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第12話
人に注目されるってのは、思ってたよりあんま気分いいもんじゃないってことがわかった。
いや、俺自身の力で人の目を引いてたんならちょっとは違ったのかもしんねぇ。
5限が始まる直前に教室に戻ったのがマズかったな。
もうちょっと早く戻ってれば、俺を待ち構えてたクラスの奴等にあれこれ聞かれたりからかわれたりしてたんだろうけど……。
俺のすぐあとに先生が来てそのまま授業が始まっちゃったから、みんな俺をチラ見してコソコソ話してる。
その中でたまに声を潜めて笑う奴とかがいたりして、恥ずかしいわ気まずいわでスゲェ落ち着かねぇ。
カッチもやっぱ周りの奴と俺の事話してんのかな……。
首だけ動かして、俺の席から大分離れた斜め後ろのカッチを振り返る。
……普通にノート取ってるよ。
軽くショックだ。
少しは気にしてくれ!
じゃあムッチはどうだ?と思って反対側に首を動かす。
窓際の後ろのほうの席のムッチは…………机に突っ伏して寝てやがった。
まあ、変に面白がられるよりいっか。
でも、なんかちょっと寂しい……。
「……マサヤン」
小声で話し掛けてきたのは隣の席のハッシー。
ハッシーは先生が黒板の方を向いてんのをいいことに、机ごと寄ってきてニヤニヤしながら俺の顔を見た。
「……グラと付き合ってるってマジ?」
ついに直接来ましたか……。
「……付き合ってねぇよ。グラが冗談で言っただけ」
苦笑いして溜め息混じりに答えたら、
「……でもさっきグラとキスしてたじゃん」
「……あれも冗談。あんなことする奴だと思ってなかったからめっちゃビビったよ」
「……そうなん?グラって冗談でキスする奴だったんだ……。俺もされてぇなぁ……」
本気なのかそうじゃねぇのかイマイチわかんねぇ顔で、ハッシーは遠くを眺めてぼんやり言った。
あの時ハッシーも廊下にいたのか。
ってことは、全員が全員俺をボコる気満々だった訳じゃねぇんだな。
ちょっとホッとした。
「尾藤、橋口。お前等何喋ってんだ。橋口は机戻せ」
ヤベ、先生に怒られた。
けど、
「すんませーん、教科書忘れたんで尾藤君に見せてもらってるんすー」
棒読みで平然と嘘つくハッシー。
お前、教科書持ってんじゃん……って、いつしまった!?
机ごと寄ってきたのもその言い訳するためだったのか!?
用意周到だな、おい。
先生も「机はいいから静かにしてろ」で終了しちゃったよ。
で、
「他の連中も喋ってないで授業聞け」
とクラス中の奴等を叱ってくれた先生、心底ありがとう。
そのまましばらく話してた先生がまた黒板の方を向いた時、
「……ミズキちゃんと付き合うの?」
話を振ってきたのはハッシーじゃなくて、前の席のヤマチーだった。
ヤマチー、スゲェワクワクしてんのモロわかりなんだけど……。
つか、ミズキちゃん?
「……ヤマチー、惣田のこと知ってんの?」
聞いてみたら、
「……あれ?ミズキちゃんのこと知んなかったの?マサヤン」
逆に不思議そうな顔で聞き返された。
惣田って有名なのか?
