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第11話

 今日、俺の学校鞄は重い。  でもそれを担いで登校する間、嫌だなぁとは思わなかった。  つか、嬉しかったり不安だったり、不思議なドキドキ感を味わいながら、授業もうわの空で俺は昼休みを待った。  昼休みに入るとすぐ鞄を担いで、いつものようにカッチの席まで行った。  メシ食う時にカッチの席に集合すんのは、別に誰かがそうしようって言った訳じゃなくて、気が付いたらそうなってたって感じ。  ……いや、俺がなんかっつーとカッチんとこ行くから、なんとなくムッチもカッチの席に来るようになっちゃったんだろうな。  しょうがねぇじゃん!好きなんだから!  とか思うだけで照れるっ。  もうっ、ヤバイッ、恥ずかしいっ。  きゃーっ☆ 「……マサヤン、何ニヤニヤしながらクネクネしてんだろうな」 「……発作か?」  ボソボソ喋るムッチとカッチの声で我に返った。  ニヤニヤクネクネ……?  何俺めっちゃヤベェ奴じゃんっ。 「ごめんなすって!」  俺は照れ隠しにデカイ声を出して、向かい合って座ってる2人の真ん中、要するにカッチの机にドカンと鞄を落とした。  ビビって俺を見上げてくる2人の目に余計恥ずかしくなったけど、マサヤン気にしない! 「はい注目!鳩が出ますよ!」  テンパり過ぎて自分でも訳わかんねぇことを言いながら、鞄を開けて両手を突っ込む。  中からメイドイン母ちゃんの巾着袋に入れた弁当箱を2つ引っ張り出して、俺は2人の顔の前にそれを突き出した。 「鳩!嘘!弁当!」  2人は弁当箱を見て一瞬固まったけど、視線はそのまんまで「おおー」と感動の声を漏らして手を叩いた。 「マサヤン、マジで作ってきてくれたんだ。嬉しいー」  笑顔で弁当箱を手に取るムッチを見たら、こっちも嬉しくなった。  でも、ちょっと照れ臭ェな。 「うん、まあ。約束したし。ちょっと遅くなっちゃったけど」  むず痒さを堪えて俺も笑って、ムッチに言葉を返したら、 「ありがとう、ビー君」  カッチに微笑まれた。  ヤバイ。  悶えたい。  雄叫びを上げながらクネクネしたい。  が、ここは教室だ。  そんなことしたらカッチに引かれる。  いや、それどころか今教室にいる奴等全員にドン引きされる。  つか…………顔がスゲェ熱いんだけど。 「ビー君、何もそんな照れなくても」  グーにした手を口に付けて、咳込むみたいにカッチが小さく笑った。  バレた!?  てかもう全身から火ィ吹きそうだし、なんか変な汗出てきたし…………誰か俺をこっから連れ出してくれ! 「尾藤!」  誰!?  咄嗟に振り返ったら、グラが俺にガン垂れながら教室に入ってくんのが見えた。  なんで俺!?  いや!理由なんかどうでもいい!  いいとこに来てくれた倉原明!  何気に《ラ》多い! 「グ……倉原君!廊下で話そう!」  俺はグラに駆け寄って、ろくに顔も見ないでグラの腕を掴んで先を歩いた。 「なんなんだよオイッ」 「いいからいいから!」 「何がいいんだよっ、ふざけてんのかテメェッ」  グラの文句は昨日の勉強会でちょっと慣れた。  ちょっとだけな。  つか今はそれどころじゃねぇんだよ!  グラを引っ張って廊下に出てすぐ、スゲェ力で手を振り払われた。  振り払えんのに廊下に出るまでそうしなかったってことは……テンパリ全開の俺に気ィ遣ってくれたのか?  なんてことを考えて、思わずグラの顔をマジマジ見詰めてしまった。  ……ホント綺麗な顔してんなぁ……。 「何ガン垂れてんだよ」  はい? 「やんのかコラ」  吐き捨てるように言われて、いきなり胸倉を掴まれた。 