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第9話
眉なしのあとに付いて店を出る。
1階が駐車場、2階が店って造りのファミレスだったから、俺達は出入口のドアを抜けてすぐ横にある階段を下りた。
階段を下り切るとなんでか眉なしは1階の駐車場に入ってく。
不思議だったけどそのまま付いてくことにした。
「さっき逆ナンされました!」
……は?
駐車場に入っていきなり聞こえたのは、コンクリの天井と壁に反響しまくったデカイ声。
なんだ?と思った瞬間、ゴスッつーかボスッつーか、とにかく今まで聞いたことない鈍い音がした。
「お前見て女の子逃げちゃったんだよ!ハゲ!」
よく聞いたらミノリの声だ。
でもどこにいんのかわかんなくて、キョロキョロ周りを見ながら眉なしの後ろを歩いてたら、車の影んなってよく見えなかった駐車場の右隅に、前屈みで腹を抱えてるノブ君とそれを仁王立ちで見下ろすミノリがいた。
そこから少し離れたところに例の仲間達がいて、みんなそれぞれ壁に寄っ掛かったり、しゃがんだり、地べたに座ったり、楽な姿勢でまったり2人を眺めてた。
「……今のはちょっと痛かったぞ……ミノリ……ッ」
顔をしかめたノブ君が正面に立つミノリを上目遣いで見て、腹を抱えたまま苦しそうに呻いた。
と思ったら、
「あ、アキラ君」
ノブ君は急に体を起こしてミノリの後ろを指差す。
「え!?」
ミノリが咄嗟に振り返ると、
「バーカ!」
ノブ君は横を向いたミノリの顔目掛けてパンチを繰り出した。
……拳振り抜く時、肘入れてたよな。どう見ても。
拳と肘の2発を顔に食らった勢いで回転するみたいによろめいたミノリは、正面に向き直るなり眉間に思いっきり皺を寄せて真横に唾を吐いた。
そのあとノブ君を睨んで、
「口ん中切れた!」
それを聞いてノブ君が舌打ちする。
「なんだよっ、奥歯イかなかったんかよっ、つまんねぇなっ。つか引っ掛かってんなよバーカッ。バーカバーカッ」
「ウッセェ!お前なんかもっとバーカ!」
モロ小学生の喧嘩じゃん……。
なんて思ってると、ミノリがノブ君の腹に前蹴りを食らわせて、ノブ君の体がくの字に曲がったところを今度は横から首に……って、人間の足ってあんなに高く上がるもんなんだな……。
口喧嘩は小学生並なのに、やってることはとんでもねぇ。
なんかもう格ゲーの世界だ、マジで……。
ふと気が付くと、眉なしが喉を鳴らして笑ってた。
「馬鹿でしょ?アイツ等」
俺を見てそう言った眉なしは、俺の返事も聞かないでまたノブ君とミノリのほうを向いて、
「ミノリ!竜巻旋風脚!」
笑いながら声を張り上げた。
竜巻……って、それまんまゲームの……。
「出来っか馬鹿!」
ミノリがこっち見て怒鳴り返してくる。
うわ……顔腫れてんじゃん、ミノリ。
そりゃあんな殴られ方すりゃ腫れて当然か。
あーあ、せっかくのイケメンが台なしだ。
腫れっぷりならノブ君も似たようなもんだけど、ノブ君は顔に傷あると怖さ倍増ってか、迫力が増して逆にカッコよく見えちゃうタイプみたいだ。
うん、ちょっとカッコイイ。
「ノブ!昇龍拳!昇龍拳!」
「カメハメ波いっとけノブ!カメハメ波!」
明らかに眉なしの言葉がきっかけで、ほかの連中もはしゃぎ出した。
そんなこと言ってっとノブ君も怒るぞ……。
「みんなの元気をオラに分けてくれ!」
ってノリノリかいっ。
「元気玉キターッ!」
コワモテの皆さん大爆笑。
「じゃあ俺界王拳100倍!」
ミノリも張り合ってんなよ……。
……コイツ等まとめて小学生だ。
可愛いよ、ホント。
呆れるくらいな。
なんか俺、急にオッサンになった気分だ……。