首を傾げるとハッシーが、
「……しょうがねって、ヤマチー。マサヤンめっちゃ馴染みまくってるけど一応転校生なんだから」
「……あ、忘れてた」
忘れてんなよっ。
いや、ハッシーも言ってたけどそれだけ俺はこのクラスに馴染んでるってことで。
そう思うと、転校生だってことを忘れられてたのは正直嬉しいな。
「……ミズキちゃんはね」
いきなり入ってきたのは、ヤマチーの隣、ハッシーの前の席のサッカ。
話に入るタイミング窺ってたのか、サッカ……。
「……『1年生の中で一番可愛い』ってアイドル扱いしてる奴等が結構いてさ。校内じゃちょっとした有名人ってやつ」
可愛くてアイドル扱いか……。
確かに惣田は可愛いけど、男子校でソレってなんか可哀相だな。
でもそうか、だからグラは惣田に親近感を持ったんだ。
「……そうそう、アイドルアイドル」
サッカの言葉にハッシーが苦笑いで頷くと、ヤマチーが惣田に関することを思い出そうとしてんのか目だけ天井に向けて口を開いた。
「……ぶっちゃけああいうタイプってイジメの標的にされそうなのに、なんでかミズキちゃんはなんないんだよな」
「……それ俺も思ってた」
ヤマチーを見てサッカが続ける。
「……グラみたいにヤンキーな訳でもスゲェ強ェSP連れてる訳でもねぇのに、誰もミズキちゃんイジメたりしねぇよな。ぶっちゃけ俺、ああいうナヨナヨしてる奴見てっとイライラすんだけど。流石にイジメたりはしねぇけどさ。……なんでイジメ回避出来んだろうな、ミズキちゃん」
「……前世がお姫様とかなんじゃねぇの?」
ちょっと馬鹿にしてるみたいにハッシーが言った。
サッカとハッシーは惣田のことあんまよく思ってねぇのか。
そういやグラは惣田のこと『面白ェ奴』っつってたな。
グラもああいうタイプにはイライラしそうなのに。
考えてみりゃグラは『惣田は俺に出来ねぇことを簡単にやる』とも言ってたけど、惣田に出来てグラに出来ねぇことってなんだ?
……可愛く泣き落とし、か?
惣田みたいに可愛く泣くグラ…………想像出来ねぇっ。
「……んで、ミズキちゃんとは付き合うの?マサヤン」
突然ヤマチーが笑顔で話を振り出しに戻した。
それも忘れてくれてりゃよかったのにっ。
「……付き合いません。惣田には悪ィけどほか当たってもらうよ」
と俺が肩を竦めた時、
「山内、酒井、尾藤、橋口、起立!お前等授業終わるまで立ってろ!」
先生に怒鳴られた。
こうして俺達は残りの約30分間、先生の容赦ない質問攻撃を食らいながら、立って授業を受ける羽目になった。
今日の俺、スゲェ注目の的じゃん?
……こんな目立ち方、マジ勘弁だ……。
5限が終わって、カッチのとこに行く間もなくソッコーみんなに取り囲まれた俺は、ヤマチー達に言ったのと同じことを何度も繰り返して疲れ果ててしまった。
ヤマチー達が助けてくんなかったら、ヤケんなって「グラと付き合ってます!」とか「惣田と付き合います!」とか言っちゃってたかもしんねぇ。
ホントありがとう、ヤマチー、サッカ、ハッシー。
仲良く30分間立ち授業受けて、俺達の絆も深まったみたいだよ。
じゃあ先生にもありがとう。
で、カッチとムッチはというと、
「ビー君、弁当ごちそうさま。旨かったよ」
「マジで旨かったっ。ホントサンキューッ」
みんなが俺から離れたとこに弁当箱を返しに来た。
しかも、グラのことにも惣田のことにも全く触れないで、
「なんか食いたいもんある?マサヤン。弁当のお礼に奢らせて」
「俺、もんじゃ食いてぇなぁ」
「お前には聞いてねぇよっ、このメガネッ」
ムッチはカッチの眼鏡を奪い、
「メガネメガネ」
カッチはへっぴり腰でフラフラ眼鏡を探す。
それを見て、俺は思わず吹き出した。
グラとチューしたことも惣田に告られたことも頭から吹っ飛んだ。
今んとこ、俺は全然悩んでない。
2人にはマジで悩んだ時だけ相談すりゃいいんだ。
大丈夫、惣田のことは1人で解決出来る。
そう簡単に2人の手は借りない。
特にカッチにはな。
好きな奴に「1年生に告られちゃった。どうしよう」なんて言えねぇし、第一そんなのカッコ悪ィじゃん。
「おい!尾藤って奴いるか!」
いきなりドスの利いた声が教室に響き渡った。
昼休みの時はグラ、廊下に出たら惣田、今度は誰だよ!
