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嫌いじゃないよ(2)

 早足でギャル達から離れて、倉原のことも解放してやった。 「僕が奢ってやる。それでいいだろ?」  斜め後ろの倉原を振り仰いで言ってみたが、 「なんで女に奢ってもらっちゃダメなんだよ。何がダメ?」  未だ倉原は腑に落ちていないようだった。 「奢ってもらうのがダメなんじゃないよ。そのためだけにナンパすんのはどうだろうなって思っただけ」 「俺金持ってねぇし。つかマジで腹減ったんだもん」  おいおい、そんな幼児みたいに唇尖らせて拗ねるなよ。  本当、顔の造りと表情がチグハグだ。 「金持ってないならそう言えよ。女を財布代わりにすんな」  言っていて思わず溜め息が出る。  僕は別にフェミニストな訳じゃない。  女系家族の中にいて学んだことだけど、女にたかるとあとが怖いんだ。  いついつの貸しを返せとか、こっちが忘れた頃に言ってくる。  金のことだけでなく、女はその場でキレて終了する男と違って小さな怨みつらみを涼しい顔で心中に蓄積し続けて、ある日突然爆発する。  そうなった時の女ほど面倒なものはない。  倉原はその辺りを深く考えずに金がなくなるたびに違う女に奢ってもらっているのかもしれないが、分散されればされただけいつどこでしっぺ返しを食らうかわからない。  まあ、僕の知ったことじゃないけど助けてもらった礼だ。忠告だけはしておこう。 「さっきの子達は気にしないでくれてたけど、世の中ああいう子達ばっかりじゃないんだ。お前、あんなこと繰り返してたらいつか女に刺されるぞ。やめとけよ、もう」  倉原を見ている限り、後腐れのない女を選んでやってるとも思えないし。  選んで、それが男だったとしても、僕みたいに身に覚えのないところで妙な期待を抱かせてえらい目にあったりすることだってあるんだ。  女なら尚更恋愛感情に直結しやすいし、用心するに越したことはないだろ。  でも、忠告をしたところで僕と倉原はさっき会ったばかりの他人だ。  軽く受け流されるか、あるいはまた唇を尖らせて黙り込まれるか。  どっちにしても何かしらリアクションはあるだろう……と思っていたが、倉原はただ食い入るように僕の顔を見ているだけだった。  言いたいことがあるなら言えばいい。  拗ねられるより気になるじゃないか。 「何?」  しばらく待っても返答がないから、僕のほうから聞いてみた。  僕を凝視したまま、倉原がゆっくりと口を開く。 「カッコイイな、お前」 「は?」  何言ってんだコイツ。  カッコイイなんて未だかつて言われたこともない言葉だ。  しかもそれを言ったのが、その言葉を再三言われまくってるんじゃないかと思われる男ときた。  からかわれたか。  それならそれで、 「なんか高いもの奢らせようとしてるだろ。バレバレなんだよ」  僕は笑った。  目には目を、冗談には冗談をだ。  が、倉原は笑うどころか眉根を寄せる。 「違ェよ!俺マジでお前のことカッコイイって思ったんだけど!」  ……マジで?  やめてくれ。  言われ慣れてないから恥ずかしくなってきた。  何より倉原の目がまっすぐ過ぎて余計に照れ臭い。 「はいはい。で、何食べたいの?」  平静を装って、倉原の視線から逃れるために歩き出す。 「モス!てか待てってば!」  追い掛けてきた倉原が横に並んでもそっちは見ない。  いや、まだちょっと見ることが出来ない。 「残念だったね、この辺モスないよ。あるのはマックとケンタだけ」 「今俺モスな気分なんだよっ、モスッ」 「だからないって。諦めな」  僕がこの辺りの地理を知ってることへのツッコミはなしか。  まあいいけど。  倉原の顔を見ないまま、僕は目的地をケンタに定めて歩を進める。  マックはうちの学校の生徒の利用頻度が高いから、あまり行きたくない。  学校を離れてまでブリッコ演技を続けるなんて流石に勘弁だ。  そのために下校だけは「みんな心配しないで。僕、1人でも大丈夫だヨ。また明日学校で会おうネ。エヘッ☆」とか言ってあるんだ、自称僕のファンの連中に。  