「ういっ」
そんな声と一緒に、突然背中になんかがぶつかってきた。
なんかって、あの声とあの挨拶は……、
「ムッチ」
「おうっ」
振り向くとやっぱりムッチがいた……んだけど、俺はムッチの隣にいた奴を見て固まってしまった。
「アキラ君……」
ビビり過ぎて声も出ねぇ俺の代わりに眉なしが呟いてくれた。って一瞬本気で思ったくらいのタイミングだった。
「あ、アキラ君だ」
ノブ君もグラに気付いて、俺達のほうを見てぽつっと言った。
でもミノリは、
「またそれかよ。いい加減にしろよノブ。もう絶対ェ引っ掛かんねぇぞ、俺は」
オオカミ少年現象起きてるよ……。
そこで仲間達が、
「いや、マジだって」
「今回ノブ嘘ついてねぇよ、ミノリ」
「マジでアキラ君来てるよ。後ろ見てみろよ」
とかってミノリに教えてやると、
「なんだよ、お前等まで。こんなとこに兄ちゃんがいる訳………………いた」
ブツブツ言いながら振り返ったミノリは、グラを見た途端目を見開いて完全に石になった。
グラはそれを見ても相変わらずの仏頂面で、黙ったままミノリの前まで歩いてく。
で、ミノリと向かい合うように立ち止まったと思ったら、軽く腰を捻っていきなりミノリの左膝に横から蹴りを入れた。
蹴った、なんて可愛いもんじゃない。
体重乗せてズドンと蹴り込んだって感じだ。
蹴られたミノリは膝の力が抜けたみたいに、唖然とした顔で尻餅をついた。
いきなり過ぎて、ノブ君も、仲間達も、多分俺も、目が点だった。
ここにいる奴全員の視線は今、間違いなくグラに集中してる。
でもグラ本人は俺達のことなんか全然気になんねぇのか、仏頂面のままその場にしゃがんでミノリの顔を覗き込んだ。
「お前、武藤の弟と2人でこの辺のカオらしいじゃねぇか。面白ェか?」
真正面からガン垂れてくるグラにドスのきいた声で聞かれて、ミノリがオドオドしながら顎を引く。
……ミノリ、めっちゃビビってんじゃん。
デカくてゴツイノブ君とはガン垂れ合って喧嘩出来んのに、ノブ君より遥かに細くて女みたいな顔したグラにはビビりまくるって、なんか微妙に変な感じするな。
俺からすりゃノブ君のが断然怖ェ。
つか"らしい"……?
さっきグラ「武藤の弟と2人でこの辺のカオらしいじゃねぇか」ってミノリに言ったよな?
自分の弟のことなのに、ずいぶん妙な言い方すんだな、グラ……。
とか思ってたら、俺の腕に自分の腕をぶつけて隣に並んできたムッチが、グラとミノリに視線を向けたまま、
「グラな、アイツ等がこの辺のカオとか言ってんの知んなかったらしいんだ」
小声でそんなことを言ってきた。
「知んなかったの?あ、そういやムッチも……」
「ああ、最っ高に面白いね」
ムッチに聞き掛けた時ミノリの声がして、反射的にそっちを見た。
口元だけで笑ったミノリが、グラの前に顔を突き出してる。
「悪ィけどさ、兄ちゃん達の時代はもうとっくの昔に終わってんだよ。グリとグラは森ん中でおとなしくホットケーキでも焼いてろや」
ミノリがそう言った直後、バチンってスゲェ音をさせてグラがミノリのほっぺたにビンタを食らわせた。
え?なんて驚いてる間もなかった。
一瞬のうちにミノリの上半身が斜め後ろに軽く吹っ飛んで倒れた。
なのに、しゃがんだままのグラの足はそこから1mmも動いてない。
叩かれたほっぺたを押さえて俯せ気味に倒れてるミノリを見下ろして、グラが静かに口を開く。
「《ぐり》と《ぐら》が焼いたんはホットケーキじゃなくてカステラだ、アホが」
カステラ?
俺もホットケーキだと思ってた……。
って、弟吹っ飛ばしといて何冷静に『ぐりとぐら』語ってんだよコイツは!
ビックリ過ぎてまたみんな目が点だよ!
