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第14話

 今度は俺が首を傾げる番だった。  犬猫みたいな癒し系ってどういう意味だよ。  まさかとは思うが可愛いって意味じゃねぇよな?  見るからに小動物な惣田ならともかく、俺はそんなふうに思われる外見してねぇし、中身だって自分でも嫌んなるくらいヘタレだ。  情けねぇってんならわかるけど、流石に可愛いってのはねぇだろ。  もしかして、 「ダメ犬とか、そっち系?」  もうそれしか考えらんねぇ。  馬鹿だなぁコイツって思っても、呆れるってか見てて和むもんな、ダメ犬って。  ……俺、グラに「馬鹿だなぁ」って思われてんのか……。 「そうじゃねぇよ」  ヘコみ出したとこにきっぱり言い返されて、俺は俯き掛けてた顔を上げてグラを見た。  そうじゃねぇって、それじゃどういう……。 「男って感じしねぇんだよ、お前。つっても女とも違ェし、例えんなら犬猫なんだよな。野良じゃなくて飼われてる奴。よく躾けられてて噛み付いたりしねぇ奴な」  ……そういう意味でしたか。  男らしくねぇって自覚はあるけど、そんなはっきり言われるとちょっとヘコむ。  いや、ヘコんだ。  マジでヘコんだよ俺は……。 「ああ、加藤もお前に近ェか」  なんだって?  カッチも《そっち系》?  え?何?俺、カッチと同類?  だよな、カッチも野良っぽくねぇもんなっ。  カッチと同じなら犬猫でもいいやっ。 「けど加藤の場合は犬猫ってか仙人だな。男臭さがねぇっつーより無味無臭っつーか。霞喰って生きてそうじゃねぇか、アイツ」  ちょっと笑いながら言うグラの言葉を聞いて、無意識にカッチの顔を思い出す。  仙人で無味無臭か。  初めてカッチに会った時、俺も似たようなこと思ったっけ。  俺は《仙人》じゃなくて《幽霊》だったけど……。  今思うとスゲェ変な話だ。  カッチは色が白いってだけで、不健康そうな訳でも不気味な感じがする訳でもねぇのに。  って、今はあん時と違ってカッチのこと知ってるからそう思うのか。  なんで俺、カッチ見て幽霊っぽいって思ったんだっけ? 「あ、めっちゃ体温低そうだからだ」  考えてるうちにポロッと口から出てた。  要するに完全な独り言だったんだけど、 「それもあるな」  グラは俺の独り言に同意して、続けた。 「話してみりゃ人間臭ェとこはちゃんとあんのに、なんでか体温感じねぇっつーか、そこにいねぇように感じる時がある。不思議な野郎だ」  俺からしたらお前も十分不思議だよ。  心の中でこっそりグラにツッコミを入れて、俺は苦笑した。  そこにいねぇような感じって、カッチを別世界の人間みたいに感じるってことなんかな。  俺はそんなふうに思ったことねぇなぁ。  別世界の人間っつーなら、コイツやクリケンやノブ君やミノリ、あとムッチにも思ったことはあったけど、カッチには……って、カッチだけヤンキーでも元ヤンでもねぇじゃん。  だから俺はグラみたいに感じることもなくて、グラは俺とカッチを同類だと思ったのかもな。  犬猫と仙人じゃ大分違うけどさ……。  でもヤンキーとか元ヤンじゃねぇ奴ならたくさんいるし、グラのクラスがヤンキーだらけって話も聞いたことねぇぞ?  そんでカッチは《不思議な奴》で、俺は犬猫……。  いや、俺のことはどうでもいい。よくねぇけどいいってことにしとく。とりあえず。  ヤンキーじゃねぇとか元ヤンじゃねぇとか言ったら、ほとんどの奴がグラにとって不思議な奴なんじゃねぇか?  なのにカッチと俺だけを変わりモンみたいに言うのはなんでだ?  グラは俺達の何を見てほかと区別したんだろ。  基準が全くわかんねぇ……。  