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第13話
で、俺はどうすりゃいいんだ?
ここはひとつ先輩のために、俺は教室戻って先輩とグラを2人っきりに……って、そんなことしたらグラの身が危ない。
いや、危ないのは先輩のほうか?
先輩が悪ィとは言え、グラに鼻と前歯折られてんだもんな……。
溜め息をついてなんとなく視線を落としたら、さっき先輩が引き契った煙草の残骸が視界に入った。
腰を曲げてそれを掴んで体を起こす。
ゴミを放置するなんて俺の良心が許さなかったとか、学校の美化活動に協力しようとか、先生に見つかったらあとあと面倒だとか、そんなまともなことを考えて煙草の残骸を拾い上げたんじゃない。
単にほかにすること思い付かなかっただけなんだけど…………コレ、どこに捨てりゃいいんだろうな。
とりあえず教室に持って帰ってゴミ箱に入れて、上から別のゴミ置いて隠蔽工作を……。
とか考えながら煙草の残骸を上着のポケットんとこまで持ってって、ふと顔を上げたらグラと目が合った。
なんかグラ、微妙に不審者見るような目付きになってねぇか?
なんでそんな顔…………あ、ゴミをポケットに収納って、何気にストーカー臭ェ……?
「あのさ……」
黙ってたらもっと怪しまれそうで、煙草の残骸を握った手を腹の前に移動させてそう言ってみたけど、咄嗟に上手い言い訳が出てこなくてグラから目を逸らした。
……ヤバイ。
こんだけキョドってたら余計怪しいじゃねぇかっ。
でも何を言えば……。
俺は困って意味なく煙草の残骸を見詰めた。
そうだ、コレだ。
「俺も、煙草やめたほうがいいと思う。体に悪ィしさ。吸うならハタチんなってからってことで……」
「ハタチんなったらやめるつもりだ」
そんな言葉と同時に手から煙草の残骸をむしり取られて反射的にグラを見ると、グラは片手で握り潰したそれを俺のほうを向いたまま後ろに放り投げた。
「何してんだお前はっ。ゴミはゴミ箱に捨てなさいっ、ゴミ箱にっ」
思わず煙草の残骸を拾いに行ったら、
「お袋かよ、お前」
苦笑混じりに呟かれた。
途端に恥ずかしくなって一気に顔が熱持ったけど、マサヤン気にしないっ。
なんとでも言えっ。
「なぁ、倉原。尾藤もやめろっつってんだ。煙草は今日できっぱりやめろ。将来産む子供のためにも」
「しつけぇよ!」
…………グラがキレた。
確かにしつけぇっすよ、先輩……。
「……グラ、先輩はお前のこと女の子だと思いたいんだよ。お前が100%男だってわかれば先輩も諦め付くんじゃねぇかな」
グラのそばまで行って小声で提案してみたら、
「全裸にでもなりゃコイツも納得すんだろうけどな、コイツの前でだけは死んでも脱ぎたくねぇ」
グラは先輩にガン垂れて吐き捨てた。
そんなに嫌かっ。
「大丈夫だ、倉原。全裸んなんなくてもちょっと触らせてくれりゃあ……」
そう言った先輩の目があからさまに下を向く。
……先輩、それじゃただのエロオヤジっす。
「ざけんなコラ!畳むぞテメェ!」
「落ち着けグラッ、落ち着けってっ」
俺は先輩とグラの間に割って入って、飛び出し掛けたグラの肩を前から両手で押さえた。
けど押し戻されそうってか吹っ飛ばされそうってか、多分俺の腕あんまもたねぇっ。
女の子にこんなパワーあるかよ!
グラは絶対間違いなく本当の本当に男っす先輩!命懸けてもいいっす!
つか、マジで先輩はどうやってコイツの服脱がせたんだ?