「お前、シノブっつったっけ?」
誰も何も言えねぇでいる中、グラは自分の後ろで呆然と突っ立ってたノブ君を振り返って立ち上がる。
固まってるノブ君の真ん前まで歩いてくと、ノブ君を頭のてっぺんから爪先まで眺めて、
「いい体してんな」
ノブ君の顔を見詰めて呟いた。
「空手やれよ。うちの馬鹿も行かすから、勝負してぇなら道場で殴り合え。それでも物足りねぇっつーなら俺が相手する。お前の気が済むまで付き合ってやるよ」
「……ウス」
グラにまじまじ見詰められて顔を強張らせたノブ君は、気まずそうにグラから目を逸らした。
ノブ君までビビるか。
流石伝説の青春アミーゴの1人だな、グラ……。
「お前等もだ」
唐突に、グラはコワモテの皆さんをぐるっと見回しながら、
「俺とやりてぇ奴はいつでも来い。相手してやる」
俺の近くにいた眉なしで視線を止めて、口の端を吊り上げた。
寒気がした。
強烈に怖ェ。
マジで背筋にゾクゾクッと悪寒が走って鳥肌が立った。
でも、なんつーか……今のゾクゾクは怖ェだけのもんじゃなくて……。
グラの顔だけ見て暴走したって連中、ホントは顔だけじゃなかったんじゃねぇか?
今ちょっと、ソイツ等の気持ちわかった気がした。
顔だけならミノリだって似たようなもんなのに、話をしてみた限りミノリは男に迫られたことはないっぽい。
いや、あったとしてもグラほど野郎に大人気ってことはなさそうだ。
ミノリはガキ臭ェからってのもあんのかもしんないけど…………グラって、なんか変なオーラ出てる……。
「……ちょっと待てよ」
突然ミノリがのっそり立ち上がって、グラの近くまで行くなり片手を伸ばしてグラの服の袖を掴んだ。
「自分はさっさとやめて戻ろうともしねぇ癖に、なんで俺にはまた空手やれっつーんだよ!おかしいじゃねぇか!」
怒鳴られてグラは不愉快そうな顔になったけど、ムカついてるっつーよりいつも通りの顔だよな、あれは。
で、袖を掴んでるミノリの手も振り払わないでミノリにガンを垂れる。
「喧嘩ばっかしてたら勉強追っ付かねぇだろ。道場だったら時間決まってっし、勉強する時間も出来んじゃねぇか。この辺のカオとか言う前に赤点なくせ、馬鹿大将」
「兄ちゃんだって勉強出来ねぇじゃんか!人のこと言う前に自分の成績なんとかしろよ!」
「ナメんなコラ。俺にはな、お前と違って優秀なセンセー付いてんだよ。だろ?武藤」
そう言ってグラがムッチを見ると、
「ああ。しかもセンセー1人増えた。な?マサヤン」
ムッチは俺の肩を抱いて、満面の笑みで俺の顔を見上げてきた。
なんでいきなり俺に話振るんだよ。
今度は俺に視線集まっちゃったじゃねぇか。
な?って、何が「な?」なんだかさっぱりわかんねぇよ。
どうすりゃいいんだ、俺は。
みんな見てるけどムッチの言ってること全然わかんねぇし…。
「……先生って?」
救いを求めるようにムッチの目を見て聞いてみたら、
「カッチだよ。アイツ1年の時からずっと学年トップでさ、勉強で困った時はグラと一緒に世話んなってんの。マサヤンも天然の癖に頭いいし、これからはマンツーマンだな。よろしく、センセー」
「よろしくって……」
カッチが学年トップなんて聞いてねぇ!
いや、あの学校なら俺もそれくらいは……。
でも、
「俺、そんな頭よくねぇよ?つか天然の癖にってなんだよ、天然の癖にって」
「え?何?俺そんなこと言った?」
「言っただろ。…………あれ?」
……なんか変だな。
いつものムッチと違うような……。
何が違うんだ?