とか俺は1人であれこれ考えて、グラは俺に横顔を向けて遠くを眺めてる。  2人しかいねぇ屋上で会話もねぇのに、なんでか全然気まずくなかった。  昨日ファミレスでグラと2人っきりになった時は、こんなふうに遠く眺めて黙り込んだグラにめっちゃ焦ったってのに。  天気もいいし、しばらくなんにも考えないでこのままぼーっとしてたいなぁ。  なんて思った時に鳴る、6限終了のチャイム。  神様ってのはイジワルだ。  つか、50分ってこんな短かったっけ。 「今日もファミレスか?」  グラが俺に視線を寄越してきた。 「そうだなぁ……ちょうど腹も減ってるし……」  メシ食いながらテスト勉強するか。  でもコイツ、俺が教えてる時堂々と居眠りすんだよなー……。  頬杖ついて聞いてんのかと思えば寝てるし、体起こしたかと思ったら背凭れに背中倒して腕組んで寝てるし。  そんだけ俺の教え方がヘタクソなんだろうけど……人に勉強教えるってのは難しいよ、ホント。  どっちかっつったら俺、今までは教わるほうだったしなぁ。  それにしてもマジ腹減ったな。  なんでこんな腹減ってんだろ。  放課後んなるとなんか食いたくなんのはいつものことだけど、今日は特にヒデェ。  メシなら昼休みに…………あ、昼メシ食ってねぇじゃん俺。 「あー、ファミレスじゃなくてうちの教室。俺、まだ弁当食ってねぇんだ」  言い直して、気が付いた。 「お前もメシ食ってねぇんじゃねぇの?」  昼休みの間、グラはずっと俺といたんだ。  俺が食ってねぇならグラも食ってねぇよな。 「食ってねぇっつーか、俺元々昼メシ食わねぇから」  ……何?  もしかして昼メシの代わりが煙草なのか!? 「食えよっ。1日3食ちゃんと食べなさいっ。そんで煙草やめなさいっ。健康のためにもっ」 「お前ホントお袋みてぇだな」  笑うなっ。  普通のこと言っただけなのに、そんなふうに含み笑いされっと恥ずかしくなってくんだろっ。 「わかったわかった。とりあえず教室戻ろうぜ」  グラは含み笑いのままそう言うと、俺の横を通り過ぎざまに俺の肩をひとつ叩いて出入口のほうに歩いてく。  わかったって、マジでわかってくれたんかな……。 「じゃあ昼メシ買いにコンビニ行く?俺、弁当食いながら待ってるよ」  グラを追い掛けて隣に並んで、ちょっとその顔を覗き込んだら、 「いや、鞄取ったら直で行く」  いつの間にか含み笑いが消えてたグラは、正面向いたまま足も止めないで答えた。  ……ん? 「昼メシは?」 「食わねぇっつったろ」 「さっき『わかった』っつったじゃん!」 「『今日はファミレスじゃなくて教室』ってのに『わかった』っつったんだよ、俺は」 「そっちか!じゃあ煙草は!?煙草はやめんだよな!?な!?」 「さあな」  なんだそりゃっ。  しかも仏頂面に戻ってるしっ。 「やめなさいってマジで!未成年でしょ!」 「イエス、マム」  食って掛かったら投げやりな答えが返ってきた。  つか、マ……? 「俺は母ちゃんじゃねぇーっ!」 「アレ、母親って意味だけでもねぇんだけど」 「なくてもやめろっ。どんなに俺が男らしくなくても女扱いすんなっ」 「イエス、サー」  グラはほんのちょこっとだけ笑って、出入口のドアを手前に引き開けた。 「うおっ」  咄嗟に声を上げたのは俺1人だ。  グラと、ドアの内側に立ってた惣田は、驚くっつっても少し目を見開いた程度だった。 「楽しそうですね。腹が立つくらい」  惣田が目を据わらせてグラに言えば、 「もう猫被んなくていいのかよ」  口の端をニヤッと吊り上げた悪人笑いでグラが答える。  途端に惣田の眉間の皺が濃くなった。 「アンタの前で被ったってしょうがないでしょ」 「尾藤もいんぞ?」 