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第6話
転入して1週間。
今は俺もみんなと同じ学ランだ。
外見だけじゃなくて、俺自身も新しい学校に馴染めてきたと思う。
ここに来てすぐの時「しばらくブレザーでいたい」って思ったのが嘘みたいに、今ではみんなと同じ学ランを着れたことがぶっちゃけ嬉しい。
で、学ランを着崩してねぇのはカッチの真似。
カッチのことが好きだからってのもあるけど、初めてカッチに会った時、着崩してねぇ学ランがマジでスゲェカッコよく見えたんだ。
でもカッチみたいに学ランの下にワイシャツ着んのはかったるくてTシャツを着てる。
やっぱTシャツのが楽だし、周り見てもワイシャツ着てる奴なんてほとんどいねぇしな。
それに、ずっと母ちゃんと二人暮しで家事一切を請け負ってる俺的には、ワイシャツって洗濯もアイロン掛けもめんどくて、ブレザーん時から「ワイシャツ着なくていいなら絶対ェ着ねぇのに」って思ってたし。
「え?まだ1週間しか経ってなかったっけ?なんかずっと友達な気がすんだけど」
机をひとつ挟んだ俺の目の前で、椅子の背凭れを前にして座ってたムッチがイチゴ牛乳のパック片手に笑う。
昼休み、ムッチとカッチと一緒に教室で弁当食ってて、俺が何気なく「今日でちょうど1週間」って言ったあとのことだ。
「それ俺も思ってた。ビー君とは妙に気が合うんだよな」
斜め前でサンドイッチ食ってたカッチにまでそんなこと言われて、ただでさえ照れ臭かったのが余計に照れ臭くなった。
でもムッチん時とは完全に別の意味で。
今スゲェ顔熱いんだけど。
赤くなってるよな、確実に。
変なツッコミ入れられる前になんか言っとこう。
「俺もそうなんだけどさ……そんなこと言われたの初めてだよ。マジ照れる」
俺は半笑いで答えて少し視線を落として、弁当の玉子焼きを口に入れた。
「ビー君、俺前から思ってたんだけど」
いきなりカッチが俺に向かって言ってくる。
バレたのか!?
「何?」
自分でもビビるくらい落ち着いた声を出せたけど、頭ん中はパニック状態だ。
バレてたらどうすりゃいいんだよ。
好きだって言やいいのか?
今ここで!?
とかって1人で焦りまくってたら、
「旨そうだよね、弁当」
カッチは机の上にある俺の弁当箱を眺めて言った。
……なんだ、弁当か。
「ビー君のお母さんって料理得意?ビー君毎日弁当だし、うちの母親料理なんかろくにしねぇからスゲェ羨ましくてさ」
「僕もお袋の味なんかとっくの昔に忘れたな」
苦笑いのカッチとムッチは、言われてみりゃ毎日買ってきたもんを食ってる。
でも俺の弁当だって似たようなもんだ。
「作ったのは玉子焼きくらいで、おかずほとんど冷食だよ?」
「それでも《手作りの弁当》ってのがいいんだよ」
カッチが言うと、腕組みしたムッチが無言で何度も頷いた。
《手作りの弁当》か。
「なんなら2人の分も作ってこようか?マジでほとんど冷食だから大して手間掛かんねぇし」
言ってみたら、カッチとムッチは俺の顔を見て固まった。
流石にそこまでする必要ねぇって……?