「ちょ……っ、違う!待てって!違うって!」  やっぱ怖ェよグラッ。  ちょっと見惚れただけじゃねぇかっ。  こんな奴の腕無理矢理引っ張ってきたさっきの俺、スゲェッ。  って自分褒めてる場合じゃねぇ!  殴られんのを覚悟して、ガッチガチに体が強張った時、 「そんなビビんなよ。冗談だ」  ポコンとなんかで頭を叩かれた。  丸めたノートか?  と思ったら、グラが差し出してきたのは物理の教科書だった。 「これ、お前んだろ?」  言われて受け取って、パラパラと中を覗く。 「あー、うん。多分俺の。拾ってくれたんだ?グ……倉原君」 「いや、俺の鞄ん中入ってた。昨日間違って持って帰っちまってたらしい」  昨日……ファミレスでやった勉強会ん時か。  定期テスト後の追試対策でムッチとグラの面倒見てたカッチが、今回はノブ君の面倒見るって言い出したから、今までカッチがやってた役が俺に回って来ちゃったんだ。  いや、俺の場合は追試対策じゃなくて一緒に本テストの勉強してるような感じなんだけど、要するにムッチが言ってた通り俺は2人の《先生》にされちゃったって訳だ。  けどカッチもなんで本テストじゃなくて追試の面倒だけ見てたんかなぁ……。  『最初から俺に頼るな。やれるだけやってから俺んとこ来い』ってこと?  ……俺、甘過ぎたか……?  まあ、もう勉強会始めちゃったから今更そんなこと考えたってってしょうがない。 「わざわざありがとうな、グ……」 「グラでいい」 「え?」  言い掛けたとこに言葉を挟まれて、訳わかんなくて眉を寄せたら、 「イライラすんだよ、名前呼ばれんのにいちいち『グ』って言われんの」 「……ごめん」  最初、そんな仲良くもねぇのに『グラ』って呼ぶのも悪ィかなぁと思って『倉原君』って呼んでたんだけど、ついカッチやムッチと喋ってる時のノリで『グラ』って言いそうんなって、そのたびに言い直してた。  それが癖んなっちゃったのか、無意識に言ってたんだろうな。 「じゃあな」  なんの前触れもなく、グラが俺に背中を向けた。  それに驚いて、微妙に遅れて「え!?」と口から声が出た時だ。 「あ、あの!すみません!」  唐突に、そばで誰かに謝られた。  歩き出そうとしてたグラが即座に振り返って、釣られて俺も振り返る。  そこにいたのは女の子……な訳ねぇんだけど、どう見ても男子高生には見えない可愛い顔をした、ムッチよりちっちゃい奴だった。  分類的には美少年なんだろうけど、グラとミノリとムッチ(ヒゲなしバージョン)に比べたら普通のほう。  アイツ等の顔面力、訳わかんねぇレベルだからな。  つか、今目の前にいるコイツは、ちっちゃいし細いし目は真ん丸だし、なんかスゲェ小動物っぽい。  女にカワイイとか言われて可愛がられそうなタイプだ。  1年生だよな、間違いなく。 「あのっ、あのっ」  両手を後ろに回して立ってた小動物は、俺とグラが振り返った途端に俯いてモジモジし出した。  かと思ったら、俯いたままいきなり両手を前に突き出してくる。  その手には、ピンクのリボンで口を絞られたピンクの紙袋が乗ってた。 「先輩に食べてもらおうと思って……僕、クッキー焼いたんですっ。受け取って下さいっ」  ……ピンクピンクで手作りクッキーって、どこの乙女ですか……?  え?何?美女顔のチンピラと違って顔も中身も女の子な子なの……? 「モテモテだな、グラ」  美女顔のチンピラ……いや、グラに振ったら、 「俺じゃねぇだろ。なんでか知んねぇけどこの手の野郎には嫌われんだよ、俺は」  グラはあっさりそんなことを言ってきた。  乙女系男子にとって、美女顔のチンピラは目の上のタンコブ……なのか?  