「一緒ですよ。アンタがそばにいるんじゃ被ったって意味ないじゃないですか」  ……こうやって見ると、惣田って目はデカくてクリクリしてるけど、そのせいでガキっぽく見えるってだけで、別に小動物っぽい顔でも女の子っぽい顔でもねぇや。  大雑把に分けるとムッチと同じカテゴリーだな。  可愛い顔だけどちゃんと男だ。  女の子みたいに見えた原因は仕種……なんかな。  それが惣田の被ってた《猫》?  ってことは、グラとガチで睨み合える惣田が本当の惣田なのか……。  ちょっと惣田を馬鹿にしてたサッカとハッシーがそれ知ったら、惣田のこと見直すんじゃねぇかな。  つか、今俺の前にいる惣田はマジで普通に男だし、これなら「ナヨナヨしてる」とか馬鹿にされねぇで済むだろうに。  なんでコイツ、乙女っぽく振る舞ったり小動物のフリなんかするんだ? 「にしてもお前、なんでココに来たんだよ。尾藤にGPSでも仕込んでんのか?」  ニヤニヤ笑ってグラがあからさまな嫌味を吐いた。  コイツはコイツで惣田の前だと悪人になんのな……。  惣田が顔しかめればしかめるほどスゲェ楽しそうに惣田イジメ出すし…………コイツ、ドSか?  確かムッチも気に入った子はイジメるっつってたな。  ムッチとグラってそういう意味でも同類?  だからグラはムッチのこと好きなのか!?  あ……好みのタイプが《打たれ強い子》なカッチもドS……?  俺の周りサドだらけかよ!  女王様……じゃねぇのか、男だから。  じゃあなんだ?  王様か?ご主人様なのか!?  俺はサドじゃねぇし、カッチのためっつってもメイドさん……いや、マゾにはなれねぇ。  大体、俺がメイドさんの格好したって萌え〜とはなんねぇだろ。寧ろキモイ。  ってメイドさんは関係ねぇっつーの。  ……ちょっと待てよ。  グラがドSのご主人様なら、そんな奴から犬猫って言われた俺は……。  加藤様!  私はあなたの犬でございます!  犬とお呼び下さい!  とか絶対ェ無理!  やっぱ俺、マゾにはなれねぇ! 「僕、ネットワーク広いんですよ。だから情報には困らないんです」  そんな惣田の冷めた声で現実に引き戻された。  見れば惣田はグラに対抗してるみたいに薄く笑ってる。  ……犬とかご主人様とかマジどうでもいいな、今。 「そりゃスゲェ。流石男の癖に男に媚び売ってるだけあんな」  なんてことを……!  面と向かってそういうこと言うか!?普通!  超極悪人だよコイツ!  ビビってグラの顔見たあと、ハラハラしながら惣田を見たら、 「利用出来るものを利用してるだけですよ」  全然ダメージ食らってねぇ惣田にまたしてもビビった。  しかも惣田は、 「媚び売ってるってのは否定しねぇんだな」  とかグラに言われても、 「事実ですから」  ……事実なの?  それにもビビったけど、やっぱりノーダメージな惣田にさらにビックリだよ! 「僕みたいに発育の遅い奴はね」  ひとつ息をついて、惣田がゆっくり話し出した。 「自分より弱い奴にしか当たれない気の小さい連中に目を付けられやすいんです。僕はアンタみたいに力じゃ勝負出来ないから、ソイツ等を立てるようにイイ顔をして媚びを売ってる。そういうことをするのに僕の容姿は都合が良かった。単なる自己防衛の手段だったんですけど、お陰で僕を庇護してくれる連中が現れてね。一石二鳥ってやつですよ」  ソイツ等を立てるように……?  ヤマチーとサッカとハッシーが「なんでミズキちゃんはイジメの標的にされねぇんだ?」って不思議がってたけど、惣田はイジメてきそうな奴を前もって持ち上げてイジメる気をなくさせてんのか。  普通に凄くねぇか、ソレ。  どうやって判別してんだよ、イジメてきそうな奴。  