力もスゲェけどグラは空手やってた訳だし、抵抗されたらボタンの1個だって外せねぇだろ、普通。
普通……じゃねぇのか。先輩は柔道やってたんだもんな。
脱がせたとか脱がされたとかって前に、完璧異種格闘技戦じゃん。
ちょっと観戦したかったかも。
「どいてろ」
後ろから肩を掴まれたかと思ったら、いきなり横に払いのけられた。
足がもつれてコケそうになって、慌てて体のバランスを取る。
うおっ、とか声出てヨタヨタしたけど、コケるよかマシだ。
つか、マジビビったっ。
「そんな怒んなよ。軽い冗談じゃねぇか」
「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ」
俺のことは完全放置プレイで、先輩とグラは低い声で言い合ってガンの垂れ合いを始めた。
先輩、グラのこと好きなんだよな?
なのにこの、ラブのラの字もねぇ緊張感はなんなんだ。
告白タイムってか殴り合い寸前の空気じゃねぇかよ、これ……。
「俺は女じゃねぇんだ。女がいいならほか行けや」
「だから、お前が男だって証拠見せろっつってんだよ、俺は」
「見せりゃ引くのかよ」
「そうだな。脱げよ、全部。なんならまた手ェ貸してやろうか?」
「調子くれてんじゃねぇぞ、このクソ野郎」
……俺の入る余地なし。
この隙に、こっそり教室帰っかな。
2人がマジで喧嘩始めても俺には止めらんねぇし、ぶっちゃけ今の時点で止められそうにねぇし。
でも授業の真っ最中に教室入んのもなぁ……。
どっかで時間潰すにしてもどこ行きゃいいのかわかんねぇし、校内ウロウロしてっとこ先生に見つかったらいろいろ面倒そうだし……。
あと、やっぱちょっと見てみたいんだよな、異種格闘技戦。
見てりゃグラがどうやって脱がされたかわかるかもしんねぇし。
エロイ意味でなく、グラの服脱がすなんてそう簡単には出来ねぇと思うんだ。
マジで先輩どうやったんだ?
「わかんねぇなぁ……」
「何がだよ、尾藤」
…………ん?
なんで俺に話振るんだ?グラ。
「何がわかんねぇんだよ」
聞こえてたのか……!
俺のこと気にしてねぇと思ってたっつーか、そんなデカイ声で言ったつもりなかったのに!
この際だ。
聞いてやれっ。
「いや、なんつーか……お前、喧嘩強いんだよな?なのになんで先輩に服脱がされたのかわかんなくてさ」
言ってみると、ガン垂れモードからいつもの仏頂面になって俺の話を聞いてたグラがほんのちょっと首を傾げて口を開いた。
「掴まれたんだよ」
「え?」
掴まれたって、どこを?
腕?肩か?
それくらいなら俺だって出来るぞ?
「柔道野郎に掴まれて倒されっと抜けんのに時間掛かんだよ」
掴まれて倒される……柔道…………あ、寝技ってやつか!
じゃあ、掴まれたってのは胸倉のこと?
「そこは『抜けらんねぇ』って言ってほしかったな」
苦笑いしながら先輩が言うと、グラは即ガン垂れモードに戻って先輩を振り返った。
「抜けたろうが、俺は」
「あん時はお前のあまりのエロさに気が散ってさ」
「そんなんで気が散んのかよ。大したことねぇな、お前」
「散るぜ、普通。半裸であんな顔されたら。苦しそうっつか痛そうっつか悔しそうっつか……なんつーか、ヤってるような気分に……」
「黙れクソ野郎」
冷たく言い捨てるグラの横顔を眺めて、ついつい俺は先輩の説明通りにそん時のグラを想像してしまった。
しかもだ、
「お前のせいでワイシャツ1枚ダメんなったんだぞ。ボタン何個か吹っ飛んでるわ袖取れ掛けてるわ返り血付いてるわ、みっともねぇからそのワイシャツ消却炉に突っ込んでジャージ着て帰ったんだ。弁償しろよ、ワイシャツ」
上着で隠せなかったってことは夏頃の話?
