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第15話

 教室に戻ると、クラスの連中から「なかなか帰ってこねぇから平子先輩に投げ飛ばされて気絶してんじゃねぇかと思った」とか、笑いながら言われた。  そう思ったんなら助けに来いよって返したら、 「マサヤンは強い子だから大丈夫!ってムッシュが」 「平子先輩はそこまでしないってカッチが」  屋上で散々自分のヘタレっぷりにヘコんだあとだったから、シャレだろうがなんだろうがムッチのそのとぼけた言葉は正直嬉しかったけど…………カッチ、平子先輩と知り合いなのか?  いや、ムッチも平子先輩のことよく知ってるっぽいんだけどさ、やっぱほら、なんつーか……気になり具合が違うんだよ。  平子先輩はグラのことが好きだし、カッチはカッチでクリケンのことが好きだった訳だから、2人の間になんかあるとは俺も思ってねぇけど…………平子先輩カッケェし、気になっちゃう訳ですよ。恋する男的には。  でもカッチは女子的感覚であのクリケンを好きだった訳じゃねぇから、平子先輩に「抱かれたい!」とか思うのかなっつーと……寧ろ逆なのかもしんねぇ。  いや!まず!それ以前の問題!  カッチと平子先輩ってどういう関係なの?ってのが先!  …………どういう関係なんだ!?  俺は内心焦りながらクラスの連中を振り切って、カッチに平子先輩との関係を聞きに行ったら、 「ノブの勉強見なきゃいけねぇから帰るわ」  ……そりゃねぇよ、カッチ。  ああ……マジでノブ君が羨ましい…。  そして俺はムッチが見守る中、昼に食い損ねた弁当をヤケ喰いした。  その時食べた弁当はちょっぴり涙の味がしました……。  ってのは冗談だけど、あん時の俺なら早食いチャンピオンにもなれたと思う。  そんな俺のフードファイターっぷりに、 「マサヤン、腹減り過ぎだろ。もっと落ち着いて食いなさいよ」  ムッチは苦笑いだった。  途中でグラもやって来て、 「お前、スゲェ特技持ってたんだな」  なんて、ガチで感心された。  やっぱアイツは天然だ。  つか、綺麗な顔してるしカッコイイ奴だとも思うけど、グラってちょっと変わってるよな……。  まあ、そういうとこがあるってわかったから付き合いやすくもなったんだけどさ。  特技って言えば。  家に帰ってから食った、惣田から貰った手作りクッキーがめちゃくちゃ旨くてビビった。  頭いい上に顔も良くて手先も器用とか……アイツが素を曝け出して学校生活送れる日が来るといいのにな。  そんな日が来たらグラも喜ぶんじゃねぇかな。  そう!グラも!  俺なんかより!天然な!倉原明も!  そもそも俺!天然じゃねぇし! 「グラは天然じゃなくてマイペースなんだよ。単に周りの反応気にしねぇだけ」  次の日の朝、登校中に会ったカッチに『グラ天然説』を語ったらそんな答えが返ってきた。 「ビー君、『仲間発見!』とか思ったでしょ」  隣を歩くカッチが俺の顔を見詰めて微笑む。  この微笑みの貴公子め。  朝っぱらからドキドキさせないでくれっ。 「うい!」  いきなり背中にぶつかってきた奴が、俺とカッチの間から顔を出した。  確認するまでもなくムッチだ。  でも、今日はなんでかやたら人にぶつかられてるような気がしてたから、ムッチかどうか確かめるために無駄にその顔をガン見してしまった。 「どうした?マサヤン」 「いや、なんか今日さ」  歩きながら、俺とカッチの間に頭を突っ込んだままのムッチを見下ろして答えようとした時、また横を通り過ぎてった奴が俺の肩に肩をぶつけてった。  今のはちょっと痛かったぞ……。 「なんだアイツ。ぶつかったんなら謝れよな」  早足で歩いてく《アイツ》の背中を眺めながらムッチが呟く。 「それがアイツだけじゃねぇんだよ。なんか今日、人にスゲェぶつかられんの」  苦笑いでムッチに言ったら、 「俺が気付いた限りじゃ、さっきので5回目」  ……カッチ、数えててくれたんだ。  ぶつかられた俺自身が何回ぶつかられたかなんて覚えてねぇのに……。  気にしてもらえて嬉しいです! 「5回?そりゃもう完璧わざとだな。マサヤン、なんか恨み買うようなことした?」  首を起こして俺とカッチの間にすんなり入ってきたムッチが聞いてきた。 「そんなことしてねぇよ。と思う」 「ミズキちゃんのファンじゃねぇかな」  前を向いて言ったカッチがチラッと俺達を見て話を続ける。 