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第22話
「お前も来たんだな。やっぱグラの女装気になる?」
ムッチがちょっとからかうような笑顔で、そばまで来たクリケンの顔を見上げた。
「女装はどうでもいいんだが、アイツに来いって言われてな」
答えたクリケンはいつも通りの無表情だった。
女装はどうでもいい?
グラに来いって言われから来ただけ?
それでこの無表情……。
なんかグラの情報だけインプットされてて、グラの命令だけに従うグラ専用ロボみたいだよ、クリケン……。
なんて思ってたら、いきなりスピーカーから音楽が流れ出した。
ポップスなのは間違いねぇんだけど、聴いたことねぇ曲だ。
集まってた生徒達もそれに気付いたのか一瞬静かになって、すぐになんだなんだってざわつき始める。
「この曲何……?」
思わず口から出た呟きは完全な独り言だったんだけど、
「放送部の連中に音響頼んだんだ」
カッチが答えてくれた。
でもそれ、俺の疑問の答えとは微妙に……。
「そうなんだ?この曲のタイトルなんつーの?」
さりげなくもう一回聞いてみた。
「伝説の女児向けアニメ『マジカルディーバさつき』の主題歌『恋はマジカル』だ」
答えてくれたのはカッチじゃなくて、いつの間にか近くにいた早口の天野。
番場と麦島と緑川もいた。
「衣装担当の皆さんです」
カッチが「右手に見えますのが」って感じのバスガイドみたいな手つきで4人を指して言った。
この4人が衣装担当?
そんでアニメの主題歌?
ってことはまさか……!
「みんなーっ、今日は来てくれてありがとーっ」
突然マイク通して呼び掛けてきた声に反射的にステージを見たら、そこにいたのは金髪の巻き毛でフリフリふわふわの妖精みたいなドレス着た、マジで漫画ん中から飛び出して来たような超現実離れしたとんでもねぇ超絶美少女……!
どっと湧いた野郎共の野太い歓声で体育館が揺れたような気がした。
つかなんだアレ……。
マジで人形にしか見えねぇ……。
生きてんのか……?
「近頃集団のアイドル物が増えてるが『マジカルディーバさつき』はソロのアイドル物なんだ。ソロで戦える最後のアイドルとも言われるまさに伝説の二次元アイドルで、小学3年生のごく普通の少女田辺由香がマジカルリップを唇に塗ることで17歳のキュートでミステリアスな歌姫さつきに変身するいわゆる魔女っ娘物だ。今回は第29話『夢見るフェアリー』でさつきが着た衣装を作ってみた。さつきのステージ衣装はミニスカ生足が基本なんだがたった一度29話でだけ膝下丈のドレスを着ているそれがあのドレス、通称夢フェアドレスだ」
唐突に天野が早口で解説してくれた。
やっぱ全部は聞き取れなかったけど……、
「作ったの!?天野が!?」
「いやみんなでだ。コスプレイヤーの奴等や服飾系目指してる奴等に片っ端から声掛けて協力してもらった。期日まで1週間しかなかったからな。コミュ障だのなんだのと言ってる場合じゃなかった」
少し誇らしげに天野が言った。
「倉原君って何気にガタイよくてさ、ああいうフワッとした感じの衣装じゃねぇと体型の男っぽさ隠せなかったんだ」
腕組みしてステージのお人形さんを眺めながら淡々と話す番場は、なんだかちょっと職人みたいに見えた。
倉原……ってグラかアレ!
「こんなにたくさんの人が来てくれるなんて、さつき、最高に嬉しいっ」
でもこれ、誰の声?
グラの声じゃねぇぞ?
「口パクか。凝ったことすんなぁ」
ムッチが感心した声で呟いた。
あー、口パクか。
じゃあこれ、アニメの声なのか。
アニメの女の子って癖のある甲高い声ってイメージあったけど、こんな男か女かはっきりしない不思議な声の女の子もいるんだな。
「いや、アレ、倉原君が自分でやってんだよ」
「エェ!?」
投げやり気味な麦島の言葉に、ムッチと俺はほとんど同時にひっくり返った声を上げてた。
そしたら緑川が、
「俺、倉原君に『さつき』のDVD貸したんだけど、倉原君それ観てさつきの喋り方とか動きとか歌い方とか完璧に覚えちゃったみたいなんだっ。再現力半端ないよねっ。リアル北島マヤだよ倉原君っ」
俺とムッチに向かって興奮気味にそう言った。
キタジママヤって誰?
「さつき、みんなのために心を込めて歌います。曲は『恋はマジカル』!」
…………ちょっと待て。
これがグラの歌声だってのか!?
男の声っちゃ男の声だけど、ハスキーな女の子の声って言われたらそんなふうにも聞こえるぞ!?
しかもいつもは怖ェだけの声のかすれっぷりが今はめちゃくちゃ色っぽいし……!
どっからその声出してんだよグラ!
普段のドスきいたしゃがれ声はどこ行っちゃったんだよ!