「ズリィよ兄ちゃんシュウちゃん!カッチ君かマサヤン貸せ!」
掴んだままのグラの袖を引っ張ってミノリがまた喚き出すと、グラはちょっと首を傾げてミノリに視線を戻した。
「だったらケンジ貸してやる。ああ見えてアイツ、わりと頭いいんだ」
「ケンちゃんに見られてたら怖くて勉強出来ねぇよ!つか兄ちゃんがケンちゃんに教わればいいじゃん!」
「やなこった。そんなんな、俺のプライドが許さねぇんだよ」
そこでグラはようやくミノリの手を振り払って顎をしゃくる。
「帰んぞ。ケンジには俺から言っといてやる。殴ってでも蹴ってでもお前の成績上げてくれってな」
「なんでそこまでされなきゃなんねぇんだよ!」
「お前が馬鹿だからだろ」
「兄ちゃんには言われたくねぇよ!」
ミノリは喚きっぱなしだけど、歩き出したグラのあとをちゃんと付いてく。
まあ、逆らったらまた高速ビンタされっかもしんねぇしな……。
グラはミノリを連れて俺とムッチのほうに歩いてくる。
でも目は駐車場の出入口の方に向いてて、俺達を見てない。
そのままホントに帰るみたいだ。
「グラ!」
呼び止めるムッチの声に、グラは俺の斜め前で立ち止まってムッチに顔を向けた。
「明日学校でな」
ムッチはそう言ったけど、グラは返事もしないで俺の横を通り過ぎてった。
……笑ったよ、あのグラが。
さっきみたいな凶悪な笑顔じゃなくて、返事の代わりにニコッて……。
カッチのタブレットで見たのと同じ笑顔だ。
「……反則だろ、アレは。なんで男なんだよ」
思わず呟いてた。
のは俺じゃない。
グラの後ろを歩いてたミノリの、そのまた後ろを歩いて俺のそばまで来てたノブ君だ。
「アキラ君が女だったらソッコー押し倒」
「マサヤン!ちょっと頭下げろ!」
ノブ君の言葉を遮るように突然背後からミノリの声がした。
え?頭?
とか思いながら下を向いたら、一瞬頭の上をビュンって風が抜けてった。
え?なんでノブ君右目押さえて膝付いてんの……?
「今度言ったらマジぶっ殺す!」
何が起きたのか全然わかんなくて呆然としてたら、後ろからミノリの怒鳴り声がした。
「跳び後ろ回し蹴りっての、生で初めて見たわ……」
隣にいるムッチが微妙に感動しながら呟いた。
跳び……?
よくわかんねぇけど、回し蹴りってことは……今俺の頭の上を掠めてったのはミノリの足!?
思わず、片手で右目押さえてうずくまってるノブ君に視線を戻した。
……回し蹴り……。
ノブ君には悪いけど、俺に当たんなくてよかったっつーか、当たってたらどうなってたんだろうっつーか……。
考えただけで痛ェ!
「足技好きだよな、お前。キックのが向いてんじゃねぇか?」
「え?キックボクシング?」
「ああ」
「じゃあ俺キックやろっかなぁ」
のんびり話しながら遠ざかってくグラとミノリの声。
ミノリなんて「えへへ」なんて笑ってやがった。
なんなんだ、あの兄弟。
弟は跳んで蹴ってデカマッチョ沈ませるし、兄貴はそれ全く気にしてねぇし、もう完璧に俺とは違う世界の住人だ。
つかどこの惑星から来たんだアイツ等。
倉原兄弟、マジで理解出来ません……。
「おいおい、大丈夫か?ノブ」
「イテテ……。あの野郎、今までで一番いい蹴り出しやがった……」
ムッチに声を掛けられて、右目ってかデコを片手で押さえたまま顔を上げたノブ君は………顔半分血まみれなんだけど……!
「デコ割られたか」
「ああ。クソッ、アイツ絶対ェ泣かす」
「まあでもミノリは軽いし、その程度で済んでよかったよな」
よかねぇだろ、ムッチ……。
弟、流血してんだぞ……?