「ビー君がミズキちゃんフッたってのまで知ってるかどうかはわかんねぇけど、ミズキちゃんがビー君に告ったことならファンの奴等は全員知ってるはずだ。自分達のアイドルが誰か1人を好きになったなんて、奴等にしてみりゃ一大事だろうし」  ……なるほど。  惣田は一部の連中のアイドルらしいしな。  でもそんなこと言ったら、 「グラのファンは……?俺、このまま学校行ったらグラのファンにボコられるんじゃ……」  チューしちゃったし。  あん時周りにいた奴等、超殺気立ってたし。  グラのファンって惣田のファンより過激派多そうだし……!  考えたら怖くなってきた。  学校行きたくねぇ……。 「それは平気」  不意にムッチが俺を見上げて笑った。 「マサヤンがグラと繋がってるって知って、マサヤンに嫌がらせ出来る度胸ある奴なんてそんないねぇと思うよ。みんな、グラのバックにいるクリケンにビビってるし。ビビってねぇのなんて平子先輩くらいだよ」  それ聞いて安心した。  とりあえず、ボコられることはなさそうだ。  クリケンのお陰で。  けど、そのクリケンはグラが俺にチューしたことどう思ってんだろ。  クリケンとグラってニコイチだし、ほとんど付き合ってるようなもんだろ?  って……ホントにそうなのか?  グラがクリケンのこと好きってのはムッチがグラ本人から聞いたことだから事実なんだろうけど、クリケンがグラのこと好きだってのは今思えばムッチとカッチの想像なんだよな。  2人の話聞いてクリケンはグラのことが好きなもんだって思い込んじゃってたけど、マジでクリケンがグラのこと好きだったとしてもそういう意味で好きとは限んねぇし、つか普通に考えたらそっちのほうが可能性高いだろ。男同士なんだから。  なんか俺、男同士の恋愛に免疫つき過ぎてねぇか……?  自分が男好きになっちゃったからってのもあるんだろうけど、俺が好きになったカッチも男のクリケンが好きで、グラもクリケンのことが好きで、そのグラのことを平子先輩が好きで、ついでに俺のことを好きな惣田もいて……。  これじゃ免疫もつくか。  グラと惣田なんて男子校でモテモテだったりするんだもんな。  まあ、惣田の場合は大抵の奴から男と思われてねぇような気もするし、性別がどうとかって次元の話じゃねぇのかもしんねぇけど。  背が伸びるまで見た目がまんま美少女で、平子先輩に女だと思われてたグラも似たようなもんか。 「マサヤーン、どうしたー?」  ムッチに呼ばれて視線を上げたら、ムッチとカッチは立ち止まってた俺の10歩くらい先にいた。  瞬間移動か!?  な訳ねぇってな。  俺は慌てて2人のとこまで走った。  テスト終わったらカラオケ行こうとか、コンビニにあった新商品のジュースが微妙な味だったとか、そんなことを喋りながら校門を過ぎた時、俺は本日6回目と7回目の嫉妬アタックを背中に食らった。  2人連続で鞄ぶつけてくるっつー今までで一番強烈なそのタッグ攻撃に、情けなくも俺は見事にコケた。  たった今だ。  うぅ……背中と掌と膝痛ェ……ッ。  アイツ等、鞄の中に教科書でも詰め込んでたのかよ……っ。  マジ痛ェんだけど……! 「大丈夫?ビー君」  横にいたカッチが、しゃがんで俺の肩に手を置いて顔を覗き込んでくる。  痛いの吹っ飛んだ。 「大丈夫大丈夫っ。全然平気っ」  四つん這いんなってた俺は、心配そうな顔したカッチに笑い掛けて立ち上がった。  掌に付いた砂を払おうと思って両手こすり合わせたら、なんか掌がチクチク痛ェ。  見たら右手の親指の下の方がちょっと擦りむけて血が滲んでた。  ……血ィ見るとなんでこんな痛くなってくんのかな。  膝もまた痛くなってきたよ。  つか俺、校門入ってすぐんとこで四つん這いだったんだな……。  周りからの視線も感じるぞ……。  恥ずかしさで心拍数上がって痛さ2倍増し。  脈拍と同じ間隔で掌に鈍い痛みがやって来ます。  ジワジワ痛ェッ。ジワジワ痛ェッ。 「血ィ出てんじゃん……」  カッチの声が聞こえたと思ったら、凝視してた右手の掌を横から軽く掴まれて引っ張られた。 「今ティッシュ持ってねぇからさ、コレ当てといて」  そう言ってカッチが俺の右手に乗せたのは綺麗に畳んであるハンカチだった。  男でハンカチ持って歩いてる奴見んの、小学校以来かも……。  カッチって見た目通りきちっとした性格なんだなぁ……。  手ェ握られてハンカチまで貸してもらって、カッチのいい奴っぷりと新たな発見に、さっきまでと違う意味でドキドキしてきた。 