つかワイシャツボロボロかよ……。
……ごめん、グラ。
俺、先輩の味方だわ……。
「弁償ってお前、鼻と前歯治すのにいくら掛かったと思ってんだよ。ワイシャツの1枚くらい大目に見ろよ」
「見れっかクソが。無理矢理服脱がそうとしたお前が悪ィんじゃねぇか。男だっつってんのにそこまでする意味がわかんねぇよ。大体、男子校にいんだから男に決まってんだろうが」
「もしもってことがあるかもしんねぇだろ。名前だって男か女かわかんねぇ名前だしさ、お前」
「もしもなんかねぇよ」
2人のやり取りはさっきの殴り合い寸前状態に比べると大分マシになったけど、苦笑いの先輩を相手にするグラの声はマジで冷たい。
こりゃ相当根に持ってんな、グラ。
ヤられなかったとは言え、押し倒されて無理矢理服脱がされたんじゃ当然か……。
つか今初めて知ったけど、グラの名前って男か女かわかんねぇ名前だったんだな。
アキラって男にだけ付ける名前だと思ってたよ。
でもそれじゃあ、
「ミノリも女の子みたいな名前だし、兄弟揃って性別わかりづれぇ名前だったんだな」
グラに言ったら、
「ミノリ?兄弟いたのか、倉原」
グラの答えが返ってくる前に、先輩がグラに尋ねた。
あれ?
先輩、グラに弟いんの知んなかったのか。
まあ、ミノリは学校違うから話にも出なきゃ知りようねぇか。
俺だってほとんど毎日顔合わせてるムッチに弟いんの知んなかったくらいだし、先輩がミノリのこと知んねぇのも不思議じゃねぇよな。
「尾藤が呼び捨てにするってことは弟か。何歳だ?弟」
先輩に聞かれたグラは黙って先輩から顔を背けた。
もう口も利きたくねぇって感じだ。
しょうがねぇことだけど、口開いたら喧嘩腰の言葉しか出ねぇみたいだし、俺的にはこのまま黙っててくれたほうが平和でいいかも……。
「何歳なんだ?倉原の弟」
先輩はグラにシカトされても嫌な顔ひとつしないで、スゲェ自然に俺に同じことを聞いてくる。
シカトしたのが俺だったら顔しかめて舌打ちとかしてたんだろうな。
ガン垂れ合おうが何しようが、そこにあるのは愛なんすね、先輩……。
やっぱ俺、先輩の味方っす。
「15か16……高1っすよ」
「年子か。似てんのか?」
めっちゃ興味ありありって顔で食い付かれて、思わず俺は半笑いになった。
「え……っと、なんとなく。スゲェ似てるって訳じゃないけど、ああ兄弟だなって感じの似方っつーか……」
「似てんのか。それで《ミノリ》ってことは……実は妹……」
「それ絶対ないっす。弟っす」
真顔で妙な独り言を言い出した先輩に半笑いのままツッコミを入れた……ら、睨まれた。
あまりの怖さに顔も引き攣る。
またアレか、男だって言い切れるモン見たのか、言い切れることしたのかってやつ……。
「いや、その……マジで弟っす。つか、グラも男だし……」
俺は目を逸らしたいのを我慢して先輩の無言の問い掛けに答えた。
顔が強張っちゃってて、口動かすのが何気にしんどかった。
ほっぺた筋肉痛になりそうだ。
でもちゃんと言ってやったぞ。
声はちょっとちっちゃかったかもしんねぇけど、俺だってビビってるだけじゃねぇんだ。
この調子でヘタレ卒業……!
「倉原」
先輩はあっさりグラに向き直った。
シカトかよ!
「お前無理そうだしミノリにするわ。ミノリが妹か弟かは会って確かめることにする」
乗り換えんのかよ!