ついて来ようもんなら「絶交しちゃうゾ」。  泣きそうな顔をして上目遣いでコレを言えば大抵の奴は引き下がる。  便利な言葉だ。  倉原と一緒にいるところを見られても面倒だけど、あとで質問責めにあったらあれは倉原先輩の弟だと言えば奴等も黙るだろう。  みんなあのヤンキーとその連れにビビってるからな。  僕のファンには夢見がちな小心者が多いんだ。  あのヤンキーは性的欲求に素直な連中と武闘派のアイドルだから、僕のところとはファン層が被らない。  いや、僕のファンの中にもあのヤンキーを遠くから眺めてあれこれ考えてる奴はいると思うけど。  黙ってれば綺麗なお人形さんみたいだからなぁ、あの人。  正直な話、本当は僕も倉原先輩のことは好きなんだ。  鑑賞物としてな。 「なあっ」  倉原先輩!?  横から目の前に突き出された顔を見て、一瞬本気でそう思った。  計ったようなタイミングだったこともあって、僕は息が止まるほど驚いて足を止めた。  双子みたいにそっくりって訳じゃないけど、やっぱり似てるよ倉原兄弟……。 「あ、ビビらせてごめん」  ゴメンなんて言わなそうな倉原先輩に似た顔で極々普通に謝られて、苦笑しながら首を振る。 「いや、平気。それで、何?どうかした?」 「お前さ、この辺のこと知ってた?」  ようやく気が付いたか。 「一応ね。倉原の慌て方が半端なかったから、ウケ狙ってんのかと思って合わせたんだよ」 「ウケなんか狙ってねぇし!クッソォッ、俺ガチで困ってたのにィッ!」  地団駄踏むなよ。  駄々っ子か、お前は。 「怒ると腹減るんだろ?余計減るからおとなしくしてな」  呆れ半分で言ってやると、倉原は素直におとなしくなった。  顔が似てるだけの別人とわかっていても僕の頭の片隅には倉原先輩の顔があって、無意識に倉原と先輩を重ねて見ていたせいか、その反応に意表を衝かれてしまった。  似てるのは顔だけか。  改めてそう感じながら話を続ける。 「とりあえずなんか食べて、そのあと駅だな。僕はそのまま帰るけど、駅からなら加藤先輩の家もわかるだろ?」 「いや、わかんねぇ」  真顔で答えられて、僕は己が耳を疑った。  わかんねぇって……。 「お前、加藤先輩の家に行くつもりだったんだよな?それで場所わかんねぇってどういうことだよ」 「カッチ君んち学校のすぐ近くって聞いてたから、行けばすぐわかっかなと」 「アバウト過ぎる……」  僕は片手で額を押さえて俯き、溜め息を吐き出した。  呆れたというか、今目の前にいるちょっと足りない子が哀れに思えてきた。  ……でも、そのアバウトさのお陰で倉原はあんな路地裏に迷い込んで、僕を助けてくれたんだよな。  ここで倉原を放り出すのは良心が痛む。  とは言え、力を貸してやろうにも僕は加藤先輩の家を知らない。  加藤先輩と同じクラスの奴にでも聞けばわかるかもしれないけど、こういう日に限ってスマホを家に忘れてきていたりする。 「やっぱり加藤先輩に聞いたほうがいいんじゃないか?じゃなかったら、尾藤先輩か武藤先輩か。お前の兄貴も加藤先輩の家知ってるかもよ」  スマホなら倉原のがある。  借りて掛けようにも自称ファン達の番号なんて覚えてないどころか自分のスマホにすら登録していない。  倉原が加藤先輩達の番号を知ってるなら倉原本人が直接掛けたほうが早い。  テキジョーシシャチュとか言ってたけど、加藤先輩に聞きづらいなら兄貴に聞くのが一番手っ取り早いような気もするし。 「兄ちゃんスマホ持ってねぇからダメ。つか兄ちゃんは絶対ェダメッ」  倉原は顔をしかめて強い口調で言ってきたけど、怒っているというよりは困っているようだった。  確かさっきも「兄ちゃんの話すんな」って言ってたっけ。  喧嘩でもしてるんだろうか。 「シュウちゃんに聞くっ」  言うなり倉原はスクバからスマホを引っ張り出して電話を掛け始めた。  シュウちゃん……武藤先輩か。  スマホを耳に押し当ててからわずかの沈黙を挟み、倉原が勢いよく話し出した。 「あ、シュウちゃん!?あのさっ。……え?兄ちゃんそこにいんの!?なんで!?……勉強会?……ああ、そう。じゃあいいや。頑張ってね。マサヤンにも頑張ってっつっといて。