嫌われてんじゃなくて、単に怖がられてるだけなんじゃねぇの? 「おい、お前。お前がソレ食ってもらいてぇのは尾藤だろ?」 「は、はい……っ」  グラに尋ねられた小動物が、足元を見詰めてモジモジしながら返事をした。  …………ん?  ビトー?  って俺っすか! 「モテモテだな、尾藤」  グラが俺を横目で見て、あんま関心なさそうに言ってきた。  さっき俺が言ったのと同じ台詞かよ。  言い方もだけど適当過ぎだろ、グラ。  これならまだ囃し立てたりとかしてくれてたほうが、焦って喚ける分反応に困んなくてよかったかもしんねぇ……。  小動物が俺に声を掛けてきた時の声が無駄にデカかったせいか、さっきから周りの奴等がちらちらこっち見てる。  けど、気付いてねぇのか気になんねぇのか、グラは完全に他人事って顔してる。  ……気になんねぇんだろうな、多分。  ノブ君とミノリが喧嘩してたとこに来た時も、俺やタツヤ君達がガン見してるってのに全然気にしてなかったし。  考えてみりゃ、初めてグラに会った時もそうだった。  グラは登校中の奴等の視線を一身に浴びながらムッチに喧嘩吹っ掛けてた。  なんで平気なんだ。  見られ慣れてんのか?  そりゃこの顔だもんな。  黙ってたって目立つから、人に見られんのが当たり前になってんのかもしんねぇ。  人から注目されてみたいって思ってる俺からしたらちょっと羨ましくもあるけど、グラはこの顔のせいで男からもエロイ目で見られてる訳だし、目立つってのもいいことばっかじゃねぇよな。  それ考えると、グラには悪ィけど普通でよかったなって思う。  女にもモテねぇってのはひとまず置いといて、流石に俺は男から告られたりとかは………………告られてんのか?今。  いやっ、小動物はただ俺にクッキー食ってほしいっつってるだけだっ。  きっとアレだ、俺に食ってもらいたいから作ったってのは建前で、ホントは作り過ぎておすそ分けに来ただけに違いない。  俺マジで物忘れヒデェからこの小動物と会うのはこれが初めてな気がしてるけど、絶対どっかで会ってんだ。  紙袋を胸に抱えて上目遣いで俺を見詰めてる小動物の顔をちらっと見て、目を逸らして考える。  ……ダメだ。  眉間に皺寄るくらい考えてんのになんも思い出せねぇ。  諦めんな俺。  なんでもいいから思い出せ。  小動物は手作りクッキーおすそ分けに来るくらい俺に親しみ持ってくれてるってのに、こっちは名前も覚えてねぇなんて最悪だぞ。  んー……あ、なんとなくだけど思い出し掛けてきた。  見たことあるよ、コイツの顔。  どこでだったかな……。  家の近く、か?  そうそう、家の近くだ。  そんで、確か名前は……名前…………はんぺん。  ってそれ、近所の佐々木さんちのチワワの名前だよ。 「尾藤先輩」  呼ばれて焦って小動物に目を向ける。 「え?何?」 「やっぱり、迷惑でしたか……?」  悲しそうな顔で聞かれて、ちょっと胸が苦しくなった。  こんな顔されても思い出せねぇとか、俺ホント最悪だ……。 「ですよね……。いきなり来て、いきなりあんなこと言って……ごめんなさい……」  目を伏せてそう零した小動物の声は今にも消えそうで、少しだけ震えてた。  ……泣いてる?  マジで最悪だな俺。  謝んなきゃいけないのはなんも思い出せない俺のほうだろ……。 「そんなことねぇよ。手作りのクッキー持ってきてもらえるなんて嬉しいよ。ありがとう」  出来る限りの優しい声と笑顔で、俺は俯く小動物に礼を言った。  ああもうっ、しっかりしろ俺の脳みそっ。  早くコイツの名前思い出せっ。 「……受け取ってもらえるんですか?これ」  怖ず怖ずと、小動物が紙袋を差し出してくる。  