それに会うったってミノリの顔知らねぇじゃん先輩!
いや、こっそりグラのあとつけてって家の前で張ってりゃ会えるか。
つか確かめる?
ミノリはグラよか背ェ低いけど女顔じゃねぇし、顔見りゃ一発で男ってわかるから、先輩もグラにやったみたいに押し倒して服脱がしたりはしねぇと思うけど…………しねぇよな?
したとしても、ミノリだってデカマッチョのノブ君沈ますくらい強ェんだ。そんなことしたら先輩もノブ君みたいにデコ割られんぞ……。
けど、強いっつってもミノリはグラに勝てねぇつってたし、グラが先輩の寝技抜けられたからってミノリも抜けられるとは限んねぇよな。
大丈夫か?ミノリ。
「好きにしろよ。お前があの馬鹿んとこに行ってくれんならこっちも清々するってもんだ」
先輩のほうも見ないで、グラが面倒臭そうに吐き出した。
ミノリのこと、心配じゃねぇのか?
「そうかよ。なら俺、マジでミノリにするわ。お前みてぇに手癖悪ィかもしんねぇから、前もって縛っとくか」
器用に口の片端だけ上げて先輩が笑う。
やっぱ押し倒すのかっ。
つか思いっきり悪人面だよ先輩っ。
今の先輩なら冗談抜きでミノリ取っ捕まえて縛るっ。絶対っ。
でもミノリは手が使えなくても足使えるからなぁ。ノブ君と喧嘩してた時も足ばっか使ってたし。
グラもそれ知ってるから心配してねぇのかもな。
「うちの馬鹿が悪ィのは手癖じゃなくて足癖だ」
先輩から顔を背けたまま、どっか遠くを眺めてさらっとグラが言った。
ちょっと待て。
なんで暴露すんだよ。
それ言っちゃったら先輩だって……。
「へぇ。じゃあ足止めりゃこっちのもんだな」
ほら見ろっ。
攻略ヒントなんか出したらミノリが逃げらんなくなっちゃうじゃねぇかっ。
自分が安全ならミノリがどうなってもいいのかよ、グラッ。
お前ミノリの兄貴だろっ。
「ミノリはキックでもやってんのか?面白ェじゃねぇか。お前の代わりにすんには申し分ねぇ」
……ん?
キックやってる、ってどういう意味だ?
キックボクシングのことか?
そういえばミノリもそんなこと言ってたっけ……。
てか、わかっちゃいたけどそんなはっきり「代わりにする」って言われっと、余計にミノリが可哀相になってくる。
……って、俺がミノリの名前出さなきゃ先輩はミノリのこと知らないままだったのか……。
ごめんミノリ!
先輩になんかされたら思う存分俺を蹴ってくれ!
なんかって……グラの代わりにされんなら服脱がされるだけじゃ済まねぇかも……。
いや、でも先輩は男には興味ねぇみたいだし、ミノリと会った時点でそんな気なくなるか。
そうだよ、先輩は男には興味ねぇんだ。
いやー、先輩の悪人面見たせいで悪いことばっか考えちゃったよー。
「お前には散々焦らされたからな。ストレスとかいろいろ結構溜まってんだよ。この際ミノリが男でも構わねぇや」
………………構って下さい、先輩っ。
そしてその悪人面をやめて下さいっ。
こりゃ確実にやる気……ってか、ヤる気満々だ、この人……。
先輩がミノリんとこ行く前にそんな気なくさせなきゃマズイけど、俺が何言ったって先輩は聞いてくれそうにない。
つか、グラしか見てねぇ先輩が俺の話なんて聞く訳がねぇ。
もしもん時は俺がミノリに蹴られる。
だからグラ、今はお前がなんとかしてくれ……。
「俺は焦らした覚えなんかねぇし、お前がうちの馬鹿に手ェ出そうが知ったこっちゃねぇよ。勝手にしろ」
俺の願い虚しく、グラはうんざりした顔で空を見上げて溜め息をついた。
なんだコイツ。
スゲェ薄情な奴じゃん。
口悪ィし態度デケェし何考えてんのかわかんねぇし、いいのは顔だけかよ。
少し好きんなってきてたのに、最悪だった第一印象に逆戻りだ。
カッチとムッチはコイツのどこ見て『いい奴』だと思ったんだ?