じゃ」  耳からスマホを離し、通話を終了させてすぐ、 「兄ちゃんいるなんて聞いてねぇよ!」  デカイ独り言を吐き捨てたかと思ったら、倉原は別のところに掛け直してスマホを耳元に戻す。 「カッチ君!俺俺!……詐欺じゃねって!え?勉強?今日休み!……いや、逃げた訳じゃ……。うわっ、ちょっと!ちょっと待ってカッチ君!ちょっ……切れたっ」  呆然と、倉原はスマホの画面を見詰めた。  家の場所を聞くどころじゃなかったらしいな。  あーあ、真っ白に燃え尽きちゃってるよ。  2駅先になるけど僕の家のほうにならモスもあるし、ここはケンタと言わず倉原ご希望のモスで奢ってやるか。 「お友達が来るなら電話で教えてよ、ミーちゃんっ」  何がミーちゃんだ。  普段そんなふうに呼ばない癖に。  母さんめ、倉原の顔見た途端態度変えやがった。 「スマホ忘れたんだよ。てゆーかさ、そこどいて」  進行方向、2階の僕の部屋に繋がる階段の前に立ち塞がったまま全く動こうとしない母さんの肩を押し退けた。 「やだちょっとっ、ママにお友達紹介してくれないのっ?」  何がママだ。  それ以前に必死過ぎだろ、母さん。  いくら倉原の顔が良くたって、息子と同い年の奴相手にそんなあからさまにオンナになるなよ。恥ずかしい。 「お母さんだったんだ?」  僕の後ろにいた倉原が、不意に話し掛けてきた。 「スゲェ若いし綺麗だからお姉さんかと思った」 「あらやだーっ、お上手ねーっ」  母さんは柄にもなく手の甲で口元を隠してお上品に笑い、心底嬉しそうに倉原の腕を軽く叩く。  さりげなくタッチすんな。  態度が露骨過ぎてセクハラにしか見えねぇよ。  家の近くにモスがあると倉原に話したら、それならお前の家に遊びに行きたいと言われて、断る理由もないから承諾したけど…………倉原を家に連れて来たのははっきり言って失敗だった……。 「母さーん、どうしたのー?」  階段の上から聞こえた声に顔を上げれば、そこにいたのは2つ年上の3番目の姉、美沙。  ……コイツもいたのか……。 「ミーちゃんのお友達が来てるのよ、美沙ちゃん」  倉原の腕に手を添えたまま、母さんは美沙に言葉を返す。  それが耳に入っているのかいないのか、無言の美沙は惚けた顔で倉原を見下ろしていた。 「お邪魔してまーす」  倉原が笑顔で手を振ると、一瞬にして美沙の顔が赤くなった。  わかりやす過ぎだろ、ちょっと。 「いらっしゃーい、ゆっくりしてってねー」  赤い顔で微笑みながら美沙が階段を降りてきた。  コイツも倉原にお触りしようって魂胆か……と思ったら、 「ミズキ、ちょっと」  美沙が掴んだのは僕の腕で、僕はそのままリビングに引きずり込まれた。 「なんだよ」  身長差がほとんどないせいで近過ぎるくらい近くにあった美沙の顔を横目で見て尋ねると、 「……誰あれっ、めっちゃカッコイイじゃんっ」  興奮気味に答えた美沙は何故か小声だった。 「誰って、先輩の弟」 「……弟!?じゃあアンタの先輩もカッコイイの!?弟と似てる!?」 「ああ、まあ」 「……似てるんだ!?超イケメン兄弟じゃんっ。弟でもお兄さんでもいいから紹介してよっ。カオちゃんとルミちゃんには内緒でっ。ねっ、いいでしょ、ミズキッ」  内緒って……長女香織と次女瑠美もイケメン大好きだから、倉原兄弟のことを知れば確実に食い付くとは思うけど、アイツ等はもう成人だし、2人揃って年上のカレシもいる。  それは美沙も知ってるはずだ。 「なんで内緒なんだよ。香織と瑠美だって今のカレシ振ってまで男子高生と付き合いたいなんて思わないだろ、流石に」 「……わかってないなー。そんなのカレシとは別腹に決まってんじゃん」 「なんだソレ。食後のケーキかよ。訳わかんねぇ」 「……とにかく、カオちゃんとルミちゃんには絶対内緒。わかった?」  美沙は目を据わらせて、ただでさえ近い顔をさらに近付けてきた。  紹介ねぇ……。 「わかったわかった。一応アイツに美沙のこと話しておくよ」  投げやりに答えて、ずっと僕の腕を掴んでいた美沙の手を払い落として踵を返す。 「よろしくねー、ミーちゃーん」  背後から聞こえた美沙の声は、薄気味悪いくらい見事な猫撫で声だった。  