……武藤兄弟も宇宙人か……。
「マサヤンマサヤン、コイツな、ミノリに蹴られ過ぎてマッチョんなったんだよ」
「蹴られ過ぎてって、俺がアイツより弱ェみてぇじゃねぇか!」
「でもお前が無駄に筋肉付け出したのってミノリにアバラ折られてからだろ?筋肉付けなきゃまた折られるっつってさ」
「そうだけど!俺はアイツに負けた訳じゃねぇぞ!」
「ミノリがもっとウエイトあったら負けてんだろ、確実に。ミノリに太れっつっとくわ」
「なら俺もっと筋肉付ける!」
……宇宙人達がなんか言ってるぞ。
俺は人を殴ったことも殴られたこともねぇし、今まで周りに殴り合いの喧嘩するような奴もいなかったし、そんな喧嘩を見たことだってなかった。
だからホントに未知の世界の話なんだよ、2人の言ってることは。
「ノブ、ちょっと手ェどけてみ」
ムッチに言われて、ずっと右目の上辺りを押さえてたノブ君がそこから手を離した。
……う……っ。
「あー、パックリいってんなぁ。こりゃ病院行ったほうがいいな」
俺はノブ君の傷があまりに痛そうで咄嗟に目ェ逸らしちゃったってのに、ムッチはいつもと変わんない口調でそんなことを言った。
「病院かぁ……。じゃあミノリから慰謝料と治療費取って、そのあと全力でぶっ飛ばす」
ノブ君も血ィダラダラ垂らして平然と喋ってるしな……。
やっぱ判んねぇよ宇宙人。
つか、見てるこっちが貧血起こしてぶっ倒れそうだ……。
「どうした?マサヤン。顔青いぞ」
ムッチが顔を覗き込んできた。
「具合悪い?ノブと一緒に病院行く?俺付き添うし」
マジで心配してくれてるみたいだけど、俺と同じ地球人だと思ってたムッチが実は宇宙人だった……つーか、今まで見てきたムッチとは違う部分を見ちゃったせいか、なんだか急にムッチが知らない奴みたいに思えた。
暴力嫌いだとか言ってたのに弟殴るわ、血まみれの弟見てもビビんねぇわ、その弟が言うにはどうやら喧嘩強ェらしいわ……そんなムッチ、俺は知らない。
大体、俺はムッチに弟がいることも知らなかった。
ムッチのことだけじゃなくて、俺はカッチのことでも今日初めて知ったってことがある。
「ずっと友達だったみたいだ」とか言われて、俺も2人のことならなんでもわかってるつもりになってたけど、1週間なんて大した時間じゃねぇんだな、やっぱ。
たった1週間だ。
俺もムッチとカッチに言ってねぇことたくさんあるし、そんなもんか。
でも言わねぇで来たのは単に言う必要がなかっただけで、別に隠さなきゃって思ってたからじゃない。
……隠してることもあるけどな。
とりあえず今日は、ムッチの今まで見えてなかった部分が見えて、ビビりはしたけど嫌いにはなってない。
知らねぇ奴みたいに見えてもムッチはムッチだ。
何気に美少年で、カワイイって言われんのが嫌で髭生やしてて、自分の事《僕》って言う。俺が知ってるその部分が変わった訳じゃねぇもんな。
…………ん?
「ムッチ……自分のこと《俺》って言ってね?」
さっき『変だ』と思った理由が、今んなってやっとわかった。
いつも《僕》だったムッチが《俺》って言ってる。
「え?」
ムッチはちょっと眉間に皺を寄せた。
と思ったら、
「マジで!?」
目ェ見開いて短く声を上げて、片手で口を押さえた。
「《俺》って言うの、なんかマズイの?」
「マズイっつーか……気持ちの問題っつーか……」
聞いてみたらムッチは口を押さえたまま俺から目を逸らして俯いた。
気になるけど、こりゃあんま聞かないほうがいいかな…。
「シュウちゃんさ、なんでそんなこだわってんのか知んねぇけど、ぶっちゃけキモイよ、《僕》っての」
血まみれデカマッチョがあっさり突っ込みやがった。
そしたらムッチは顔を上げるなり、俺達から離れて話をしてたコワモテの皆さんのほうを見て、
「みんなー、このオッサン病院連れてってやってー」
オッサンって……。
いや、確かにオッサンっぽいけどな。
ノブ君、どう見ても高校生じゃねぇし。
「ウスッ」
コワモテの皆さんもなんも不思議がらないで声を揃えてムッチに返事をして、ノブ君を取り囲んだ。
「誰の事だよ、オッサンって」
不思議がってるのはノブ君だけで、
「お前しかいねぇだろオッサン。ほら、病院行くぞ」
「うわー、ヒデェツラだなオッサン。容赦ねぇなぁ、ミノリも」
「そりゃしょうがねんじゃね?このオッサンがアキラ君のことエロイ目で見てたんだからさ」
「いや、あれはオッサンじゃなくても……。アキラ君の本気モードってなんか誘ってるみてぇなんだよな、エロイ意味で」
「それでフラフラっと行っちゃった奴がオッサンよりヒデェ目にあってんの知ってんだろ?オッサンはラッキーなほうなんだよ、ミノリに蹴られただけなんだから」
……グラの『掛かって来い』に変な気分になったのは俺だけじゃなかったんだな。
つか、みんなオッサンオッサン言い過ぎ。
面白ェぞ、ちょっと。
みんなからオッサン呼ばわりされたノブ君は、
「俺がオッサンだったらお前等爺さんじゃねぇか!」
周りにいるコワモテの皆さんを振り払うように、片手で傷を押さえて体をブンブン振りながら吠えた。
流血してる巨大筋肉男が怒鳴り散らしてる姿はかなり怖いもんがあるけど、流石ノブ君をよく知る仲間達。全然ビビってねぇ。
中でも喚くノブ君を「はいはい」とか言って軽く流した2人が、怪我してるせいかいつもよりパワーが落ちてるらしいノブ君の腕を両脇から簡単に掴んで引っ張ってく。
他の仲間達もそのあとに続いた。
なんつーか、刑事に取り押さえられた犯罪者みたいだな、ノブ君。
周りの連中も刑事っつーより犯罪者っぽいけど。
外見だけな。
実際は結構いい奴等だ。
最後にみんな、俺とムッチに声掛けてくれたし。
ホント、人を見掛けだけで判断しちゃいけない。
眉毛のない奴としかまともに喋ってねぇけど、ノブ君とミノリの仲間ならほかの連中も絶対悪い奴じゃない気がする。
あのスキンヘッドなんか俺の分の会計も済ませてくれたもんな。
って、俺ドリンク代払ってねぇよ!