本能?  危機センサー働かせてるとか?  とりあえず、俺には出来ねぇ芸当だ……。 「お前に尾藤がココにいんの教えたのもその味方って訳か」  悪人笑いのままグラが言う。 「なら尾藤以外の奴がいんのもわかってたろ。わかっててなんでココに来たんだ?」  俺以外って、平子先輩のことだよな。  けど俺が平子先輩に呼び出されたの知ってんのは俺のクラスの連中だけ……じゃねぇかもしんねぇのか。  先輩の怒鳴り声は隣のクラスの奴にも聞こえたろうし、ほかのクラスの奴もあん時廊下にいたかもしんねぇ。  その中に俺が屋上に連れてかれるまで密かに俺の跡つけてた奴がいて、ソイツが惣田に俺の居場所を教えたってことか。  ……跡つけられてたとか全く気が付きませんでした。  いや、あん時は先輩にビビりまくっててそれどころじゃ……。 「なんでココに来たかなんて、そんなの邪魔するために決まってるじゃないですか。平子先輩なら問題ないけど、アンタと尾藤先輩が2人っきりとか、マジムカツクんで」  え……?  平子先輩じゃなくてグラ!?  グラがココに来たの授業中だぞ!?  なんでそこまで知ってる奴いんだよ!  惣田ネットワーク、恐るべし……!  これにはグラもビビったみたいで、悪人笑いを消してちょっと目を見開いた。  でもそれはほんの少しの間でしかなくて、1回瞬きしたらまた悪人笑いに戻った。 「平子にでも聞いたか?」  そっか、平子先輩ならグラがココにいんのも知ってるよな。  平子先輩も惣田の味方なのか? 「違いますよ。僕、平子先輩とは話したこともないし」  平子先輩じゃねぇの!?  ……惣田ネットワーク、恐るべし……! 「でも、これから仲良くなってみるかな。何がいいのか平子先輩はアンタにご執心みたいだし、力尽くででもアンタをものにしてもらって、尾藤先輩から引き離してもらうとかね」  何がいいって、いいとこだらけだぞ、グラ。  つかコイツ、今あっさりとんでもねぇこと言わなかったか!? 「まあ、あの人は今時珍しい硬派な熱血体育会系みたいだから、僕が煽ったところでそんなことするとは思えないけど」  するんだよ!それが!  無理矢理押し倒して服脱がそうとする人なんだよ!  ……いや、先輩はグラが男か女か確かめたかっただけで、ヤろうとは思ってなかったのか?  ヤる気だったら、服脱がせてる途中で「うっかりヤってる気分になって気が散った」なんてことねぇもんな。 「お前だってホントは他人に頼ろうなんて思ってねぇんだろ?」  不意にグラの笑顔が優しくなった。  それに気付いたのか惣田が苦笑いする。 「そうですね」  ……なんかコイツ等、めちゃくちゃ普通に会話してね?  つか俺、思いっきりおいてきぼり……?  完全に空気だよ、空気。  でも惣田は俺のこと好きらしいし…………って、ぶっちゃけ俺のどこがよかったんだ?  2人の会話に口も挟めねぇでオロオロしてるだけのヘタレだぞ?  俺は今日まで惣田のこと知んなかったくらいだから当然惣田も俺の性格なんて知んねぇだろうし、そうなってくると俺の見た目が好きなんかもしんねぇけど、俺はクリケンや平子先輩みたいにカッコイイ訳じゃない。  惣田って変わった趣味してんだろうな。  そうでもなきゃ俺のことなんか好きんなんねぇだろ。  そもそも俺、男だしな。  ……俺も男のカッチ好きなんだけどさ。  そうだった。  俺は惣田に言わなきゃいけねぇことがある。  けど、こんだけ空気になってっと話し掛けづれぇっつーか…………惣田のほうから話し掛けてきてくんねぇかな……。  それならこっちも話しやすくなるし……。  いや、ダメだ。  俺のことなのに俺から言わねぇでどうする。  