余計なこと言ったな俺……。
「ビー君が作ってんの?お母さんじゃなくて?」
ああ、そうか。
2人は母ちゃんが弁当作ってるって思ってたんだっけか。
「うちの母ちゃん気が向かなきゃ料理しねぇし、しても微妙だから自分で作ったほうがマシっつーか……」
俺にとって弁当作りや家事は最早習慣なんだよ。
習慣になり過ぎて実は俺も《お袋の味》を忘れ掛けてんだけど、母ちゃんの代わりに主婦やってますなんてカッコ悪ィから内緒だ。
「へぇ、マサヤンって料理すんのか。よし、結婚しよう」
とか言って、ムッチがわざとらしい真顔で身を乗り出してくる。
「なんでだよ。つかムッチ……グラはどうしたんだよ、グラは」
俺も机の上に身を乗り出して、ムッチに顔を近付けて小声で尋ねた。
ここ教室だし、周りに人いるし、あんま大声で話せることじゃねぇし。
そしたらムッチは困ったように眉を寄せて目を逸らした。
「いや、それはさ……」
「目ェ見て話しなさい、目ェ見て」
「いや……グラになんて言やいいのかわかんなくてさ……」
「だから目ェ見ろって」
俺のほうを見ないムッチに言い続けたら、ムッチは睨むみたいにして俺を見てきた。
……怖ェ。
マジで怖ェ。
やっぱ目付き悪ィよ、ムッチ。
地顔はカワイイ系美少年のはずなのに……っ。
「グラだってなんも言ってこねぇのに、どうすりゃいいっつーんだよ。『お前、僕の事好きだろ』って言やいいのかよ。言える訳ねぇだろ」
俺にガン垂れたまま、ムッチは指でつまんだ黄色いなんかを食い出した。
で、ガン垂れたままボソッと、
「玉子焼きおいしいです」
「さりげに食ってんなよっ」
俺は慌てて弁当箱を持ち上げてムッチから遠ざけた。
「ごめん、マサヤン」
大袈裟にしょんぼり肩を落として謝ってきたムッチが、イチゴ牛乳のパックを両手で持って差し出してくる。
「お詫びにこれを。あんま残ってないけど」
「意味ねぇじゃん。つかパック捨てに行くのめんどいだけだろ、ムッチ」
弁当箱を机の上に戻して呆れ気味に言ってやったら、ムッチは目をかっぴらいて俺をガン見してきた。
「マサヤンの癖に鋭い……っ」
「癖にとか言ってんな。ジャイアンかよ」
「マサヤンの癖に生意気だぞーっ」
「はいはい」
ご丁寧にもジャイアンの真似をし出したムッチを軽く流して、俺は食い掛けの弁当を片付けるために箸を握り直した。
「で、グラのことはどうすんだ?ムー」
箸ですくった米を口に入れた時、呟くみたいなカッチの声がした。
そうだよ、グラだよ。
箸をくわえたままムッチを見たら、顔だけカッチのほうに向けてたムッチが困り果てたように目を伏せた。
「だから……」
「ほっといても向こうから突っ掛かってくんだろ?なんで怒ってんだよって聞きゃいいじゃねぇか」
……簡単過ぎだろ、カッチ。
そんなんでいいならムッチだってとっくに聞いてんじゃねぇの?
「あ、そっか。先に言えよ、それ」
聞いてなかったのかよっ。
「じゃ、グラんとこ行ってくるわ」
早っ。
イチゴ牛乳のパックを残して教室から出てくムッチを呆気に取られて見てたら、
「あの調子じゃ振れねぇな」
ムッチが出てった開けっ放しのドアのほうを見ながら、カッチが苦笑いで呟いた。
「かもねぇ」
俺も釣られて苦笑いしてしまう。
考え過ぎたのかなんなのか、ムッチは怒ってるグラに「なんで怒ってんだ?」って見たまんまのことも聞けなかったくらいだ。
遠慮して聞けねぇとかって仲でもねぇだろうし、グラのこと怖ェとは言ってたけど見た感じ普通に喋ってたし、聞けねぇ訳でもねぇだろうにな。
マジで考え過ぎてそんな単純なことも思い付かなかったんなら、もしグラに面と向かって告られたらまた悩んで結局振れねぇんじゃねぇのか?