あれはグラじゃねぇ!
くるくるふわふわ踊りながら歌うお人形さんだ!
マイク両手で持ったりしちゃって仕種も超女の子だし、絶対グラじゃねぇ!
あれは…………さつきちゃんだ!
二次元の女の子がガチで実体化したんだ!
あまりの衝撃に一歩後ずさった俺の右腕になんかがぶつかった。
咄嗟にそっちを見たら、顔引き攣らせたムッチが目ェかっぴらいてステージのほうをガン見してた。
不意に、さつきちゃんの歌に合わてステージ前の一部野郎共が合いの手入れるみたいに叫び始めた。
つか踊り出してるし!
「……何が始まったんだ……?」
「コールとオタ芸だ。俺達も行ってくる」
番場がそう言うなり、オタク4人はケツポケットから光る棒を取り出してステージ前に走ってった。
なんつーんだっけ、あの光る棒。
サイリウム?
つか、ダイナミックで無駄にキレのある、一糸乱れぬあの踊り…………あれがオタ芸か!
ナマで初めて見た!
ちょっと感動したけど、俺はコール?が上がるたびにビビって、ムッチは相変わらず目ェかっぴらいたまま固まってた。
でもカッチと惣田は真顔で腕組みして、ステージのさつきちゃんと踊り狂う奴等を観察してる。
何その監督みたいな佇まい!
そう思いながら、さつきちゃんに視線を戻す。
なんかさつきちゃんよりオタク達のが目立ち始めてきてね……?
オタク達の周りの奴等はあからさまに眉ひそめてるか唖然としてるか半笑いかで、とにかくドン引きしてる。
けど、一心不乱に踊ってる奴等はかなり楽しそうだ……。
曲が2番に入った頃、踊ってる奴等に煽られてかほかの奴等のテンションも上がってきて、眉ひそめてた奴も唖然としてた奴も半笑いだった奴も、最後はみんなでオタク達と一緒に叫びながら踊ってた。
俺とムッチもだ。
見様見真似だからオタク達みたいに上手くは踊れねぇけど、これ、コールも含めてやってみるとめちゃくちゃ楽しい!
で、俺達はステージの上のさつきちゃんにアンコールの声を掛けまくって、計3回『恋はマジカル』を歌ってもらった。
もう俺、『恋はマジカル』の歌も踊りも完璧だ!
そんで、さつきちゃんがみんなに惜しまれながらステージを去って、興奮覚めやらぬ状態でみんなも体育館から出てったあと。
体育館に残った俺とムッチとカッチと惣田、それから天野麦島番場緑川の前にさつきちゃんが姿を現した。
近くで見たさつきちゃんはステージの下から見てた時より遥かに綺麗で、お人形さんっつーか触ったら消えちゃいそうな妖精みたいだった。
でもさつきちゃんって俺より背がおっきいんだね……。
なんて思ってたら、
「どうだよ、お前等。これで文句ねぇだろ」
夢が壊れるからその格好のままグラに戻んないでくれ!
俺は半泣きになりながら本気でグラに訴えた。
それでグラに「何言ってんだコラ。お前が勝手に夢見てただけだろうが」ってスゲェ顔しかめられて、一気に現実に引き戻された。
……いい夢見させてもらったよ。
あばよ、俺のさつきちゃん……!
「おい、クリケンが目ェ開けたまま気絶してる」
ムッチのその言葉で、クリケンが置物と化してたことに気が付いた。
体育館全体のテンションがヒートアップしてる間あまりにもクリケンが無反応だったから、すっかりクリケンの存在忘れてたんだ。
クリケン、グラの凄まじいなりきりっぷりにショック受けて気絶してたのか……。
なんつって。
実際気絶してたら面白かったんだけど、
「……してねぇよ」
クリケンはムッチの言葉から3秒くらいあとに地を這うような低い声で答えて、無言でグラの腕を掴んで帰ってった。
さつきちゃんの格好したままのグラに怒鳴られながら。
その時にはもう俺はとっくに夢から覚めてたけど、やっぱあの格好のままヤンキーには戻んないでほしかったよ……。
つか、クリケンがグラに怒鳴られながらグラ引きずって去ってくの、もはや恒例行事と化してきてるな。
あれ以来、校内のグラのファンは急増して、グラの意外な特技に目を付けた演劇部の連中が熱心にグラを追い回すようにもなった。
意外な特技と言えば、グラの衣装を作った天野麦島番場緑川。
あの時服飾系目指してる奴等からいろんなことを教わって、新たな趣味に目覚めたらしい。
で、今は『サクエー』のミストの衣装を製作中なんだとか。
勿論カッチに着せるためだ。
「加藤がミストのコスするとかまんま過ぎてヤベェ!俺達も参加させてもらおうぜ!」
ってコスプレイヤーの奴等もかなり乗り気だそうで、みんなで『サクエー』のコスプレするって言ってた。
カッチ、ノリいいからな。
衣装着せたらグラ並になりきるぞ……。
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