でもどうやって声掛けりゃいいんだろ……。  あーもー!とにかく声出せ俺!  考えんのはそのあとだ! 「え……っと、あのさ、惣田」  口から出た声がやたらデカく聞こえた。  なのになんでか、他人がカメラで撮ってる映像を見てるような、自分のことなのに他人事みたいな、妙な感覚だった。  惣田とグラがほとんど同じタイミングで俺に視線を寄越してきたのも、テレビのドラマの1シーンみたいに思えた。 「なんですか?先輩」 「俺な、好きな人いんだ」  ……あっさり言えちゃったよ、おい。  声掛けるだけのことに散々悩んだのが馬鹿みたいだ。  よし、この勢いで最後まで言っとこう。 「だから、お前とは……」 「変な言い方するんですね」  付き合えないって言おうとしたとこで、惣田がニコッと笑った。  自分のことで頭一杯だったせいか、ぶっちゃけ何言われたのかよくわかんなかった。 「え?」  聞き返したら、 「そばに倉原先輩がいるのに、違う人のこと言ってるみたいだ」  ……何?どういうこと? 「先輩の《好きな人》って、倉原先輩じゃないんですね」  微笑んだまま俺の目を真正面から見詰めてくる惣田の口調はどう考えても疑問形じゃなくて、わかったことを俺に再確認するみたいな断定形だった。  なんでグラ?  惣田は俺がグラのこと好きだと思ってたのか?  なんでだ?  えーっと……。  惣田は納得してるみたいだけど俺には何がなんだかさっぱりだ。 「そりゃそうだ。コイツは俺のことなんとも思ってねぇんだからな」  軽く言いながら、グラがチラッと俺を見た。  なんとも思ってねぇって、いろいろ思ってるぞ、俺。  いや、気付かれてたら確実にボコられてるから、グラに気付かれてねぇのはラッキーか。 「じゃあなんで付き合ってるなんて嘘ついたんですか」  惣田は俺からグラに視線を移す一瞬の間に目を据わらせた。  でも声には感情が篭ってない。  その静かに怒ってる感じ、グラとはまた違う意味で怖ェ……。  グラの怖さはダイレクトに心臓にくるけど、惣田の場合はジワジワ追い詰めてくる怖さっつーかなんつーか……。  ハリウッドホラーとジャパニーズホラーの違いみたいな。  チェーンソー持ったグラに追い掛けられるか、井戸の底から惣田に呪われるか、どっちが怖ェってどっちも怖ェよ!そんな感じ。  グラはともかく、後輩で体もちっちゃい惣田にまでビビってどうすんだ、俺……。  ……あれ?  付き合ってる?  忘れてた!  俺、グラと付き合ってるってことになってたんだっけ!?  でもそれはグラが……! 「お前の化けの皮剥がしてやろうと思ったんだよ」  その通り!  って、言い方考えろよグラ!  お前が嘘ついたんは惣田のこと気になってたからだろ!?  そんな薄ら笑いで言ったらお前ただの悪人だよ!  と、グラと惣田が醸し出すピリピリした空気にビビって、声に出して言えない俺。  どんだけヘタレなんだよ……。 「僕はまんまと嵌められたって訳ですか」  ちょっとだけ視線を落とした惣田が、ふっと鼻から苦笑を零すと、逆にグラは顎を上げて惣田を見下ろして、口の端を吊り上げたまま目を細める。 「こんな簡単に引っ掛かるとは思ってなかったけどな」 「面白かったですか?僕をからかうのは」  顔を上げた惣田の目はまたしても据わってた。  でもグラは表情を変えないどころか急に優しい笑顔になって、 「からかったつもりはねぇよ。けど簡単に引っ掛かったってことは、お前コイツにだけはマジなんだな」  ……"だけ"?  だけってなんだ?  惣田は自分の身を守る為に男に媚び売ってるっつってたけど、もしかしてあっちこっちで「好き」って言ってんのか?  それって身を守るのには逆効果なんじゃ……。  