友達として、ではあるけどグラのことかなり好きだしな、ムッチ。
好きって言や、カッチもムッチとグラのことスゲェ好きだよな。
2人のこと気に掛けて、アドバイスまでしてやって…………カッチってホントいい奴だなぁ……。
「何?ビー君」
声を掛けられて我に返る。
マズイ。
無意識にカッチの顔を見詰めてた。
しかもニヤケ顔で。
……明らかに怪しいだろ。
男子校でも《変質者》かよ、俺……。
「いや、ムッチのこともグラのことも心配してさ、カッチっていい奴だなぁって思って」
下手にごまかすより、つーかこれは別にごまかさなくてもいいかと思って俺は素直に言った。
そしたらカッチはちょっと目を細めて、
「俺、きっとビー君が思ってるほどいい奴じゃねぇよ」
顔は笑ってるけど声はマジだ。
いつものカッチなら「そうなんだよ。俺っていい奴なんだよ」って冗談っぽく言いそうなのに。
どうしちゃったんだよ、いきなり……。
「グラいねぇよ!」
俺が不安になってたとこにムッチが戻ってきた。
早足で俺の目の前まで来るなり、ムッチは俺とカッチの肩に手を置いてくる。
「一緒に探してっ」
「なんだよ、ムー。別に今じゃなくても会った時言やいいだろ」
「僕は今って決めたんだっ。会うまでずっとモヤモヤしてんのやなんだよっ。頼むよ、一緒に探してくれよっ」
「やだね。面倒臭ェ」
カッチはやたら必死なムッチの言葉と手をあっさり払い除けた。
そういやカッチってムッチに対して妙にドライなとこもあるよな。
『ヒントはやるけど答えは自力で探せよ』みたいな感じっつーか、最後までは面倒見ねぇぞっつーか。
ああ、俺が思ってるほどいい奴じゃねぇってこういうことか。
でもカッチはそんな自分を冷てぇ奴とか思ってんのかもしんないけど、なんつーか不器用な頑固親父っぽい。
口では突き放すようなこと言うけど内心子供のこと心配してる、ドラマでよく見る父ちゃんみたいなんだよ、なんとなく。
やっぱいい奴じゃねぇか、カッチ。
なんて思ってたら、
「わかった、カッチはここにいろ。マサヤン行くぞっ」
ムッチに腕を掴まれて無理矢理引っ張られた。
相変わらずのスゲェ力に椅子から腰が浮く。
「え?ちょ……っ!俺まだ弁当食ってんだけど!」
「あとで食えっ。今はとにかくグラ探すんだよっ」
ムチャクチャ過ぎだムッチ!
そんな俺の心の叫びなんか当然聞こえないムッチは、俺の腕を掴んだままガンガン歩いてく。
俺はムッチに引きずられながら、助けてもらおうと思ってカッチを振り返った。ら、カッチは胡散臭い笑顔でロイヤルファミリーみたいに手を振ってた。
いい奴じゃねぇってこういうことか!
これが真実か!
でもな、この程度じゃ嫌いになんかなんねぇから覚悟しとけよ!カッチ!
廊下に引きずり出されてようやく解放された俺は、腕組みしてムッチを見た。
「探せったってグラが行きそうな場所なんかわかんねぇよ、俺」
「学校中探し回れば見付かんだろ」
投げやりに言ってみたらもっと投げやりな答えが返ってきて、俺は流石に呆れ果てて溜め息をついた。
「そりゃ学校中探せば見付かんだろうけどさぁ」
「教室以外な。マサヤン、今スマホ持ってる?」
「ああ、まあ」
「じゃ、見付けたら電話して。よーい、ハイッ」
とかって1回手を叩いたと思ったら、ムッチはさっさと俺に背中を向ける。
「おいおいおいおい!」
俺は慌ててムッチの腕を掴んで引き戻した。
「スマホっつーならグラのスマホに電話しろよっ。今日来てねぇかもしんねぇじゃんっ」
「来てたよ。朝見たもん。つかアイツ、スマホ持ってねぇから。あ、グラより先にクリケン見付けたらクリケンにグラがどこいっか聞いて。じゃ、よろしく!」
早口で一気に言ってムッチは走ってった。
……教室戻って弁当食おうかな。
ムッチにはあとで「探したけどいなかった」って言えば…………カッチにバラされそうだな。
食後の運動ってことで適当に歩き回ってみるか。
弁当、半分しか食ってねぇけど。
そんな訳で、俺はムッチとは反対のほうに行ってみることにした。
クリケンに聞けって、俺クリケンと話したことねぇし、声掛けんの怖ェんだけど……。
グラより先にクリケンと会ったりしませんように。
つか、クリケンもスマホ持ってねぇのかな。
持ってたらムッチも一番にグラのいそうな場所聞いてそうだし、やっぱ持ってねぇんだろうな。
2人ともスマホ持ってねぇんじゃどうやって連絡取り合ってんだろ、グラとクリケン。
不便じゃねぇのかな。
とにかく、グラがいそうな場所…………ヤンキーっつったら体育館裏か?
