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第10話

 ムッチのとこに戻ったら、ムッチはスマホで誰かと話してた。  だけど、 「ああ、まあ頑張れよ。じゃあな」  俺に気付いて通話を切った。 「俺のことなら気にしないでよかったのに」  なんか悪いなと思って声を掛けたら、 「いいのいいの、ミノリだから。アイツ、『マジで兄ちゃんがケンちゃんに家庭教師頼んじゃったー』って半泣きで電話してきてさ」 「あれ本気で言ってたんだな、グラ」 「そうらしい。けどまあ、クリケンが教えんならミノリの頭も少しはマシになんじゃねぇかな」  ムッチは苦笑して、スマホをケツポケットに突っ込んだ。 「クリケンも《優秀なセンセー》なんだ?」 「優秀だよ。1年の最初はカッチとクリケンでワンツーだったくらいだし」 「……マジで?」 「マジマジ。僕には考えらんねぇんだけど、クリケンって授業出てなくてもテストの前に教科書ざっと見るだけでそんだけの点数取れんだよ。でも急に白紙で答案出すようになってさ。わざと成績落としてんだよな、アイツ」  苦笑いしっぱなしのムッチの顔を、俺はただ呆気に取られて見てた。  わざとって、なんでそんなことすんだ?  つか、教科書ざっと見るだけで2位?  ……俺より遥かに頭いいじゃん、クリケン。  なんであの学校入ったんだ?  カッチと一緒で『近かったから』?  ってことはねぇよな。  学校からクリケンの地元のここまで来るのに、電車1本乗り継いだんだ。徒歩通学出来るカッチと理由が同じなんてことは絶対にない。  勉強したくなかったんかな、クリケン。  あの学校なら自分のレベルに合った学校行くより楽出来るもんな。  実際俺もかなり楽してるし。  答案白紙で出すようになったのも、簡単なテストを真面目に受けんのが面倒臭くなったからとかだろうな、多分。  なんて思ってると、 「けどクリケンがミノリの家庭教師やんなら、ついでにノブの面倒も見てもらうかなぁ。アイツも僕並に救いようねぇ馬鹿だし」  ムッチはぼんやり空中を見上げて呟いて、俺に視線を戻した。 「僕達変なとこだけ親父に似ちゃってさ。アイツの場合外見も親父そっくりだから、頭だけでもお袋さんに似りゃよかったのにってホント思うよ」  へぇ。ノブ君父親似なのか。  ……だよな。あれで母親似ってこたねぇよな。  じゃあムッチの父ちゃんってかなりイカツイんだ……。  つか、 「《お袋さん》?」  それ言うなら《お袋》なんじゃねぇの? 「ありゃ、アイツ言ってなかったんだ?僕とノブ、母親違うんだよ」 「あ、そうなんだ。だからあんま似てねぇ………………はい?」  あっさり言われ過ぎて、俺もあっさり聞き流しそうになった。  母親違うって、そんな軽い口調で言える話なのか!?  とかっていきなりのぶっちゃけ話に驚きまくってたら、 「いやぁ、僕達の親父ってのがマジでろくでもねぇ奴でさ。僕のお袋と結婚してからもあっちこっちに女いて。子供出来たんはノブのお袋さんだけって話だけど、実際どうなんだかね。そんな訳でさ、兄弟っつっても1ヶ月しか歳変わんねぇのよ、僕とノブ」  ムッチはもっとスゲェぶっちゃけ話をまたあっさり言ってきた。  しかもムッチの話はまだ続く。 「親父、僕のお袋が死んだあとにノブのお袋さんと再婚したんだけど、女遊びやめねぇわ家ん中で暴れるわ、ホントどうしようもねぇ親父でさ。親父のせいで僕のお袋もノイローゼ気味だったけど、ノブのお袋さんも流石に嫌気さして出てっちゃったんだよ」  ……なんでそんな重い話を笑って喋れるんだ、ムッチ。  やっぱ宇宙人……? 「ノブのお袋さんは一緒に住もうっつってくれたんだけど、マジでスゲェいい人だから迷惑掛けたくなくてさ。今住んでる家にはお袋との思い出っつーの?そういうんもあるし、僕は親父んとこに残った訳。