潤んだデッカイ目に見上げられて、どうしようもなく物忘れのヒデェ自分が心底嫌になる。  なのに頭の片隅で、コイツ可愛いなぁなんて思った。  泣かせたのは俺だってのに。 「貰うよ。ありがとな、ホント」  微笑んで、小動物の手から紙袋を受け取ると、 「嬉しい……」  小動物はまた俯いて片手で目をこすった。  ヤベェ、マジで可愛い。  でも名前思い出せねぇっ。  つか、可愛いは可愛いけど周りの目が気になるから泣かないでくれっ。  これじゃ俺が虐めてるみたいじゃねぇかっ。 「えっと……大丈夫か?」  俺はオロオロしながら小動物の背中をさすった。 「すみません……っ、嬉しくて……っ」 「よしよし、泣くな泣くな」  しゃくり上げる小動物が幼稚園児くらいのちっちゃい子供に見えてきて、俺は妙に優しい気持ちになって自然と微笑みながら小動物の頭を撫でた。 「大したもんだなぁ」  背後から、言葉とは裏腹の無感情な声が聞こえた。  誰っつーかグラだよな、この声は。  振り返ったら、グラはちょっと首を傾げてズボンのポケットに両手を突っ込んだ格好でこっちを見てた。  大したもんって、俺に言ったのか?  相変わらずの仏頂面だから、何考えてんのかさっぱりわかんねぇ。  そういやカッチが「グラは結構思ったことが顔に出る」っつってたけど、グラって俺の前では喜怒哀楽の怒以外あんま出さないし、大体いっつも機嫌悪そうだから無表情と大して変わんねぇんだよな。  だから余計、ニコッて微笑まれると一瞬で恋しそうになるっつーか……。  あれはホント反則だ。  ぶっちゃけ心臓に悪い。  ドキドキし過ぎて。  ……今それは関係ねぇな。 「なんだよ、グラ。どういう意味?」  聞いてみたら、グラは微かに目を細めて鼻で笑った。  うわ……スゲェ腹立つ笑顔だよ……。  笑うんならあの恐ろしく綺麗な笑顔にしてくれ。 「いや、すぐ泣けるってのはスゲェなと思ってな」  笑みを消して答えたグラは、ちょっと顎を上げて小動物に視線を投げた。 「まあ、実際泣いちゃいねぇんだろうけどな。だろ?……名前忘れちまったな。なんつったっけ、お前」  俯いたままの小動物が救いを求めるように俺の袖を掴んでくる。  完璧に怖がってんな、こりゃ。  ったく、グラもこんなちっちゃい子相手に…………ってコイツ、高1か。 「……惣田です」  俺の袖を掴む手に力を込めて、小動物が細い声を搾り出した。  けどグラは不機嫌全開の顔で、 「あ?聞こえねぇよ。もっとはっきり言え」  喧嘩腰に吐き捨てた。  そういう奴だってのはわかってたけど、いくらなんでもこんなチビっこい1年生にまでそりゃねぇだろ……。  見るに見兼ねて口を挟もうとしたら、 「惣田です」  顔を上げた小動物がグラを見据えてきっぱりと言った。  ……あれ?  コイツ、マジで泣いてねぇ……。 「ああ、思い出した。惣田瑞樹だ」  グラ、なんか楽しそうなんだけど…………気のせいか?  つか、ソウダミズキ?  聞いたことねぇよ、そんな名前……。  俺、コイツの名前覚えてなかったんじゃなくて最初から知んなかったのか。  思い出せねぇ訳だよ。  てかこの惣田って奴、グラの知り合い? 「ずいぶん突っ掛かるんですね、倉原先輩」  俺の袖から手を離した惣田は、嘘みたいにシャキッとしてグラの前に進み出た。 「まさかとは思うけど、尾藤先輩と付き合ってるんですか?」  …………は?  今コイツ、なんて言った?  俺とグラが付き合ってるって言ったのか……?  転入初日にムッチにも似たようなこと言われたけど、さらっと男同士で付き合ってるとかなんとかって……アレか?男子校ジョークってやつなのか? 