「マジで大丈夫?ビー君。ほかに怪我してるとか」  ……ん?  俺がなんも言わねぇから余計心配させた!? 「いやっ、ホント平気っ。このハンカチ、染み抜きして洗ってアイロン掛けて返すからっ」 「細かっ」 「え!?」 「いいよ、あげるよソレ」  カッチは眼鏡の奥の目を細めて小さく笑った。  このハンカチ、宝物にします! 「それにしても、今のはちょっとねぇよな」  静かに呟いたのは、俺に鞄ぶつけた2人組が遠ざかってくのを見てたムッチ。  微かに肩を揺らしながら笑い合ってた2人組はまだ校舎の角を曲がってなくて、俺達の視界から消えてなかった。  クソー、段々ムカついてきたぞ……。 「取っ捕まえて謝らせるか」  言いながらムッチが2人組の方に向かって歩き出す。  ムッチもホントいい奴だ。  けど、そこまでしなくていい!  追っ掛けて呼び止めようとしたら、 「君達もやったんでしょ!」  校舎の角から飛び出してきたちっちゃい生き物が、2人組を見るなり怒鳴りつけた。  いきなり過ぎてビビった。  ムッチも同じだったみたいで、2人組まですぐそこってとこで立ち止まった。  何が起こったのか確かめようと思ってムッチに駆け寄ると、あとからカッチも来て俺の隣に並んだ。  2人組を怒鳴りつけたのは惣田だった。  その後ろには惣田を追ってきたらしい男が3人。 「ミズキちゃんっ、そんな怒んないでよっ」 「ほんの冗談だよっ」 「ごめんっ、俺達が悪かったからっ」  3人の男はそれぞれ惣田に取り縋ろうとして、可愛く両腕をバタバタさせる惣田に振り払われてた。 「そんなの知らないもんっ。みんな大っ嫌いっ」  両腕をバタバタさせたまま、高い声で惣田が喚いた。 「えぇ!?何!?なんで!?嫌いになんないでよミズキちゃんっ」 「俺、ミズキちゃんに嫌われたら生きてけないよっ」  大っ嫌いって言われたせいか、俺に鞄ぶつけた2人組も急にオロオロし出した。  それを見て惣田は暴れるのをやめて、上目遣いで野郎5人を見回す。 「もう尾藤先輩に迷惑掛けない?」  ……俺?  ここにいんだけど、誰も気付いてねぇみたいだ。  5人は惣田に向かって首が取れんじゃねぇかってくらい激しく頷いた。 「ホント?」  可愛く尋ねられてさらに頷く5人。  ……ああいう民芸品見た事あるぞ、俺。  赤い牛の……名前なんだっけ。 「嘘ついたら絶交だからね」  悲しそうな表情で惣田が言うと、5人は「約束するよ!」とか「絶交しないで!」とか、惣田に縋り付きそうな勢いで必死な声を上げた。 「みんな大好きっ。じゃあ行こっ」  惣田は少し首を傾げて可愛く笑って、俺達に背中を向けた。  素の惣田を知ってるから思うけど……スゲェ演技力だな、アイツ。  あ、グラが言ってた『惣田に出来て自分には出来ないこと』って、もしかしてコレか?  グラはあんなコロコロ表情も変えらんねぇしな。  なんてことを思ってた時、一瞬振り返った惣田と目が合った。  惣田は微かに笑ってた。  クールで大人びた表情で。  作り笑いじゃない、素の惣田の笑顔だ。  俺はそれにちょっと驚きながら、ファン5人に取り囲まれて去ってく惣田を見送った。  アイツ、俺がいんの気付いてたのか。 「流石だな、惣田瑞樹」  俺の右隣にいたムッチが、不意に腕を組んで感心した声で呟いた。  そのすぐあと、 「あの、男を惹きつけて操る器用さ、少しグラに分けてやりてぇな」  左隣のカッチも惣田を見送ってそんなことを呟いたけど、ちょっと苦笑い気味だった。  ……2人共、素の惣田がどういう奴か知ってたのか?  実は惣田と知り合い?  だったら俺にそう言ってるか。隠すようなことでもねぇし。  じゃあカッチとムッチも、グラと同じで惣田が被ってた猫に騙されなかったってことなんかな。  惣田、今度はこういう奴好きになれよ。  グラがいなかったら俺の前でもずっと猫被ってたかもしんねぇし、そんなんなら最初っから素で付き合っていける奴のがいいだろ。  《こういう奴》っつってもカッチはダメだけどな。  ……惣田がカッチ好きになったら強敵過ぎて勝ち目ねぇかもしんねぇじゃんよ……。 「イテッ」  突然ムッチが前のめりになりながら短い声を上げた。  直後、 「朝から俺の視界入ってんじゃねぇぞコラ。ウゼェんだよ」  そのドスのきいた掠れ声に振り返ってみれば、そこにはいつもの倍は不機嫌そうなグラがいた。  なんで朝からこんな機嫌悪ィんだ?