俺にはさっぱりわかんねぇよ……。
なんて思ってた時、
「けどな、これだけは言っとくぞ」
不意にグラが先輩を振り返った。
「ちょっとでもアイツに怪我させてみろ。治した鼻とその差し歯、もういっぺん叩き折んぞ」
周りの空気が凍りそうなくらい冷たい目と声にゾッとした。
グラはノブ君達に喧嘩売った時みたいに笑っちゃいないけど、この異常な寒気とアレな気分はあん時とまんま一緒だ。
心臓鷲掴みにされた感じっつーか、一瞬マジで息が止まった。
それに、先輩の悪人面が可愛く思えるほど半端なく怖ェのに、グラがなんつーか……妙に色っぽく見えて、目ェ逸らせねぇ……。
この空気…………コイツ、本気だ。
「やっぱお前の代わりはいねぇな」
いきなり聞こえた先輩の声に無駄にビビってそっちを見たら、先輩は肩を竦めて小さく笑ってた。
「また鼻と前歯折られんなら、お前に手ェ出して折られてぇや」
「あ?」
グラが顔をしかめると、先輩は声を上げて笑ってグラと俺の間を擦り抜ける。
そのまま帰んのかと思って先輩の背中を眺めてたら、急に先輩が振り返った。
「ハタチんなったらなんて言わねぇで、さっさと煙草やめろよ」
「しつけぇな。俺はガキ産まねぇよ」
「わかってる」
グラの投げやりな言葉に爽やかな笑顔で答えて、先輩は俺達に背中を向けて屋上から出てった。
カッコイイでやんの、先輩。
ミノリのこと言ってた時はどうしようもねぇ悪人に見えたけど、やっぱ先輩カッコイイわ。
グラも、ミノリのことちゃんと考えてたんだな。
前言撤回。
お前、スゲェいい兄貴だよ。
でも先輩が最後に言ったあれって……、
「お前が男でも気にしねぇってことだよな、多分」
グラに視線をやって言ってみたら、
「女だと思われてるよりマシだ」
グラは先輩が出てった出入口のドアを見詰めたまま、ちょっとだけ目を細めて静かに笑った。
なんか、コイツが男にモテる理由がわかった気がした。
見た目とか、男の癖に変な色気があるとか、きっとそれだけじゃない。
その理由がなんなのかは、悔しいから絶対本人には言ってやんねぇけど。
「先輩いい人だけどさ、柔道やってた人相手にしなきゃなんねぇって、お前も大変だな」
結局俺はどうでもいい話を振った。
そしたらグラはいつもの仏頂面で俺を見て、
「柔道野郎ん中でもアイツは特にな」
……中でも?
「ほかにもいんの?柔道野郎」
「ああ。けど倒されたのはアイツが初めてだ。いや、今までの奴全員引っくるめてもアイツが初めてだな」
視線を遠くにやってグラが言う。
先輩が初めてって、コイツやっぱ強ェんだな。
そんなコイツを押し倒した先輩もスゲェか。
…………ん?
「今までの奴全員って何!?」
ソイツ等みんなグラのこと押し倒そうとしたのか!?
グラが野郎に告られるたびに相手ボコボコにしてるってのはそのせいか!