声がした方向、教室の前のドアに視線を向けたら、ゴッツイ兄ちゃんが開けっ放しのドアの代わりにそこを塞ぐようにして立ってた。
ノブ君のがゴツイし怖ェけど、制服着てなかったら多分高校生に見えないくらいイカツイ。
でもあの兄ちゃん、少年漫画のヒーローみたいな顔してて何気にカッコイイぞ。
流石《イケメンの宝庫》、ゴッツイ兄ちゃんもイケメンだ。
つか3年生?
つか、誰?
「うわ、平子先輩じゃん」
「グラがビー君にキスしたっての、3年生にまで伝わっちゃったのか」
「まだグラのこと諦めてなかったんだな、平子先輩……」
「スゲェ執念だよな。鼻と前歯折られてもまだ好きって相当だろ」
「……平子先輩ってマゾだったりしてな」
ヒラコ……?
鼻と前歯折られた……?
グラに……?
「尾藤ってのはどいつだ!」
明らかに怒ってますよ、マゾの平子先輩……。
……こりゃダメだ。
助けてムッチーッ!
「マサヤン」
救いの眼差しを向けたら、ムッチが真顔で俺の左肩に手を置いた。
助けてくれるんだねムッチ!
「平子先輩、ああ見えていい人だから。ちゃんと事情話せば投げられたりしないよ」
…………は?
事情話す?
いや、それより、
「投げられたりって何?何投げんの?ボール?ほーら取ってこーいとか?」
「じゃなくて」
ムッチは半笑いになって、チラッと平子先輩がいるほうに視線をやった。
「あの人、元柔道野郎。投げんのは人間」
柔道……?
一瞬、華麗に一本背負いを決める柔道選手が脳裏を過ぎった。
投げられんのは俺か!
「お前が尾藤か!」
背後から怒鳴り付けられてビクッと肩が跳ね上がった。
ヤバイ。見付かった。
もう逃げらんねぇ!
「違うっすっ、俺じゃないっすっ」
……あれ?
上擦った声が聞こえて恐る恐る振り返ったら、ドアに一番近い席のモッサンが平子先輩に胸倉を掴み上げられてた。
俺が名乗り出ねぇから関係ないモッサンがあんな目に……。
でもこのまま黙ってりゃ俺に害はない。
ほっとこっかな。
投げられたらやだし。
ごめんな、モッサン。
今は堪えてくれ。
って、俺はそこまでヘタレじゃねぇ!
「俺が尾藤です!」
俺は声を振り絞って勢いよく片手を挙げた。
途端、教室がしんと静まり返った。
みんなが俺を見てる。
今回は俺自身がやったことでそうなった訳だけど……注目されるって、やっぱあんまいいもんじゃねぇな……。
顔引き攣らせてビビってるとこなんか見られたくねぇよっ。
緊張し過ぎて口から心臓出そうだし、マジカッコ悪ィッ。
「お前か。ちょっとツラ貸せ」
平子先輩はモッサンから手を離して、俺に顎をしゃくって教室から出てった。
止まった時間が元に戻ったみたいに教室がザワつき始める。
でも、恐怖と緊張で全身が固まっちゃってた俺は、1人だけ一時停止続行中で挙げた手も下ろせなかった。
なんとかムッチとカッチを振り返ったら、やたら優しい笑顔でゆるく手を振られた。
素敵なお見送りサンキューだよクソーッ!
わかったよっ。
これは俺の問題だっ。
1人で解決するよっ。
「……行ってきます」
覚悟は決めても急にヘタレは卒業出来ません……。
俺はか細い声で2人に言って、ヨロヨロ平子先輩のもとへ向かった。
廊下に出るまでの間、「頑張れ!」とか「負けんな!」とかみんなからの声援を受けて、肩を叩かれたり背中を叩かれたりしたせいか、俺がこれから行くのはなんかの試合なんじゃねぇかと思えてきた。
試合っちゃ試合なんだろうか……。
しかも勝ち目のねぇ試合だ。
格闘技の経験なんて体育の授業の剣道くらいで、殴り合いの喧嘩もしたことねぇモヤシっ子の俺が、本気で柔道やってたゴッツイ兄ちゃんに勝てる訳がねぇ。
とにかく、ムッチを信じて事情を説明しよう。
って、どう説明すりゃいいんだ?