でも、ノブとお袋さんがここに住んでんのは知ってたけど、まさかあんな簡単にノブに会うとは思わなかったよ。世間ってホント狭いわ」  だからなんでそんな重い話をあっさりと……。 「そんな顔すんなよ、マサヤン。ヒデェ親父だけど金だけは持ってっから僕もノブも苦労してねぇし。小6ん時親父と喧嘩して、気が付いたら病院にいて全治3ヶ月とかってこともあったけど、親父も歳取ったせいかかなり丸くなったしね。今問題なのは親父よりノブだよ。ノブには親父みたいになってほしくねぇし、お袋さんのためにも喧嘩やめさせたいんだけど……アイツ俺の言うこと聞かねぇんだよなぁ……。勉強ついでにクリケンに叩きのめしてもらうか」  だから!笑いながら話すことかよソレ! 「いくら金持ちでも小6の息子に全治3ヶ月の怪我させるって、めちゃくちゃヒデェ親父じゃねぇか!大丈夫なのかよムッチ!」  思わずムキんなって大声を出してた。  でもムッチはそんな俺にちょっと驚いた顔をしただけで、すぐにまた笑顔になった。 「大丈夫大丈夫。丸くなったっつったでしょ。それにまあ、親父のお陰で僕も打たれ強くなったし。でも心配してくれてありがとな、マサヤン」  ……そう言われちゃうと、こっちも何も言えなくなる訳で。  けど、金持ちであっちこっちに女がいるDV親父って一体……。 「あのさ、ムッチの親父さんって何してる人……?」  恐る恐る聞いてみたら、 「あー……あんま人に言える職業じゃねぇかなぁ……」  ムッチは頭を掻きながら目を泳がせた。  人に言える職業じゃねぇって……、 「もしかして、ヤク……」 「正解」  言い掛けた時、いきなり指を差された。  正解なのかよ……! 「あ、ここだけの話にしといてね、マサヤン。僕じゃなくて親父のことだから」  小声で言われて、俺はムッチに頷いて見せた。  ……人になんか言えませんよ、そんなこと……。  話題変えようかな……。  なんかねぇかな……。 「用も済んだし帰っか、マサヤン」  俺の腕を軽く2回叩いて、ムッチが歩き出す。  用?  ……あれ?  用ってなんだっけ?  えーっと……俺とムッチがここに来た理由は……。 「あ!」  思い出した! 「どうしたの?マサヤン。いきなりデッケェ声出して」  振り返ったムッチの顔を俺は力一杯ガン見した。 「ムッチ!グラとはどうなったんだよ!グラとは!」  ムッチに喧嘩売りまくってたグラが、別人みたいにニコッて笑ったんだぞ!?  何があったんだよ、マジで!  気になり出したらスゲェ気になって仕方ねぇ! 「……このままスルーしてくれっと思ったのに……」  ムッチは半笑いで俺から目を逸らした。  って、言えねぇことでもあったのか!? 「まさかとは思うけど……ヤった?」  家庭の事情はあっさり話したムッチがやけに話しづらそうにしてんのを見てそう思った。  大体そんくらいのことでもなきゃあんな態度変わんねぇだろ、グラだって。 「知りたい?」  半笑いで聞いてくるムッチに俺は何度も頷いた。  でもムッチは、 「……言いづれぇなぁ……」  不意に真顔になって、また俺から目を逸らす。  こりゃ確定か……?  グラに告られて、そのままヤっちゃったのか?  そんでめでたく付き合うことになりました?    で、どっちが女役だったんだ……?  いや、それはひとまず置いといて。  男同士のカップル誕生か。  だったら俺、ムッチに相談したいことが……。 「ムッチ、あのさ」 「僕じゃなかったんだよ」  ……は?  唐突過ぎて、何言われたのかよく判んなかった。 「何?ムッチ。もう1回言って」  唖然としたまま聞き返したら、 「いや、だからね、グラが男好きんなったのはホントだけど、僕じゃなかったんだよソレ」 「……ムッチじゃなかったの?」 「ああ。グラな、なんで急にソイツのこと好きんなったのか自分でもわかんなくて、かなり混乱してたらしい。