なんとなくはわかってたけど、男が男押し倒そうとするなんてホントの話だとは思えなかったっつーか、考えたくなかったっつーか……。
……マジだったのか。
「いろいろ来たぞ。ボクシングやってた奴とか空手やってた奴とかレスリングやってた奴とか、喧嘩野郎とかな」
あっさり言うなぁ、おい……。
野郎に押し倒され掛けてその相手ボコった奴とは思えねぇクールさだよ……。
つか、そんだけの連中相手にして押し倒されたのは1回だけって……、
「どんだけ強ェんだよ、お前……」
俺の脳みそじゃ理解出来ねぇ世界の話過ぎて、ビックリ通り越してちょっと呆れて溜め息をついたら、
「別に強かねぇよ、俺は」
顔を背けられてつまんなそうに呟かれた。
謙遜してんのか?と思ったけど、どうもそんな感じじゃない。
でも、
「平子先輩にしか倒されたことねぇんだろ?それって強ェからなんじゃねぇの?」
「運がいいのか全員"かじった"程度の奴だったんだ。現役の奴に来られたら流石に勝てねぇよ。まあ、経験者とか喧嘩専門の奴等だから自分過信して調子に乗りやがったんだろうけどな」
俺のほうも見ないで淡々と答えたグラは、ふと視線を落として苦笑した。
「俺も"かじった"程度だから、ソイツ等の気持ち嫌ってほどわかんだよ」
そういや、グラが空手やってたのって小6まで?中1までだったっけ?
で、確か「さっさとやめた」とかミノリが言ってたな。
どんくらいやってたのかはわかんねぇけど《経験者》ってのは一緒か。
そんで『気持ちわかる』ってことは、グラも調子乗ってた時期があるってことか?
惣田のこともだけど、コイツって昔の自分と被るとこある奴見るとほっとけねぇ質なのかもな……。
「だから全員ボコ……適当に受け流さなかったのか」
多分そうなんだろうなと思って言ってみたら、ちょっと驚いたような顔してグラが俺を見た。
「俺が全員ボコったってよく知ってんな。誰から聞いたんだよ。武藤か?加藤か?」
……あ、グラが告ってきた奴全員ボコったっての、ムッチとカッチとクリケンしか知らねぇんだっけか。
ほかの連中の間じゃクリケンがやったことになってんだったな……。
ムッチとカッチから聞いたんはホントだけど、これじゃムッチとカッチが口軽い奴だと思われちゃうよっ。
つか口軽いのは俺か!
うわーっ、口にチャック付けてぇーっ。
ってもう遅ェーッ。
「まあ、どうでもいいけどな。そんなとこだ」
グラの苦笑いがほんの少しだけ柔らかい笑顔になった。
コイツ、ホント綺麗な顔してるよなぁ……。
…………またうっかり見惚れちゃったよ。
でも、柔らかくなったっつってもムッチに向けるような笑顔まではいかねぇんだな……。
あともうちょっと仲良くなったら、俺にもあんな顔で笑い掛けてくれんのかな。
笑い掛けられてぇー……。
「けど、案外楽しいぜ、野郎に告られんのも。"かじった"程度でもいろんな奴が来るからな。強ェ奴だったりすっとワクワクすんだ」
柔らかく笑ったままグラが言った。
お前はどこの戦闘民族だ。
つか、
「みんなお前と付き合いたいから告るんだろ。喧嘩したいんじゃねぇって」
「あー……言われてみりゃそうだな。遠回しに喧嘩売られてんのかと思ってたわ」
グラはまた俺から顔を背けて、ぼんやり呟きながら片手で髪の毛を掻き回すみたいに頭を掻いた。
ムッチ、カッチ。
天然ってこういう奴のこと言うんじゃねぇの?
てか天然だろコイツ!
「そうか……前に加藤が言ってたのもそういうことだったのか……」
何!?