マジで体育館裏にいたらちょっと笑うな。
そんな漫画じゃあるまいし。
と思ってるとマジでいんのがお約束だ。
シャレのつもりで体育館裏まで来てみたら、いるわいるわヤンキーの皆さん。5人くらい。
しゃがんで煙草吸ってるって、そこまでお約束通りか。
もう完璧に漫画の世界だ。
そう、5人"くらい"。
体育館の角を曲がり掛けた時に、漫画の世界にトリップしそうになって思わず数歩引き返しちゃったから、正確な人数なんてわかんねぇ。
グラがいんのかもわかんねぇけど、ムッチに電話…………いや、ちょっと待てよ。
グラって団体行動すんのか?
教室の階が違うせいか普段あんまグラを見掛けねぇんだけど、見掛けた時は大抵1人かクリケンと2人でいる。
でもそれ以外のグラは知んねぇからなぁ。
なんか笑い声とかも聞こえてくるけど、グラだって口開けて大笑いすることくらいあるだろうし……。
体育館の壁を背にして立ってた俺は、その場で振り返ってちょっとだけ角から顔を出して、尾行中の探偵みたいになりながらこっそりヤンキーの皆さんの様子を窺った。
2、4……6人だ。
1人だけ立ったまま壁に凭れてる奴がいる。
ソイツを囲むように5人がしゃがんでて、全員煙草吹かしながら声を上げて笑ってた。
だからすぐ気が付かなかったんだ。
壁に凭れてる奴がクリケンだってことに。
だってあの一匹狼っぽくてロボみたいなクリケンが、ヤンキーに囲まれて笑ってるなんてさ。
しかも、どう見てもグラいねぇし。
しばらくヤンキー観察してたら、いきなりクリケンが怖ェ顔でこっちを向いた。
ヤッベ、気付かれたっ。
つか目ェ合っちゃったよ!
「おい、何隠れてんだよ」
咄嗟に首を引っ込めたら、ドスのきいた低い声が聞こえてきた。
同じ低い声でもカッチの声は透った声だけど、さっきの声は地を這うような声ってやつだ。
クリケンの声か?
スゲェ怖ェっす、マジでっ。
相手はクリケンとヤンキー5人…………逃げっか?
でも逃げて取っ捕まってボコられたらやだし……。
ここはやっぱ『ムッチのおつかい』ってことで、グラのいそうな場所聞いてさりげなく帰ったほうがいいかもな。
それだけのことすんのにこんな緊張してるってどうなんだよ。
クソー……俺ってホントヘタレだ……。
「おい!まだそこにいんのか!」
怒鳴ってるよ怖ェーッ!
……今マジでちびりそうになったよ。
頑張れ俺。
ヤンキーったって同じ高校生だ。
よし、グラのこと聞いてさっさと帰るぞっ。
「あ……あのさ……」
クリケンに歩み寄りながら笑顔で話し掛けてみたけど、あきらかに顔が引き攣った。
ヤンキーの皆さんは思いっきりガン垂れて下さってるし……俺、無事に帰れるんだろうか……。
「お前、最近よくシュウと一緒にいる奴だよな?」
無感情な低い声でクリケンが言った。
やっぱさっきのクリケンの声か。
クリケン、まともに日本語喋れんだな。
5文字以上喋んねぇようなイメージあったからちょっと驚きだ。
つかシュウって?
シュウ……。
「あ、ムッチのことか」
「ああ、そのムッチだよ」
そんな無表情で『ムッチ』って……。
笑いたいけど笑えるような空気じゃねぇっ。
みんな俺を見ないでくれっ。
怖ェんだよっ、とてもっ。
「俺になんか用か?」
クリケンは自然な仕種で煙草を一服して、深く煙を吐き出してから聞いてくる。
……カッケェ。
怖ェけどやっぱカッケェよ、クリケン。
って見取れてる場合じゃねぇ。
「えっと……グラ……倉原君、どこにいるか知ってる?」
周りの連中がそう呼んでるからつい俺も「グラ」って言ってるけど、俺はグラとろくに話したこともない。
だから、グラとリアル青春アミーゴなクリケンに向かって「グラ」なんて言うのは気が引けて、当たり障りのねぇ呼び方で言い直した。
倉原で合ってるよな……?