ブリッコ演技を得意としてる僕でも、美沙や母さんに比べたら棒読みの大根役者も同然だ。 「マジで超綺麗ですよ、お母さん。俺、女優さんかと思っちゃったもん」  リビングから出てみると、笑顔の倉原が母さんに盛大なおべっかを使っていた。 「もーっ、ミノリ君ホンット上手っ。食べたいものがあったら遠慮なく言ってねっ。おばさん、張り切って夕食作っちゃうっ」 「マジっすか?じゃあねぇ……」 「うんうん、なんでも言ってっ」  ……ここはホストクラブか。  倉原の奴、ギャルの次は中年主婦かよ。  守備範囲が広いのか、節操がないのか、それともこれも特に何も考えないでやってるだけなのか……。  何も考えてないんだろうな、きっと。  母さんも母さんでちゃっかり名前まで聞き出してるし。  僕は倉原の名前がミノリだってことを今初めて知ったってのに。 「倉原、行くよ」  やたらとテンションの高い母親をこれ以上他人の目に曝したくなくて、僕は倉原に声を掛けて階段を上がる。 「うわ、待てっ。おばさん、ハンバーグッ」 「かしこまりましたーっ。おいっしいハンバーグ作るから、楽しみにしててねっ」 「してるーっ」  僕を追いながら口早に短い言葉で話す倉原と甘ったれた声の母さんの会話を背中で聞いて、僕は足元の階段1段1段に長い溜め息を落としながら自分の部屋に向かった。  倉原を部屋に通し、スクバを床に放り投げて学ランを脱ぐ。 「ドア閉めといて。母さんと姉ちゃんが覗くから」  脱いだ学ランをハンガーに掛けながら振り返らずに頼むと、「ああ、うん」という小さな返事のあとにドアが閉まる音がした。 「お前、キレイ好きなんだな」  そんな言葉に振り返れば、ドアの前に突っ立ったまま部屋の中を眺め回している倉原の姿が視界に入った。 「キレイ好きってほどでもないよ。これくらいは普通だろ?」  掃除や整理整頓が趣味な訳でもないし。 「いや、俺の部屋より全然キレイ」  部屋の中を眺め回し続け、僕のほうも見ないで倉原が答えた。  人の部屋、特に初めて訪れた部屋だと物珍しさからつい辺りを観察してしまうという気持ちはわかる。  でも、僕の部屋はそんなにしげしげと見るほどキレイな訳でも珍しい物が置いてある訳でもない。 「どんだけ汚いんだよ、お前の部屋」  苦笑半分で聞いてみると、 「母ちゃんと兄ちゃんにゴミ溜めって言われてる」  倉原はやっぱり僕を見ない。  あれ?  兄ちゃんの話はしたくないんじゃなかったか?  それを忘れてしまうくらい、倉原にとって僕の部屋はキレイ過ぎるんだろうか。 「片付けろよ、部屋」  苦笑を濃くして言った時、部屋に入って初めて倉原が僕を見た。 「片付けに来てよ」  おいおい……。 「なんでだよ。それは女に頼んだりしないのか?」 「俺、部屋に入れる女は母ちゃんとカノジョだけって決めてんの」 「そのカノジョには頼んだんだろ?」 「カノジョいたことねぇから頼んだこともねぇよ」  ……え?  カノジョがいたことがない?  あっさり言われて危うく聞き流しそうになったけど、確かにコイツそう言ったよな?  腹が減っただけでギャルをナンパして、中年主婦までその気にさせるような奴だから、相当派手に女遊びをしてるんだろうと思っていたけど……そうか、倉原も恋人いない歴年齢分なのか……。  ちょっと親近感が沸いてきた。  でも、 「だったら早くカノジョ作るか、僕以外の奴に掃除頼みな」  親近感が沸いたって、コイツの部屋の掃除までしてやる気はない。 「えぇーっ、頼むよーっ。前まで部屋片付けてくれてた友達に『1人でお片付け出来るようになろうね』って放置プレイ食らってからもう2ヶ月なんだよーっ」 「いい友達じゃん。それがアレ?加藤先輩に勉強教わってるっていう」 「いや、それはノブ。シュウちゃんの弟。掃除してくれてたのはタツヤって奴。散らかってんの見るとすぐ片付けてくれるキレイ好きな奴なんだよ」 「あー、いるよな、そういう奴」  って、コイツのペースに流されて頷いてしまったけど…………コイツ、僕を新たな掃除当番にしようとしてたのか。 「倉原、僕からも言わせてもらうよ。