「だったらどうすんだよ」  惣田を見下ろして、グラが薄く笑った。  その瞬間、周りにいた連中が一斉に俺達を凝視した。  痛い……!  視線が痛い!  今まで見て見ぬフリしてた癖になんなんだお前等!  もしかして全員グラのこと狙ってたのか!?  ……モテモテだな、グラ。  流石っつーか、ここまで来ると怖ェよ、かなり……。  つか、どういうつもりだグラ。  なんで否定しないんだよ。  お前のせいで俺、今周りにいる奴等から袋叩きにされっかもしんねぇんだけど……。  なんて、周りの目を気にしてビクビクしてんのは俺だけだった。  グラも惣田も周りなんか眼中ねぇって感じで、さっきっからお互いの顔しか見てない。  それにしても惣田、今までの乙女っぷりはどこに行っちゃったんだ。  頭1個分くらい身長差あるグラと睨み合えるなんて、乙女じゃねぇどころか俺より男らしいじゃん……。  とか思ってたら、惣田の顔が見る見るうちに情けなく歪んでった。 「僕……」  泣くのを必死に我慢してるみたいだけど、惣田の口から出てきた声は完全に涙声だった。 「僕……尾藤先輩のことが好きなんです。倉原先輩には絶対迷惑掛けないようにしますから、お話するだけでも許してもらえませんか……?」  声だけじゃなくて身体までプルプル震えてる。  デッカイ目に涙溜まってきてるし、今度こそマジで泣くぞ、惣田。  けど、そんなんなってもグラから目ェ逸らさないのは立派だよな。  ……ちょっと待て。  惣田が俺のこと好き……?  やっぱ告られてたのか俺! 「本音じゃねぇだろソレ」  ひとつ舌打ちして、あからさまにイライラしながらグラが言った。  本音じゃねぇ?  やっぱり?  そんなこったろうと思ったよ。  けど、じゃあどうして惣田は俺に告るフリしたんだ?  そんな奴には見えねぇけど、本命をオトすために俺を利用しようって魂胆なのか?  だとしたら、惣田の本命はグラ……いや、カッチか?それともムッチなのか?  カッチだったらライバルだな……。 「こんだけ人がいる中で告ったんだ。尾藤オトす自信あんだろ?俺とコイツが付き合ってるからって、ここまで来といて逃げんのか?あ?」  またコイツは嫌な薄ら笑いで喧嘩売ってもう……。  相手はか弱い1年生だってのに、それじゃお前ただの悪人………………何!? 「自信なんて僕……」 「マジでコイツが好きなら掛かって来いよ。なぁ?ミズキちゃん」  とうとうグラから目を逸らして俯いた惣田と、そんな惣田を見下ろす悪人面のグラ。  その横で、俺はどうしたらいいのかわかんなくて、アホみたいに2人の顔をキョロキョロ見比べた。  つかホントにどういうつもりなんだよグラ!  俺と付き合ってるとか掛かって来いとか!  ……あれ?  掛かって来いっつーわりにはあの変な……エロイ気分になるオーラ出てねぇな。  グラは本気じゃねぇってことなのか?  そりゃ俺とグラは付き合ってねぇし、グラはクリケンのことが好きなんだから本気な訳ねぇんだけどさ。  だったらなんで惣田を煽るんだよ。  マジで意味不明なんだけど。  まさかコレでクリケンにヤキモチ妬かせようなんて思ってんじゃねぇだろうな、グラ。  見た感じグラとクリケン進展なさそうだし、コレでクリケン焚き付けようとか……って、そんな乙女思考なグラ気持ち悪ィーッ。  絶対ない!絶対ねぇよ、それは!  とにかくだ!  このままだと惣田も周りの奴等もグラの嘘信じ込んじゃうし、俺は周りの奴等から袋叩きにされて下手したらクリケンにもボコられる!  ヤバイって!そうなる前になんとかしねぇと! 「グラ!」  グラの肩を掴んで張り上げた声は我ながらウケ狙ってんじゃねぇかってくらいひっくり返ってたけど、マサヤン気にしない! 