コイツ……。 「視界入んなってお前、後ろから来といて何言ってんだよ……。つかホントは僕の頭張り倒しに来たんだろ」  ムッチが片手で自分の後頭部をさすりながら溜め息混じりにぼやくと、 「よくわかってんじゃねぇか。だったらついでに一発殴らせろ」  グラは両手で交互に指を握り込むようにして、指の関節をバキバキ鳴らし始める。  だからなんで朝からこんな機嫌悪ィんだよっ。  怖ェよグラッ。 「なあ、グラ。お前クリケンとなんかあったんだろ」  宥めるような優しい声で、カッチがグラに話し掛けた。  そんなカッチに視線を向けたグラはちょっと驚いたような顔をしてたけど、すぐに舌打ちして目を逸らした。  ……図星みたいだな。  でもクリケン絡みがマジならカッチも気になってんじゃ……と思ってカッチを見てみたら、カッチは特に怒ってるってこともなく、普通にグラを見詰めてた。  けど、見てんのはグラの顔じゃねぇな。  もう少し下?  何見てんだ、カッチ……。  カッチの視線を追って辿り着いたのはグラの首。  そんで俺はカッチが何見てたのかすぐにわかった。  左の鎖骨の上辺り、Tシャツの襟よりちょっと上んとこにある赤い痣だ。  ってアレ……! 「制服のボタン全部閉めなさい!」  俺は全開だったグラの学ランのボタンを上から閉めに掛かった。 「なんだテメェ!マジでお袋かよ!」  肩掴まれて引き剥がされそうになったけど、そんなんに負けてらんねぇっ。  ぶっちゃけ目のやり場に困るんだよ!そのキスマーク!  ただでさえ人目引くんだからみんな絶対気付くだろ!学校中の奴等に見せて回る気か!  心の中で叫びながら、俺は全部のボタンを閉めることに成功した。  ふぅ、これで一安心。 「ウゼェ」  短く吐き捨てて、グラが片手で学ランのボタンを乱暴に外し出す。  俺の苦労が……!  つか、ソレつけたの誰!?  ……クリケン、だよな。  『クリケンとなんかあった』って、そういうことか……。  やっぱグラとクリケンってそういう……。 「そっか。お前が折れたのか」  スゲェあっさりムッチが言った。  からかってるとか面白がってるとかじゃなくて、ホント自然に。  そんでグラは、 「折れてねぇよ。けどアイツにマウント取られて逃げられる訳ねぇだろ」  やっぱりイライラ吐き捨てた。 「……え?じゃあ無理矢理……?」  だからそんな怒ってんの……?  恐る恐る聞いてみたら、 「ああ、痕つけられた」 「痕……だけ?そのままヤられちゃったとか……」 「させるかクソが」  えー……?お前クリケンのこと好きなんじゃねぇのー……?  好きな相手にも抵抗すんのー……?  まさかとは思うけど、クリケンの鼻と前歯も叩き折ってたりしねぇだろうな……。  なんて思ってたらクリケンが現れた。  こうやってすぐグラんとこに現れるから『姫とSP』とか言われんだろうな、きっと。  つかクリケン、相変わらずめっちゃ男前だ。  要するに、鼻も前歯もなんともない。つか、鼻高ェ……。  クリケンってハーフとかなんかな……。  とか、ちょっとクリケンの顔に見惚れてたら、クリケンはグラの腕を掴んで俺の前から引き離すなり、そのままグラを引きずって歩き出した。 「テメ……ッ、離せコラ!痛ェだろうが!」  グラが暴れようが、クリケンはグラの腕を離さねぇどころか歩く速度も緩めない。  ロボっす……。  クリケン、マジでマシーンっす……。  そりゃあんなんに乗っかられたら逃げらんねぇよな。  でもその状況でキスマークつけるだけでやめたクリケン凄くね……?  やっぱマシーンなのか……? 「あんなわかりやすいマーキングするとか、クリケンって何気に嫉妬深い奴だったんだな」  ムッチが呟いたあと、 「グラがビー君にキスしたからかね。でもマーキングだけって、どんだけグラのこと大事にしてんだよ」  カッチが苦笑した。  そっか、大事だから無理矢理最後まではしなかったのか。  クリケン、マシーンじゃなくて紳士じゃん。  つか、マジでグラのことが好きで、簡単に手ェ出せねぇくらい大事にしてんだ……。  そんなの見せつけられて、カッチも相当キツイんじゃ……。  と思って、同情しながらカッチを横目で見たら、 「……"嫉妬深い"ね。面白ェじゃん」  え?  何その悪い笑顔!  何企んでんの!?カッチ!

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