもしなくなった」  2人はそう言って肩を落として俯いた。  場末のスナックとは?って思ったけど、なんかきっと高校生的には絶対イケてないやつなんだろうな。語感的に。 「そんな落ち込むなよ。俺は2人に付き合うからさ」  ……言っちゃった。  カラオケ嫌いのこの俺が、ガックリうなだれてる2人見て、つい。  で、リンダの曲をヤケクソ気味に絶叫状態で歌い出したムッチとカッチに釣られて、なんか俺も気付いたら一緒に声張り上げて歌って踊ってた。  それがめちゃくちゃ楽しくて、俺は人前で歌うのが怖くなくなった。  つか自分でもビックリなんだけど、ちょっと癖になりそうだ。  歌うことがどうとかじゃなくて、3人で騒ぐのがとにかく楽しかったんだよな。  それに気付かせてくれたリンダ、マジありがとう。

ともだちにシェアしよう!