グラが俺にチューしたのはずっと気に掛けてた惣田を煽るためだよな。
でもそんな言ったら今度は惣田の教室に怒鳴り込みに行っちゃわねぇか?平子先輩。
俺より細くてちっちゃい惣田が平子先輩に投げられでもしたら………………考えただけで怖ェ。
それだけはなんとしても阻止しねぇと。
最悪、俺が投げられりゃあ解決するだろ……とは思うけど、投げられたら痛ェだろうな……。
なんてことを考えながら、黙って俺の前を歩く平子先輩についてって、辿り着いたのは屋上だった。
「お前、倉原と付き合ってんのか?」
ここに来るまでマジで一言も喋んなかった平子先輩が、金網に凭れ掛かって俺を睨んで低い声で言った。
……怖ェっす。
スゲェ怖ェっすっ。
でもちゃんと説明しねぇと……。
ファイト俺っ。
「いや、あの……付き合っては……」
「あ?」
「付き合ってません!」
めっちゃ眉間に皺寄せられて、俺は反射的に背筋を伸ばして声を張り上げた。
でも先輩の眉間の皺は消えないどころか、
「じゃあキスしたのはなんでだ」
より一層濃くなった。
もしかして、俺がチューしたことになってんのか!?
「あ、あれはっ、そのっ、グラの冗談でっ」
「冗談でキスする奴じゃねぇだろ、アイツは」
「俺もそう思ってたんすけどっ、ホントなんですってっ、これっ」
慌てて言い返したら、平子先輩は顔をしかめたまま舌打ちして俺から目を逸らした。
「どこがよかったんだよ、こんな顔だけみてぇな奴……」
…………ん?
今、先輩「顔だけ」っつたか?
俺の顔、「だけ」なんて言われるほど目立つ顔じゃねぇぞ。
聞き違いか?
考えてたら、先輩が俺を一瞬横目で見て溜め息をついた。
「なんでこんな顔だけみてぇな奴……」
やっぱ言ってるな、顔だけって。
なんつー嫌味だ。
「あの、俺マジでグラとは付き合ってませんから。キスにしたって、犬猫にすんのと一緒だって言われたんすよ。それに『顔だけ』って……。俺より先輩のが遥かにカッコイイじゃないすか」
ちょっとムカついたら妙に頭ん中が落ち着いて、不思議なくらいスラスラ言葉が出た。
外見が怖ェっつーならノブ君のが怖ェし、平子先輩にはクリケンみたいな強烈な威圧感もない。
そう思ったら、平子先輩のことがそれほど怖くなくなった。
つか、ここ最近でかなり怖い奴慣れしたよな、俺……。
「いい奴だな、お前」
………………はい?
俺を見詰めてポツッと呟いた先輩にどう答えていいのかわかんなくて、内心オロオロしてたら6限開始のチャイムが鳴った。
助かった!
「授業始まりましたよっ。教室戻らないとっ」
「サボれ」
「え!?」
いきなり何言ってんだアンタッ。
用は済んだし、俺は教室に戻りたいんだよっ。
「いいからサボれ。ちょっと話そうぜ」
なんで急にそんな爽やかな笑顔!?