「お前何考えてんだよ!俺等別に付き合ってねぇじゃん!」  ひっくり返った声で抗議したら、俺の顔をガン見してたグラの口がニヤッと吊り上がった。  なんか嫌な予感する……! 「照れんなよ、マサヤ」  言うなりグラは前から伸ばしてきた手で俺の後頭部を押した。  グラに顔を突き出すような格好になって、なんだ!?なんて思ってる間もなく、いきなり視界が霞んだ。  焦点合わねぇっ。  つか、口に当たってるコレ何? 「ムカツク!」  怒鳴り声が耳に突き刺さった。  その瞬間、口に当たってたモンも離れて、視界も元に戻った。  うお……!  とんでもねぇ美人がスゲェ近くに……!  ってグラだよ!  てかマジ顔近過ぎ! 「アンタ最悪だな!絶対別れさせてやる!覚悟しとけ!」  怒鳴る惣田に片手で突き飛ばされて1、2歩後ろに下がったグラは、 「やっと尻尾出しやがった」  大股で帰ってく惣田の背中を楽しそうに眺めてた。  何考えてんだ、コイツ。  ホントわかんねぇ。  にしても、なんか急に周りがうるさくなったな。  可愛い小動物みたいな惣田がブチギレたからか?  それもあんだろうけど、多分一番の理由は……。 「悪ィな、尾藤。気持ち悪かったろ」  …………いいえ。  寧ろその逆ですよ、倉原さん……。  あなたノ唇、トテモ柔ラカイネ……って思わず片言になりそうなくらいですよ……。  ……ヤベェな、ちょっと本気になりそうだ。  付き合いたいっつーか、ヤりてぇ。  なんて思ってないもん!  落ち着け俺の下半身!  俺はグラと目を合わせないように視線を斜め下に落として溜め息をついた。 「お前さ……あんな簡単に男にチューとかしちゃえる奴だったんだな」 「簡単でもねぇよ。相手による」 「え!?」  グラの言葉に反射的に顔を上げて、俺はグラの顔を凝視した。  それってつまり、俺だから出来たってことなのか!?  ああっ、グラがいつもの倍綺麗に見えるぜコノヤローッ。 「お前の場合、犬猫にすんのと同じっつーか」  あっさり言われて目が覚めた。  俺は犬猫と同レベルか!  さっきのドキドキを返せコノヤローッ!  でも、今ので完全に脳みそがクールダウンしたぞ。  学校の廊下で、しかも今昼休みで、結構たくさん人がいる中で野郎に告られて、その上野郎にモテモテのグラにチューされたんだよな、俺……。  惣田はめっちゃキレてたし、グラを狙ってるっぽい周りの奴等の視線には殺気が篭り出した気がするし、クリケンに知られたら絶対殴られるし、クリケンがブチギレたらクリケン信者の皆さんもブチギレんだろうし…………俺、どうなっちゃうんだろ……。  つかホント……、 「何考えてんの?グラ」  俺はガックリ肩を落としてグラを見た。  そしたらグラは小さく笑って、 「初めてアイツ見た時昔の自分と被ってな、気になってしばらく観察してたんだ。したらアイツ、俺には出来ねぇこと簡単にやりやがってさ。面白ェ奴なんだよ、惣田瑞樹って」  昔の自分?  惣田もまあ女の子っぽい見た目だけど、どっからどう見ても完璧な美少女だったお前とは大分種類が違うと思うぞ……。  てか、惣田観察の延長で俺にチューしたのか、お前は。  ……いいんだ、グラにとって俺は男どころか人間でもねぇんだ……。  切ねぇ……っ。  けど、それならクリケンにボコられることはねぇよな。  あとは周りにいる連中が今のグラの話をちゃんと聞いてたかどうかだ。  皆さーん!俺は無害なワンコでーす!  って言えたらどんなにいいだろう……。

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