「え?カッチになんか言われたの?」
いきなりカッチの名前が出てきてスゲェ食い付きそうんなったけど、なんとか堪えて聞いてみた。
でも振り返られて目が合った時、グラをガン見してた自分にようやく気が付いた俺は、内心オロオロしながら微妙にグラから目を逸らした。
「相手の気持ち考えろって言われたんだよ。男がダメでも殴ることねぇだろって。俺は別に野郎に告られてもどうとも思わねぇし、奴等は最初っからやる気で来てると思ってたから、あんま深く考えねぇで加藤には適当言っといたっつーか……」
適当?
……なんかカッチもそんな話してたぞ……。
カッチはなんつってたっけな……。
えーっと……グラに「男がダメな訳じゃない」って言われたとか言ってたような……。
それってもしかして「男に告られてもどうとも思わない」って意味だったのか?
つかそれより……、
「やる気って、喧嘩する気ってことだよな?相手は違う意味でヤる気だったと思うよ、俺は……」
「ああ、なるほどな。そういう考え方もあるな」
変に納得されて、思わず眉間に皺が寄る。
考え方じゃなくてそうなんだよっ。
マジで天然だっ。
コイツこそ天然だっ。
違うか!?カッチ、ムッチッ。
けど、じゃあカッチもムッチも、グラが告ってきた奴等ボコったホントの理由知んねぇってこと?
「グラ、カッチとムッチに相手ボコった理由話したほうがいいんじゃねぇか?ムッチなんかお前のことスゲェ心配してたしさ」
キレても全力で相手殴ったりしねぇお前が相手ボコったってことは、お前にそこまでさせたソイツ等が悪ィんだって本気で怒ってたくらいだぞ。
「へぇ、武藤がねぇ」
目を伏せて呟いたグラの、苦笑ってか微笑ってか、とにかくシャレんなんねぇくらい綺麗な笑顔に、俺はマジで魂を抜かれた。
グラってムッチのことになるとこんなふうに笑えんだな。
なんかちょっとだけ悔しいっつーか……やっぱムッチのこと好きなんじゃねぇか?グラ。
つか、悔しいってなんだよ、俺。
グラのことは嫌いじゃねぇけど、俺が好きなんはカッチだ。
でももしグラと付き合えるってなったら…………あーもーっ、グラがカッチとムッチにも話してねぇこと俺になんか話すからだっ。
微妙に特別扱いされてる感じがして期待しちゃってるんだ、俺はっ。
そうだよ、なんでグラはカッチとムッチに言わねぇで俺に話したんだ?
まさか……。
俺にチューしたのもホントは……。
どうする俺!
いや、落ち着け。
落ち着くんだ、真也。
「どうしたんだよ、尾藤。眉間にスゲェ皺寄ってんぞ」
……どうする、俺。
なんで俺に話したのか聞いてみるか?
「あー……カッチとムッチに理由話してねぇって、ちょっと意外だなと思って」
聞けてねぇー。
「意外か?加藤は話さなくても大抵わかってるっつーか、話す必要ねぇんだよ。武藤は……アイツ、結構人に気ィ遣うんだよな。だからあんま話さねぇほうがいいなって思ってたんだけど、逆効果だったらしいな」
カッチには話す必要がねぇ、か。
それはなんとなくわかる。
ムッチが人に気ィ遣うタイプだってのも、なんとなく。
だからあの2人がいるとこは居心地がいいんだ。
けど、それじゃあ……、
「なんで俺には話したんだ?」
……聞いちゃったよ。
これでいきなり告られたらマジでどうすっか。
俺はカッチのことが好きだし、当然振る………………振るの勿体ねぇーっ。
いや、グラだってクリケンのことが……ムッチか?
実はやっぱムッチなのか?
「なんでだろうな」
…………はい?
「よくわかんねぇけど、なんつーかお前…………癒し系?」
そんな首傾げて俺に聞かれても……。
でも、癒し系か。
悪くない悪くない。
「なんかお前、犬とか猫とか……」
また犬猫なのかよ!
と心の中でツッコミを入れた時、グラが傾げてた首を起こした。
「そっち系」
……どっち系?
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