ノブ君達はまだ駐車場を出てない。
これなら間に合う!
「ごめんムッチ!ちょっとココにいて!」
「え?何?どうしたんだよ、マサヤン」
きょとんとしてるムッチを残して、俺は慌ててノブ君達を追い掛けた。
スキンヘッドはノブ君の後ろにいる。
でも「スキンヘッド!」って呼ぶ訳にもいかねぇし、俺は走ってスキンヘッドの近くまで来たとこで、手を伸ばしてその肩を叩いた。
スキンヘッドが立ち止まって俺を振り返ると、スキンヘッドの横にいた眉なしも足を止めて振り返った。
ぶっちゃけ1回も話したことないスキンヘッドと話すのはなんかちょっと怖ェなって思ってたけど、眉なしがいんなら平気だ。
俺は制服のケツポケットから財布を出してスキンヘッドに言った。
「ドリンク代っ」
けどスキンヘッドは、
「いいっす。ノブの兄貴の友達ってことは、ケンジさんとも友達なんでしょ?そんな人から金取れねっす」
ケンジさん……?
もしかして、ノブ君とミノリが言ってた仲間内のクリケン信者ってコイツか……?
あー、そういやスキンヘッドの低いボソボソ喋り、なんとなくクリケンの喋り方に似てるわ。
クリケンに影響されてんだなぁ、スキンヘッド。
同じ男にモテるんでも、クリケンの場合はグラみたいにヤりてぇとか思われるんじゃなくて、ああなりてぇって思われる憧れの対象なんだな。
カッケェもんな、クリケン。
なれるもんなら俺もああなりてぇもん。
もし俺がクリケンみたいなカッケェ男だったら、すんなりカッチにも告れたかもしんねぇし……。
つかクリケンの友達じゃねぇよ俺!
「いや俺、クリケ……《ケンジ君》とは友達って訳じゃ……。払うよ、金」
嘘つくのも嫌だったからもう1回言ってみたんだけど、
「いいっす」
スキンヘッドはやっぱり低い声でそう言った。
「でも金払わないって訳にはさぁ……」
「じゃあさマサヤン、今度会った時コイツに奢ればいいじゃん」
横から眉なしが割って入ってきた。
「今度?」
「そう、今度。俺等大体この辺フラフラしてっから、またここ来て俺等見掛けたら声掛けてよ。一緒に遊ぼ」
無邪気な笑顔で言われて、俺は素直に頷いてた。
「うん。じゃあ、今度」
眉なしに笑顔を返して、スキンヘッドを見る。
「でも俺物忘れヒデェから、そん時『奢れ!』っつって。えーっと……」
スキンヘッドって呼ぶのは流石にマズイよな……。
なんて思ってたら、
「カズ。で、俺はタツヤ」
眉なし……じゃなくてタツヤ君が、スキンヘッドのカズ君の肩を抱きながら名前を教えてくれた。
「今度は他の奴等のこともちゃんと紹介するからさ、ホントまた来てね。1人でもいいし、ノブの兄貴……シュウちゃんだっけ?シュウちゃんと一緒でもいいし。あ、例の優秀なセンセーにも会ってみてぇな」
「うん、センセーに言っとく」
俺は笑ってタツヤ君に答えながら、ふと思った。
なんかカッチのここでのあだ名、《センセー》になりそうだな……。
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