突然クリケンが眉間にめっちゃ皺寄せて、咥えてた煙草を口から引き抜いた。
……倉原じゃなかったのか……!?
名前間違えるとかかなりヤベェだろ俺っ。
絶対ェボコられるっ。
なんて思って身体を竦めた俺をスルーして、クリケンはヤンキー5人に視線を向けた。
「お前等、アキラどこにいるか知ってるか?」
……知らねぇのかよ。
クリケンとグラって2人で1人なんじゃねぇの?それで地元じゃ負け知らずなんじゃねぇの?
またわかんなくなってきたぞ、クリケンとグラの関係。
いや、今はそれより……、
「アキラ君?保健室で寝てんじゃねぇかな」
「え?アキラさんなら屋上っすよ、きっと」
「帰ったよ、アキラ君」
「つか今日来てなくね?」
「来てたっしょ。ね?ケンジさん」
全員言ってることバラバラなんだけど。
しかも、
「ああ、今日は来てる。……ほかの奴等にも聞いてみるか」
クリケンがそう呟いた瞬間、5人全員がズボンのケツポケットからスマホを取り出して、一斉に電話を掛け始めた。
「あ、俺。アキラ君そこいる?」
「俺俺。あんさ、アキラさん今どこいっか知らね?」
「ういーす。悪ィんだけどアキラ君探してほしいんだわ」
「お前さ、今アキラ君どこいっか知らねぇか?」
「なぁ、アキラさん見なかった?朝じゃねぇよ今っ。昼休みだよタコッ」
……なんだコレ。
ガラ悪いコールセンターかなんかか?
まさか、みんなクリケンのパシリ……?
「アイツ、1人のほうが好きらしくてな。よく1人でふらっとどっか行っちまうんだよ」
唐突にクリケンは俺のほうも見ないで俯きがちにそう言って、少しだけ笑った。
なんか、淋しそうだ。
「ケンジ君、アキラ君家帰ったらしいよ」
ヤンキーの1人がそう言うと、クリケンが俺に視線を寄越してきた。
「だそうだ。急用か?」
「ああ、まあ……。俺じゃなくてムッチがなんだけど……」
「シュウに、アキラん家行けって言ってやれ」
「うん……」
淡々と言われて頷いてみたけど、クリケンの態度がやけにあっさりしてんのが不思議だった。
どんな用だとか、なんで俺までグラ探してんのかとか、聞かねぇんだな。
クリケンはグラがムッチに喧嘩吹っ掛けてんの知ってるはずだよな。
気になったりしねぇのかな。
つか、グラがムッチのこと好きだってのは知ってんのかな。
「なんだ?まだなんかあんのか?」
煙草を口元にやりながら無表情で聞いてきたクリケンに、俺は慌てて首を横に振って見せた。
「いやっ、なんでもないっ。ありがとっ」
軽く礼を言ってクリケンに背中を向けて、思わずその場から逃げるみたいにダッシュした。
体育館の角を曲がってから走るスピードを落として、来た道を戻りながらぼんやり考える。
一匹狼なのはグラのほうだったんだな。
で、ヤンキー達に囲まれてその全員をパシリにしてるクリケンのほうがある意味《姫》っぽい……けど、いくら"ある意味"でもクリケンが《姫》ってのはかなり変か。
じゃあ王様か?
ボス?
リーダー?
番長?
……今時番長もねぇか。
でもあの淋しそうな顔からすると、クリケンにとっては自分を取り囲むヤンキー達より、グラ1人のほうが大事なのかもなとも思う。
なんたってリアル青春アミーゴだし。
けどそれにしてはやっぱ妙に冷めてるよな、クリケン。
クリケン放置して1人で行動するグラもか。
もしかして、ムッチのせいでそうなっちゃったのかな……。
こりゃ早くムッチになんとかさせなきゃだな。
と思った時、昼休み終了のチャイムが鳴った。
……あ、ムッチに電話すんの忘れてた。
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