1人でお片付け出来るようになろうね」 「お前もそれ言うかっ」 「うん。僕はタツヤ君に味方する」  会ったことはないけどね。 「なんでだよー。いいじゃん、部屋の掃除くらいー」 「やだって言ってんだろ。とりあえず座れば?その辺適当に座っていいから」  唇を尖らせて拗ね始めた倉原を促して、僕はベッドに腰掛けた。  すると倉原は不服そうな顔で僕のそばまで来ると、僕の左斜め前に腰を下ろして胡座をかいた。  しかし、倉原先輩とだって仲がいい訳でもないのに、会って1時間も経っていないその弟と自分の部屋でこうして顔を突き合わせているなんて、よくよく考えてみれば不思議な状況だ。  なのに僕は、倉原に対して初対面の気詰まりというものを全くと言っていいほど感じていない。  理由は多分、倉原の顔だろうな。  もし倉原が先輩に似ていなかったら、僕は反射的に素の自分を隠していたと思う。  いつもの調子で礼を言って、上辺だけの会話を交わして、家に連れてくることもなかったはずだ。  ……クソ、なんで似てたんだよ。  倉原先輩への苦手意識を思い起こさせられるからというより、先輩同様の造り物めいたその顔のせいで母さんと美沙のオンナの部分を見る羽目になったことに僕はげんなりしていた。  母さんと美沙の性別を否定するつもりも、家族を神聖視してる訳でもないんだけど、なんというか、説明し難い嫌悪感があるというか……。  家族の異性に対する本能的な部分なんて見たくもないし、見られたくもないんだよ。  だから美沙には悪いけど、倉原に美沙の話をする気も更々ない。  したところで、今までカノジョを作らなかったこのムカツクくらいのイケメンが美沙と付き合いたいなんて思うだろうか。  大体、倉原と美沙はさっきちらっと顔を合わせた程度だしな。 「あのさ、お前のお母さんとお姉さん、超美人だよな」  突然、倉原がそんなことを言ってきた。  まさかとは思うけど、美沙に興味あるとか……?  僕もうちの女達は化粧をしていれば美人だと思ってる。  化粧をしていればだ。  もし本当に倉原が美沙に興味を持ったんなら、あとでショックを受ける前に真実を教えておいてやりたい。 「化粧してるからそう見えるだけだよ。化粧取ったら別人っていうか化け物だぞ、アイツ等」 「え?お前は化粧してないだろ?お母さんとお姉さんお前にそっくりだったし、化粧取っても美人だろ?」  さらりと言われて一気に顔が熱くなった。  倉原の態度はあくまで自然で、お世辞を言っているふうには見えない。  恐らく倉原は思ったことをストレートに言ってしまう人種だ。  発した言葉には言葉通りの意味しかなく、他意はない。  だから余計に照れ臭いというか、何よりこの幼い子供みたいな澄み切った目がいけない。  別に人様に顔向け出来ないようなことをしてきた訳じゃないけど、倉原の目を見てると今現在周囲の奴等を利用している自分が酷く汚れた人間に思えてくる。  そんな目で見ないでくれ……。  僕はぎくしゃくと視線を逸らした。  倉原先輩の目もだけど、倉原の目も先輩とは違う意味で直視するのを避けたくなるな……。  全く、兄弟揃って目ヂカラが半端なさ過ぎるよ……。 「いいよなぁ、美人のお母さんとお姉さん。スッゲェ羨ましい」  独り言のように呟かれたこの言葉にもきっと他意はないんだろう。  ないんだろうが、凄まじい違和感を覚えた。 「お前のお母さんはもっと美人なんじゃないの?」  コイツと、あの倉原先輩を産んだ人だ。  化粧でごまかしてるうちの母さんとは比べものにならない絶世の美女に違いない。  見てみたいな、倉原母……。 「うちの母ちゃん?いや、全然美人じゃない。ただのオバチャン。お前のお母さんのが1億万倍綺麗」  笑いながら倉原が言う。  お世辞も言わない正直者の倉原がそう言うならこれも謙遜じゃなくて真実なんだろうけど、コイツは倉原先輩より自分のほうがカッコイイと断言してる男だ。  母親が兄貴と同じ顔だったら「美人だ」とは言わないんじゃないだろうか。  ……そっくりなんだろうな、倉原先輩とお母さん。

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