いや、実際惣田はそれで上手くやってんのかもしんねぇけど、惣田に可愛く「好き」なんて言われたらその気になっちゃう奴だっていそうだし……つか、俺もちょっとヤバかった。  守ってやりたいなぁとか、頼られたいなぁって気分にもなったしな……。 「マジって……有り得ませんよ、それは」  何!?  苦笑が混ざった冷めた声を聞いて、俺は思わず惣田を凝視した。  ……ああ……惣田もスゲェ悪人笑いだよ……。 「最近しつこい奴がいて、お守り代わりの偽装カレシが欲しかったんです。《付き合ってる》ってことにするなら、外見いいのになんか地味な尾藤先輩みたいな人のほうが下手に目立つ奴より真実味あるし。それに尾藤先輩は単純そうで気も弱そうだから、ほかにもいろいろ利用出来そうだと思って」  外見いいってのは嬉しいけど、なんだよ地味で単純で気も弱そうって。  ……よくわかっていらっしゃる。  でも俺、今まで惣田とは喋ったこともなかったし…………俺のヘタレっぷりって全身から滲み出てんのかな……。 「で、俺がコイツにキスしたの見てマジギレするフリか。ずいぶん手ェ込んでんなぁ」  惣田から目を逸らしたグラが、片手で頭を掻きながら投げやりに言葉を吐いた。  そのあとひとつ溜め息をついて、グラが改めて惣田を見る。 「嘘だな」 「ええ、嘘です」  え?嘘だったの?  って思うほど俺は単純じゃねぇ。  即答過ぎて逆に嘘臭ェよ、惣田……。  惣田にとって俺は利用しやすそうな地味なヘタレか。  全く以ってその通りだから腹も立たねぇな。  けどヘコみました……。 「本当はね」  惣田が肩を竦めて、俯きがちに小さく笑った。 「朝、駐輪場の近くで僕が自転車の鍵落とした時、偶然僕の後ろ歩いてた尾藤先輩がそれ拾ってくれて。優しそうな人だなぁって思って……一目惚れです、要するに。少女漫画みたいで笑っちゃうでしょ」  自転車の鍵?  いつの話だ?それ。  全然覚えてねぇ……。  つか、 「それ先に言ってくれよ。ヘコんじゃったよ、俺」 「すみません。僕にもプライドがあるって言うか、フラれた腹いせです。倉原先輩にやられっぱなしなのも悔しかったし」  そう言った惣田の苦笑いは今までの妙に冷めた笑いとは別の、自然で可愛い、はにかんだ笑顔だった。  と思ったら、 「尾藤先輩、フラれたら僕のとこに来て下さい。その時フリーだったら付き合ってあげてもいいですよ」  クールな悪人笑い再び。  転んでもただでは起きないってこういうこと……?  グラは惣田を『面白ェ奴』っつってたけど、確かにコイツ面白ェかもな。  偉そうに上から物言われても、なんでか不思議と憎めねぇし。 「じゃあ僕、教室戻ります」 「おい、惣田」  背中を向けた惣田にグラが声を掛けた。 「お前、素のほうがいい男だぞ」 「大きなお世話ですよ」  惣田は肩越しにちょっとグラを振り返ってそれだけ言うと、すぐに前を向いて階段を駆け降りてった。  少し苦笑混じりの声だったけど、冷めた笑いか、はにかみ気味の笑いかはわかんなかった。  それにしても……、 「あ?なんだよ、尾藤」  素のほうがいいと思ったから惣田が被ってた猫を引っぺがしたのか、グラは。  惣田は計算ずくで男を立てて相手にいいこと言ってるみたいだけど、グラのほうは完璧無自覚だよな……。  あのタイミングで「素のほうがいい男だ」なんて言われたら、俺だったらコロッといってっかもしんねぇ……。 「おい、尾藤。目ェ開けたまま寝てんのか?お前」  コイツが男にモテる理由、ここ1時間くらいでスゲェよくわかっちゃったよ……。

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