僕に当たってたのはソイツと僕がちょっと似てて、僕の顔見ると無性にイライラしたからなんだと。だから、残念ながらマサヤンが期待してるようなことはありませんでした」  期待って……俺は別に期待してた訳じゃ……。  あーもーっ、かかなくてもいい恥かいちゃったよっ。  つか、ムッチに似てる男?  そんな奴学校にいたか?  それともほかの学校の奴? 「グラ、俺に話したらスッキリしたみたいでさ、好きんなっちゃったもんはしょうがねぇから絶対ェオトすっつってた。オトすも何も、相手は大分前からオチてたんじゃねぇかなって思うけどね、改めて考えてみると」  苦笑いしてムッチは言った。  それってつまり、ムッチの知ってる奴ってこと?  ムッチが知ってて、ちょっとムッチに似てる奴…………そこまで考えて、ミノリがファミレスで言ってた言葉が脳裏を過ぎった。  確か、兄ちゃんがシュウちゃんを気に入ったのはケンちゃんと同じタイプだったからとかなんとか……。 「グラが好きなのって、クリケン?」 「お、鋭いじゃん。マサヤンにしては」 「だからそういう言い方やめろっての」  大袈裟に顔をしかめてわざとらしく溜め息をついてやると、ムッチは腹を抱えてゲラゲラ笑った。  大分前からクリケンがオチてたって、もしかするとクリケンがあの学校に入ったのってグラと一緒にいるためとかなんかな。  白紙で答案出すようになったのも、グラの成績に合わせて自分も追試受けるため?  だとしたら両想いだよな。  あの2人がくっつくのも時間の問題か?  でも、クリケンに勉強教わんのはプライドが許さねぇっつってたグラのことだ。ヤるってなったらどっちが上んなるか下んなるかで相当揉めそうだよ、あの2人……。  だけど、ムッチが悩まなくてもいいことで悩む羽目になったのも、グラとクリケンが案外早くくっつきそうなのも、全部カッチの勘違いがきっかけだ。  カッチも結構抜けてんだなぁ。  つか、完璧そうに見えて変なとこでボケかます。そこがいいんだよな、カッチは。  ますます好きんなっちゃったぞ。  どうしてくれんだカッチ!  なんて思った俺が甘かった。  次の日学校でカッチにグラとクリケンのことを報告したら、 「なんだよ、上手くいっちゃったのかよ。クソッ、ムーとグラくっつけようと思ってたのに」  グラに負けねぇくらいのしかめっ面で舌打ちされた。 「……カッチ、なんでそんなこと……」  今まで見たことねぇカッチの表情にビビりながら聞いた俺は、そのあととんでもねぇ事実を知ることになった。  カッチが言うには、 「俺、ずっとクリケン狙ってたんだよね。でもアイツの横にはずっとグラいるし、アイツはアイツでグラしか眼中ねぇし。俺が散々口説いても気付きゃしねぇ。だから、ムーには悪ィけど利用させてもらったんだよ」  カッチ、クリケンのこと好きだったのかよ……。  つかムッチ利用したって、悪魔かコイツは。  ムッチがまだ来てなくてホントによかった。  そうは思っても、俺だって簡単に諦めらんねぇから聞いてみた。 「クリケンねぇ……。ああいうワイルド系が好きなんだ?カッチ」 「ワイルドってか、心身ともに打たれ強い子だな。俺がこんな性格だからね」  カッチは微かに苦笑いして俺の質問に答えた。  自分がかなりキツイ性格なの自覚してんのか、カッチ。  てか俺めっちゃ打たれ弱ェモヤシっ子だよ。  打たれ強ェとか言ったら俺よりムッチのほうがカッチの好みに近いだろ、絶対。  ずっとそばにいた奴をいきなり好きんなっちゃったグラの例もあるし、ムッチが俺のライバルになるなんてこともあるかもしんねぇな…。  俺の恋は前途多難だ。  とりあえず、やっぱり体だけでも鍛え続けようと思う。

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