つかこの人、ヤンキーなのかと思ってたけど実際は体育会系の爽やか兄ちゃんなのかもしんねぇな。
ガン垂れてる時より笑った顔のが自然な感じするし。
「おい、尾藤。50分くらい付き合えるよなぁ?」
でも睨まれるとやっぱ怖ェっす……。
「……はい、お付き合いさせていただきます……」
肩を落として渋々頷くと、
「初めてアイツ見た時な」
平子先輩は唐突に、俺じゃなくて空に向かって話し始めた。
「なんでココに女子がいんだ?って本気で思ってさ」
「あー……グラって1年ん時は丸っきり女の子でしたからねぇ」
写真でしか見たことねぇけど、あれは完全に美少女だよな。
「そうなんだよ、丸っきり女だったんだ。なのにコレ着てんだよな」
先輩は俺を見て、苦笑いしながら自分の制服の胸を引っ張った。
「スゲェ綺麗な女だなと思って一目惚れしたけど、ココにいてコレ着てるってことは男な訳だろ?」
「まあ、そうなりますね。でも先輩はグラが男だってわかっても気持ち変わんなかったんでしょ?」
聞いてみたら、先輩は苦笑を微笑みに変えて、また空を見上げた。
「俺、ちょっと考えたんだ」
「何をっすか?」
「コイツは訳あって男の格好して男子校に入ってきた女だ!って」
…………先輩、夢見過ぎ。
でも1年前のグラじゃそう思っても仕方ないっちゃ仕方ない……か。
今でもグラは綺麗な顔してるけど、俺よりデケェし腕力もあるし、トータルで見ると流石にもう女の子には見えない。
先輩は《学ランの美少女》に一目惚れしたんだ。
今のグラのことも好きだっつっても、やっぱグラには美少女のままでいてほしかったんじゃねぇかな。
「グラがあんなデッカくなっちゃって、先輩的にはショックっすか?」
空を見上げる平子先輩の横顔に聞いてみると、先輩は爽やかな笑顔で俺を振り返って、
「全然。まあ、女にしちゃデケェかもしんねぇけど、あれくらいならバレーボールの選手とかスーパーモデルとかにいんだろ?」
なるほどな、スーパーモデルか。
「いそうっすねぇ。でも声は普通に男の声だし、今は完全に男にしか見えねっすよ」
「そうなんだよ。そこなんだよなぁ……」
真顔になった先輩は、ちょっと俯いて深い深い溜め息を吐き出した。
グラを《綺麗な女》だと思って好きんなった訳だから、多分先輩は元から男もオッケーな人じゃない。
それで自分が男に一目惚れしたなんて認めたくなくて、『コイツは女だ』って思い込もうとしたんだろう。
でも声聞いちゃったら現実見るしかねぇよな。
俺も元から男が好きだった訳じゃねぇけど、カッチはどう見たって男だし、カッチのことを女の子だって思い込もうとしたりもしなかったな。
……って、どっからどう見ても男にしか見えねぇカッチを好きんなった俺は、実は元から男もオッケーだったのか……?
眼鏡掛けてりゃ性別なんかどうでもいいとか……。
もしかして俺、眼鏡に恋してんのかな……。
いや、でも例えばムッチやヤマチーが眼鏡掛けてたとしても恋愛対象として好きにはなんなかったと思う。
クラスにもカッチ以外に眼鏡掛けてる奴いるけど、そういう意味で好きにはなってないし。
眼鏡じゃねぇんだ。
カッチなんだ。
……俺は恋してるんだ、カッチに。
うお、恥ずかしいっ。
そう改めて自覚すっとやっぱりめっちゃ恥ずかしいっ。
でも、平子先輩だって俺んとこに怒鳴り込みに来るほどグラに恋してんだ。
しかも先輩は1年前からだし、グラに鼻と前歯折られたらしいけど全然めげてねぇし、ある意味俺より熱いよな。
カッコイイっす、先輩。
グラはほかに好きな奴がいるけど、俺は先輩のことを応援するっす。
……先輩とクリケンがグラを巡ってガチバトルしたらどうなるんだろうな……。
ノブ君とミノリが言うには、クリケンはグラと同じかグラより強ェって話だから、グラに鼻と前歯折られた先輩は……。
俺は先輩を応援するっす!
けど、鼻と前歯折られるって…………グラに何したんだよ、先輩。
グラはそう簡単に人殴んねぇってムッチ言ってたぞ。
聞いてみたいけど、聞いていいんかな、コレ……。
「アイツのあの声はアイツが作った声なんだよな」
突然言われて、無意識に逸らしてた視線を先輩に向け直す。
目が合うなり、またしても爽やかに微笑まれた。
「ああなる前は女っつっても通る声だったんだ。つか、男ならほっといても声低くなんだろ。わざわざ喉潰したってことは、やっぱアイツ女なんだよ」
先輩!白い歯が眩しいっす!
