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嫌いじゃないよ(3)
実際、倉原先輩とお母さんがそっくりだったとして。
あの顔が家に2つもあるんじゃ、理想も高くなってなかなかカノジョ作れないかもな……。
やっぱり美沙程度じゃ無理だろ、どう考えたって。
でも倉原は美沙を美人だって言ってるし……。
「どうした?」
声を掛けられて、自分が目を伏せて黙り込んでいたことを知った。
「あ、いや、美沙が……って、僕、自分の名前も言ってなかったな」
慌てて口を開いたせいでなんの説明もせずに美沙の名前を口に出してしまったけど、それよりまず自分が名乗るのが先だろう。
「ミーちゃんだよな?ミズキ、だっけ?」
再度僕が口を開くより早く、倉原がさらりと確認してきた。
母さんと美沙が発した言葉から僕の名前を拾っていたか。
「うん、そう。ミズキ。惣田瑞樹」
「俺はミノリ。苗字はいいよな?知ってるもんな」
倉原の問いに頷いた途端、急に笑いが込み上げてきた。
「今頃自己紹介ってのも変な話だな。まあ、なんかバタバタしてたし、しょうがないか」
笑う僕とは対象的に、何故か倉原の顔は雲っていく。
視線まで俯きがちに逸らされて、腹の底から沸き上がってきていた笑いも引いた。
何かマズイことでも言ってしまったんだろうか。
「倉原?」
小さく呼び掛けてみたら、視線が戻ってきた。
「お前、ああいうことってよくあんの?」
僕の表情を窺うように、恐る恐るといった感じで聞いてくる。
「ああいうこと?」
倉原がなんのことを言っているのかわからなくて尋ね返した。
しかし申し訳なさそうな顔で再び目を逸らされてしまい、僕は仕方なく自分で考えることにした。
が、答えを導き出すのにそれほど時間は掛からなかった。
記憶を倉原に会ったところまで巻き戻してすぐ、倉原が何故言葉を濁したのか理解した。
「ああ、よく男に襲われそうになってんのかってこと?」
言ってみると、倉原は一瞬目を見開いて僕を凝視して、そのあと目を泳がせたり首を捻ったり、面白いくらい挙動不審になった。
その様子にまたも沸々と笑いが込み上げてきたけど、それを堪えて倉原に言葉を投げる。
「ああいうことされたのはあれが初めて。お前が助けてくれなかったらマジでヤバかった。ありがとう」
最後の言葉だけは真摯な気持ちで紡いだ。
あの時倉原が割って入ってくれなかったら……考えただけでもゾッとする。
「お前には、本当に感謝してる」
気持ちが倉原に伝わるように、ゆっくりともう一度僕は礼を言った。
そんな僕の顔をまじまじと見詰めたあと、
「……お前が嫌がってたから……」
完全に項垂れてしまった倉原がポツリと零した。
照れてるんだろうか。
そうは見えないけど、案外この手の話題に弱いのか?
本当、外見だけなら相当遊んでそうなのに。
なんだかちょっと倉原が可愛く思えてきた。
いい子いい子って頭を撫でてやりたいくらいだ。
「うん、お陰で助かったよ。本当にありがとうな」
言いながら、俯いたままの倉原の頭に手を伸ばし掛けた時、
「……嫌がってなきゃ、俺にはなんにも出来ねぇし……」
え?
訳がわからなくて思わず手を引っ込める。
倉原は、僕が嫌がっていたから止めに入った。
じゃあ、『嫌がってなかった』のは……倉原が何も出来ずにいた相手は、誰だ?
倉原は誰の話をしてる?
それより、唐突に悄然としてしまった倉原が気になって仕方がない。
「なあ、倉原。僕はお前に助けてもらった。今度は僕の番だ。僕でよければ相談に乗るよ?」
身を乗り出し、一度引っ込めた手を再び伸ばして倉原の肩に置く。
不意に倉原が顔を上げた。
「ぶっちゃけ、俺の中で兄ちゃんは一番で、絶対誰にも負けちゃいけねぇんだ。負けてほしくもねぇ。けど……」
突然話し出して口を噤み、目を伏せる。
倉原が言ってたのは倉原先輩のことだったのか。
要するに倉原は、兄貴のそういうところを偶然見てしまったってことか。
なるほど。兄貴の話をしたがらない訳だ。
異性の家族のそんな場面に出くわしたって複雑な気分になるだろうに、それが同性で、しかも相手までとなるとなぁ……。
そういえば倉原先輩、今日首にキスマーク付けてたっけ。
付けられてることに気付いてなかったのかなんなのか、本人は至っていつも通りで周りの目も全く気にしてなかった。
だから余計、誰も何も言えなかったみたいだけど……。
あのヤンキーが『嫌がってなかった』って、相手何者だよ。
……誰でもいいか。
わかったところでそれがあの人の弱みになるとは思えないし、なったところでそんなネタを持ち出してまであの人をやり込めたいとも思わないし。
何より今は倉原の話を聞くことのほうが重要だ。
「けど?」
極力優しい声音で話の先を促したら、
「けど……」
倉原は俯いたまま、小さな声で呟くように話を続けた。
「俺、ケンちゃんのこと好きだし……つーか、兄ちゃんにケンちゃん取られたのが悔しいんかな。ケンちゃんに兄ちゃん取られたのが悔しいんかな……。よくわかんねぇけど、なんかムカついて……。あー……関係ねぇ奴に当たっちゃったなぁ……。膝入れちゃったアイツ、大丈夫かなぁ……」
「膝入れちゃったって、僕と一緒にいた奴?」
「……うん」
やり過ぎだと思ったあれは、単なる八つ当たりだったのか。
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