色黒だから余計に!
…………現実見れてねぇよ、この人っ。
「いや、男でも高い声の奴はいますよ。大体、グラの声がああなる前って1年くらい前でしょ?そん時はまだ完全に声変わりしてなかったんかもしんねぇし。先輩の夢ぶち壊すみたいで申し訳ないすけど、アイツは間違いなく男っすよ」
これだけ言やわかってくれんだろ……。
と思ったら、睨まれた。
何故……!
「間違いなくってなんで言い切れんだよ。お前、言い切れるようなモン見たのか?それともしたのか!?」
何故胸倉を掴むんですか!先輩!
「み、見たっつーかっ、アイツ普通に便所行きますしっ。うあっ、いやっ、横から覗き込んだ訳じゃねっすよ!?それにアイツ、体育ん時とかクラスの奴等と一緒に着替えてますって、きっとっ。クラス違うからわかんねぇけどっ。とにかく!先輩が思ってるようなことはしてねっす!マジでしてねっす!」
ちょっとしてみたいけどネ☆
なんつったら100パーぶん殴られそうだ……。
つか、
「そこまで言うなら自分で行って確かめてくりゃいいじゃないすか!」
「確かめようとしたんだよ!けど下脱がす前に殴られたからまだ希望は捨てらんねぇ!」
「上は脱がしたんすか!なら……って、エェッ!?」
「オッパイねぇ女ならいくらでもいる!世の中巨乳だけじゃねぇ!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
頭ん中混乱し過ぎて声が裏返った。
あのグラ相手に上脱がせて下まで行こうとしたって、そりゃアンタ鼻も前歯も折られるよ。
でも、あのグラが下脱がされる直前までおとなしくしてたとは思えねぇし……。
どうやって上脱がせたんだ?
「ずいぶん妙な組み合わせだな」
いきなり横から声を投げられて、先輩に胸倉を掴まれたまま振り返ってみたら。
「倉原……」
先輩はぽつっと呟いて手を離してくれた。
……なんつータイミングでやって来るんだ、倉原明……。
「お前等知り合いだったのか?」
そう言ってグラがズボンのケツポケットから出したのは煙草の箱。
ああ、授業サボってここで一服しようと思ってたんですか。
グラは屋上、クリケンは体育館裏。ホント漫画のヤンキーと一緒だな。
次は便所か?
「よせよ、煙草なんて」
不意に先輩がグラの手から煙草を引ったくった。
先生みたいな説教臭い感じじゃなくて、ホント自然な、グラの体気遣ってるみたいな静かで優しい口調だったから、俺が言われた訳でもねぇのに顔が微妙に熱くなってドキドキした。
やっぱカッコイイよ、平子先輩。
顔もだけど、背ェ高いし体もガッチリしてるし、なんつっても全体的に爽やかだから、普通に女にもモテそうだ。
グラが女顔のアイドル顔なら先輩は男前の俳優顔って感じだし、マッチョは苦手って女でもこの顔だったらオッケーっつーんじゃねぇかなぁ……。
寧ろ女から「抱かれたい!」とか言われる系だろ、先輩。
「お前にとやかく言われる筋合いねぇよ。返せ、それ」
そんなことを言うわりに、グラは両手をズボンのポケットに突っ込んだまま先輩にガン垂れるだけだった。
なんで奪い返そうとしねぇんだ?
「ダメだ」
言うなり先輩は、煙草の箱を雑巾絞るみたいにして引き契って地面に落とした。
先輩、マジカッコイイ……。
「テメ……ッ」
グラの言葉を遮るように、先輩はその肩に手を置いた。
「丈夫な子、産めなくなるぞ」
「産める訳ねぇだろ」
グラがクールに先輩の手を払い落とす。
……先輩、マジカッコ悪ィ。
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